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第八十一話 雲南で足を止めて

 俺の名前は『柳隠』


 越巂郡で高定と言う豪族の長と戦いで多くの仲間が負傷したり亡くなった。

 古参の人達はあまり気にするなと言ったが、俺と杜禎、柳伸は少し前まで一緒に居た連中が居なくなった事が悲しかった。


 そしてその後に俺は都伯(とはく)に任命された。


 俺が都伯とか何かの間違いだと思った。

 だが前任の都伯が伯長(はくちょう)に成ったので俺を都伯に推薦してくれたそうだ。

 伍長(ごちょう)什長(じゅうちょう)を飛び越えていきなり都伯に成るなんて思いも寄らなかった。

 それに悪友の杜禎、柳伸は伍長に任命された。


 三人揃って役を貰ったのだ。


 これは今まで聞いた事がないと言われた。

 先の益州牧様では戦なんてほとんど無かった。

 漢中に居た張魯と戦ったりしているとは聞いていたが、そんなの成都に住んでいる俺達には縁が無かった。

 それに賊が出る事も滅多に無かったから兵の募集とかも無かった。

 でも、今の益州牧劉備様に成ってから兵を集め出した。


 そして劉将軍の遠征軍に俺達は志願した。


 出世とかあまり考えてなかった。

 ただ、自分達が住んでいる場所を守りたかっただけだ。

 でも、ちょっとだけ役には興味があった。

 この遠征が終わったら什長、いや伍長ぐらいには成っていたいとは思っていたが、まさかそれらを通り越して都伯に任じられるとはね。


 しかも遠征の途中でだよ!


 そりゃあ、負傷したり上の連中が亡くなったのが多かったって言うのも有るかも知れないけど、それでもだよ。

 俺が三十人もの人達を率いるとか信じられないよ!


「隠、俺達が居るからよ」


「そうそう、気楽にやっていこうぜ」


 杜禎、柳伸は呑気で良いよな?


 俺はこれから屯長(とんちょう)に会いに行く。

 新任の顔合わせとこれからの行動を説明するからと言われている。

 それを聞いたら俺は俺の隊の連中にそれを伝えるのが役目だ。

 そして隊の連中に命令したりする。


 それを思うと腹が痛くなる。


 誰か代わって欲しいもんだ。



 ※※※※※※


 高定との戦いでは指揮官となる部曲(ぶきょく)長や屯長が狙われて、多くが負傷したり亡くなったりしていた。


 だから新しい部隊長は下から引き上げる事にした。


 それに見所のある奴は推薦するように伝えている。

 そしてこれらの推薦された連中を部隊長にする書類仕事は鄧芝に丸投げした。

 こいつは俺の主簿だからな。


 最近は俺の主簿に成った事を周りに自慢していて調子に乗っていた。


 しかし、先の戦いでは兵を率いさせたが、それはまだ早かったようだ。

 ろくに兵を扱えなかったので兵を取り上げて主簿の仕事に専念させた。

 すると鄧芝は今までの事を反省したのか、真面目に仕事に取り組んで部隊長の再編を瞬く間に終わらせた。


 やるじゃないか鄧芝。


 そう言って誉めてやると鄧芝は俺の前では謙遜していたが、後で呉蘭や馬忠達に聞いてみたら俺に誉められたと自慢していた。

 そして『お前達も俺のように劉将軍に誉められる仕事をしろよ』と言っていたようだ。


 鄧芝は誉めるより叱って伸ばす方が良いかも知れない。



 越巂から雲南までの道のりはさほど苦労する事なく進んだ。


 道ばかり作っているので皆慣れたものだ。

 これなら兵を辞めても土木作業で生きていけるのではないだろうか?

 道作りは民に労役としてやらせているところが多い。


 ところがこの民にやらせていると、とにかく遅くて時間が掛かってしょうがない。


 民にとって労役とは負担でしかないのだ。

 そりゃあ無償でやらせているからしょうがないとは思うけどさ。

 でも下手に褒賞とか出したら次からも要求されるから出せない。


 だったら、土木作業専門の者達を雇えば良いのではないだろうか?


 今度帰ってから劉巴達に相談してみるかな。

 新しい雇用が出来て良いかも知れない。

 あっ、でも建築作業の人間が居るから要らないかな?



