第七十五話 正月料理のあれこれ
ちょっと外伝っぽいです
建安十九年 春
こっちに来てから何回目の元旦だったかな?
五回目か?
ようやくこっちの正月にも慣れたな。
こっちの正月ではお雑煮なんてないんだよ。
代わりに水餃子を食べるんだ。
いや、水餃子のような物と言ったところかな?
形が餃子の形ではないのだ。
餡を米粉で作った皮で包んで茹でた物を食べる。
食べた感じは水餃子なのでこれは水餃子の原型なのだろう。
本当は益州では水餃子は食べないのだが、劉備の前の益州の主劉焉、劉璋親子の時から食べているそうだ。
餃子を食べる風習は河北の人達なんだと。
では四川では何を食べていたのかと言われると『ベーコン』だ。
これは一月前から準備されて料理人の気合いを感じる。
ベーコンってこんな昔に有ったのね?
それも正月料理とは知らなかった。
今は普通に毎日食べられるからな。
それとデザートとして食べるのが『年糕』と言う物だ。
この呼び方で合ってるのかな?
発音が難しいんだよ。
でだ、この年糕はどういった食べ物かと言うと。
米粉を水を入れてこねる。そして好みの具材を入れて蒸す。これで完成。
無茶苦茶シンプルな食べ物だ。
モチモチとした食感で団子を食べているような感じだ。
ただし形は長方形だけどね。
尚香や華はこれに果物を練り込んで食べている。
杏子とかね。
これはデザート感覚で食べられる。
正月じゃなくても食べたい物だな。
でだ。俺は考えた。
春巻やシューマイが無いじゃないかと。
俺は今まで出された物を食べていた。
しかし、益州と言う根拠地を得て二年近く平和に暮らしていた俺は考えた。
もっと食文化が豊かに成っても良いじゃないかと!
と言う訳で皆で春巻やシューマイを作ってみました。
次いでにお餅も作って雑煮みたいなのも作った。
餃子も焼き餃子にしてね。
劉備と甘夫人、劉春、陸遜夫妻も呼んで一緒に食べましたよ。
阿斗は残念ながら参加出来ませんでした。
何でも正月料理を食べ過ぎてお腹を壊したそうです。
食いしん坊で困るね。
「この丸いのは何だ?」
劉備が箸で持ち上げたそれは餅のような何かだ。
「え~と、お餅?」
餅は白くならず何か濁った色になっていた。
なんでだろう?
「この焼いた物は何かしら?」
甘夫人が手元に持ってきた物は凸凹した餃子だ。
「えっと、餃子?」
焼き餃子は皮を薄くするのが難しくて何回も作り直した。
失敗作は侍女達のお腹の中だ。
ごめんよ。
「これ、美味しい。私も作ってみたい」
「あら、本当ね。後で作り方を教えてね」
春と甘夫人が持っているのは春巻擬き。
中身の具を何にするのか悩んだ。
これも皮作りが大変だった。
だからこれは料理人に手伝って貰ったよ。
「ふむ。これはモチモチして旨いな。肉の味もする」
「これ食べやすいし、美味しい」
「これならいくつも食べられるわね」
シューマイ擬きも好評だ。
喜んで貰えて良かった。
蒸し時間が分からなくて半生や蒸しすぎた物がたくさん出来た。
これも侍女達に食べて貰った。
本当にごめんなさい!
ふふ、そしてこれは自信作だよ。
「これはどうですか?」
俺が出したのは白玉だ。
これは白いんだよな。
「うん、うん。これは小さくて良いな。私は年糕よりはこっちが良いな」
「プルプルしてる。何これ?」
「あら可愛らしい。これも教えて貰えるかしら?」
おー、良かった。
米粉が有るから簡単に作れると思ってやってみたけど好評だな。
作って良かった。
そして食後の一杯を。
甘夫人と春に孫英は尚香と華にレシピを教わっている。
多いに広めてくれたまえ。ははは。
「孝徳にこんな特技が有るとはな?」
いえいえこれは特技では有りませんよ。
「前に索餅を作ってましたよ。あれは美味しかったな」
「何? そうなのか?」
陸遜君よけいな事は言わないでくれるかね?
「そのうち作りますよ。父上」
「そうか。楽しみにしておこう」
今は酒を飲んでいる訳ではないよ。
皆お茶を飲んでます。
お茶はこの時代は薬のように思われてましたからね。
食後の体調を気遣ってお茶を出したのだ。
「そう言えば呉ではこの時期に玉子の中身をイッキ飲みするそうだが、本当か?」
え? 何それ?
「ええ、やってますよ。玉子を飲んだ後に韮や大蒜を食べます。それで健康に過ごせるようにとやってます」
玉子のイッキ飲みって某ボクシング映画みたいだな?
それって本当に健康に良いのか?
「変わった風習だな」
「変わった風習と言えば、北方人は何であんな水料理を食べられるのですか? 少し疑問に思っていたのですが」
水餃子か。そう言えばあれも何でだろう?
「ああ、あれは銭の形に似せてあるだろう?」
「そう言われれば」
確かにあれは銭に似てたな?
「あれを食べて懐が豊かになりますようにと願ってだよ」
なるほど!
俺と陸遜はポンっと手を打った。
「ふふ」
「何ですか父上。突然笑って?」
「いや何。こんなに平和な時を過ごせるとは思ってなかったのでな?」
そうかな? 劉表のところに居た時も平和だった筈だけどな。
「荊州に居られた頃も平和だったと思われますが?」
陸遜君、ズバッと言いますね。
「確かにあの頃も平和だった。だが、あの頃は曹操の脅威をずっと感じていた。それにこのままで良いのかと焦っても居た。それが今では益州の主だ。出来すぎではないかな? ははは」
荊州に居た時の劉備は傭兵みたいな感じだったからな。
それが今は天下三分の主だ。
確かにあの頃に今の状態を予想するのは難しいだろう。
それを予想したあの男は確かに傑物だ。
「このまま平和だったら良いですね」
つい、ポロっと言ってしまった。
そんな事にはならないと分かっているのに。
「そうだな。それはもっともな事だ。しかしそれは相手次第ではあるな」
曹操と孫権。それに……
「武都攻め。上手く行けば北伐の足場を得る事が出来ます。その先の展望も望めます」
陸遜の言う通り。
武都郡を抑えれば北伐が見えてくる。
そしてその先に行ける。
「うむ。そうだな。その時は曹操と正面から殺り合いたいものだ」
劉備にとって曹操は越えられない壁。
曹操にとって劉備は目の上のたん瘤。
二人ともこいつが居なければと思ってるんだろうな。
その二人の直接対決が実現しようとしている。
その時俺は何処に居るのだろうか?
劉備の隣なのか?
それとも別の戦場なのか?
ひょっとして留守番か?
大戦が始まる予感がしていた。
六章はこれにて終了。
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