 そんな事を考えながら雲南の郡都までやって来た。


 雲南でも先触れを出して不穏分子を煽ったが、蜂起する者達は居なかった。

 正確には雲南に逃げた高定が雲南の不穏分子を集めて建寧に逃げ込んだようだ。

 陸遜の言っていた道案内とはこれの事なのだろう。


 そして建寧には俺達の支配に不満を持つ者が集まり、郡都を襲って占領していると報告が入っている。


 これは建寧に居た漢人が逃げてきたから分かった事だ。

 建寧で蜂起した人物は前から噂の有った『雍闓』だ。

 この雍闓の反乱に高定が合流したようだ。


「いやぁ~、上手く集まってくれて良かった。一つ一つ潰していくのは手間だからね。これで雍闓を倒せば南部平定は成ったも同然だよ」


「でもそれだけ相手の勢力が強くなったって事だろう。大丈夫なのか?」


「それは大丈夫だろう。援軍さえくれば何の問題もない。それに援軍も必要ないかも知れない。こちらに協力してくれる部族も増えたからね」


 陸遜の言う通り、雲南や隣の永昌に居る南蛮部族が俺達のところに兵を連れてやって来ていた。


 これは越巂での噂を聞き付けた者達が自発的に集まったのだ。

 それに陸遜は雲南や永昌の太守に越巂での統治方法を教えてそれを周囲の部族に伝えるように手を回してもいた。


 陸遜さんこんなに根回しが出来る人だったかな?


 そして永昌からは呂凱(りょがい)王伉(おうこう)が来ていた。


 呂凱、王伉は史実では雍闓の侵攻から永昌郡を守りきった人物だ。

 その後呂凱は雲南太守、王坑は永昌太守に成っている。

 しかし呂凱は残念な事に再び起こった反乱によって殺害されてしまった。


 南蛮制圧を成功させたと言われる孔明だが、実際はその後も反乱は定期的に起こっている。



「永昌の王坑です。永昌の屈強な兵を連れて参りました。軍の末席にお加え頂けませんか?」


「呂凱と申します。こちらに兵糧を持って参りました。どうぞお使いください」


 王坑の連れてきた兵は南蛮部族とは別に千。

 呂凱が持ってきた兵糧はその千の兵が持ってきた物で三ヶ月分だ。

 助かると言えば助かるが、要らないと言えば要らない量だ。


 しかし遠くから遥々やって来たのだ。


 無下に断る事もないだろうと二人の好意を受け取った。


 呂凱にはこの雲南で俺達の後方を呂乂と一緒に担当してもらう事にした。

 名前が一緒で紛らわしいがしょうがない。

 王坑は武将として兵を率いて貰う事にした。

 見た目武将としての貫禄はないので不安だが、連れてきた兵達からは慕われているようなので、統率力はあるようだ。


 使える人材が増えたと思う事にしよう。



 先の高定との戦いでは思ったよりも苦戦したので負傷兵が多かった。


 しかし、越巂、雲南、永昌の南蛮部族の兵を加えた事で四万近くまで兵を揃える事が出来た。


 後はこの混成軍団の編成をどうするのかだが、それは陸遜に丸投げした。


 だって俺は他にする事が有るからね。


 陸遜なら何の問題もないと思ったのだ。


 頑張れよ、陸遜!



 雲南から建寧に攻め込む前に準備を整える。


 建寧の雍闓を倒せば南蛮制圧はほぼ終わりだろう。

 なるべくなら一戦するだけで終えたいものだ。


 季節は夏から秋に変わっていた。


 これなら年内にも帰れるかも知れないな?


 そうしたら尚香に叱られないですむな。

 いや、でもそれは無理そうか?

 建寧での事後処理が終わってもまだ牂牁郡が残っているからな。


 やっぱり年は越えそうだな。


伍長は五人の兵の長。

什長は十人。都伯は二十人から五十人。

伯長が百人。屯長が五百人。

部曲長が千人です。


王坑は部曲長クラスの人間です。

呉蘭、雷同らは軍司馬と言われる役職で将軍の手前です。率いる兵は千人から数千人です。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


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