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第六十八話 北伐論争

 建安十七年 冬 周瑜動く!


 陸遜から知らされた報告で周瑜が荊州北部『宛』に兵を進めた事が分かった。


 ……焦りすぎだ。


 単独での宛攻略はあり得ない。


 本来なら同盟関係である俺達に援軍を要請して、一緒に攻めるのがいい筈なのに、周瑜は単独で攻め込んだ。

 曹操の主力が濡須口に向かっているので、その隙を突く形での進行。

 先の襄陽攻めと同じ形になった訳だ。

 周瑜なりに勝算が有っての行動だろうが、大丈夫だろうか?


 そして、周瑜のこの行動が俺達蜀に次なる行動を起こさせる切っ掛けになろうとしていた。



「北伐を提案致します」


 曹操が濡須口に兵を出し、周瑜が宛を攻めた事を受けて孔明は長安攻めを進言した。


「私は反対だ。まだ我らが動く時ではない。偶発的な行動は失敗する。動くので有れば我ら自らで動くべきだ!」


 孔明の北伐論を真っ向否定したのは劉巴だ。


「我が君。私は賛同します。今こそ関中に攻め入る時です。この千載一遇の機会を逃すべきでは有りません!」


 孔明派閥の黄権が孔明を支持する。


「曹操の目が呉と荊州に向けられている今ならば、十分に勝機が御座いましょう。北伐は今しか有りますまい」


 これまた北伐を支持するのは孔明派閥の董和だ。


「何を言っている。北伐など出来るわけがない!今の我らにそんな事を行う余裕が何処に有る!寝言も大概にせい!」


 今度は俺の派閥の王累が大きな声で北伐を否定した。

 それまで孔明の北伐論に傾きかけていた流れを王累がぶった切ったのだ。


「私も反対です。曹操と孫権が争う間に我らは国力の充実を図るべき。北伐を行うはまだ時期尚早でございます」


 王累の言に乗り張松が北伐論を否定する。


 ここから俺と孔明の派閥がそれぞれ北伐論に対して真っ向対立する。


 孔明派から北伐肯定論が出ると、劉封(俺)派から否定論が出る。

 論議は一向に進まなかった。


 俺個人の考えは北伐に反対だ。


 蜀を得てからまだ一年も経っていないのに、長安攻めなんて出来ない。

 人心もまだ安定していないのに、外に目を向ける余裕はないのだ。

 それにこの秋、蜀の法律『蜀科』が成立して発布した。

 これが国内に浸透するにはまだ時間が掛かる。

 最低でも三年は様子を見ないと蜀科の問題点も分からない。

 まだ俺達は外に打って出るのは早いのだ。


 それは孔明も分かっているのに、何故今北伐を進言するのか分からない。

 それともこの北伐論はポーズで、本当は北伐をする気は無いのかも知れない。

 孔明の真意が分からない。



 孔明は北伐を提案してからは、一切論議に参加していない。

 俺もまだ何も話していない。

 ここは先に話をした方が不利だと俺は思っている。

 それは孔明も感じているのだろう。

 ただ目を閉じて考え事をしているようにじっとしている。


 議論は紛糾し、劉備は判断を決めかね結論は一日で出る事はなかった。



 数日が過ぎて、流れは北伐否定に傾いていた。


「北伐を行うには、相手の動きを掴み、進行路を決め、後方支援の用意を十全にし兵を進めます。ですがこれだけでは足りません。相手の後手に回る事なく、先手先手と動く。その為には道の整備を行うべきです。ですが、漢中から長安まで道の幾つかは塞がれています。我らが長安に向かう為の進軍路は相手に分かっています。これでは虎の口に自ら進むようなもの。故に北伐を行うにはまだ準備が足りませぬ。我が君。北伐はまだ行うべきでは有りません」


 法正の言で北伐論に止めが刺されたようだ。


 孔明派閥の面々もこれを聞いて黙ってしまった。


 これは勝負有ったな!


 と俺が思っていたら孔明が劉備の前に進み出た。


「臣亮、申し上げます。先頃曹操は魏公の位に就きました。これは由々しき事態です。曹操が魏公に就いた事はその野心の現れでも有ります。それは即ち漢王朝の簒奪に御座います」


 漢王朝の簒奪と言う言葉に周囲がざわつく。

 そしてそれを聞いた劉巴が舌打ちする。


「我らの大義は漢王朝の復興に御座います。我が君が願い、我らもまたその願いに賛同しこれまで従って参りました。今ここで我らが動かなければ、我らの後に誰が動きましょうか?」


 孔明の言葉に誰もが頷いていた。


 漢王朝の復興。


 ただその言葉一つでこの場が一つに成ろうとしていた。


「北伐は確かに困難で有りましょう。ですが、今この時を逃すは得策では有りません。少なくとも曹操は春までは呉を離れられないでしょう。そして周瑜が宛を攻めた事でその防備に兵を向かわせるは必定。その為関中に回せる兵には限りが有ります。更に我らには馬超殿が居ります。彼を涼州に向かわせる事で涼州の民は我らを迎える事でしょう」


 う、ううん。孔明の話を聞いていたら何か出来そうな気がしてきた。


「それに曹操も我らが打って出るとは考えていない筈です。我らがこの地に入ってまだ日が浅い事は周知の事、それを逆手に取るのです。これぞ奇襲。相手の思考の隙を突く事こそ北伐の成功に繋がるのです」


 な、なるほど!確かにそれは考えてなかった。


 こ、これは行けそうな気がする。


「我が君。どうか我らが悲願、漢王朝復興が為。曹操の野心を挫く為。北伐を行う事を御許しください。臣亮、伏してお願い致しまする」


 孔明は跪いて頭を下げ劉備の言を待つ。


 その姿に周りの人達が涙していた。


 えっ!? これで泣けるの?


「これはまずいぞ」


 劉巴がボソッと呟いた。


 何がまずいのだろうか?


 この流れで行けば劉備は北伐を行うだろう。


 大将はもちろん劉備でそれを支えるのは孔明派閥の面々だろう。

 そうなると俺達は留守番させられる事になる。

 でも北伐は史実で孔明が失敗している。

 それに中国歴史上、北伐を成功させた人物は高祖劉邦しかいない。

 それを思うと北伐が如何に難しいか分かるだろう。


 この北伐は失敗する。


 そして北伐の失敗は孔明の汚点になる。

 この汚点を使って孔明を失脚させて中央から遠ざける。

 上手く行けば俺が手を下す必要もなく、孔明は失脚してくれる。


 これは俺にとってとても優位だ。


 さぁ、劉備。孔明の手を取って北伐を命じろ!


「分かった、孔明よ。そなたの言を用いよう」


 よっしゃ! これで孔明は終わりだ!


「ありがとうございます。我が君」


「うむ。では軍の編成を頼む。此度は私自ら兵を率いよう」


 うん、うん。良いぞ。


「はは、軍の編成はお任せください。ですが、我が君自らの出兵はなりません。我が君がここを離れれば人心が動揺致します。ここは我らにお任せくださいませ」


 うん? 孔明が兵を率いるのか?


 でも劉備がそれを聞き入れるかな?


 劉備も今回は自分で行きたいだろうしな。てか、自分が率いると言ってるし……


「そうか。では誰がよいか?」


 あれ? そこは自分が行くとか言わないのかよ?


「それは……」


 う~ん、ここは張飛が率いる事になるのかな?


 実績と信頼で張飛の右に出る者は居ない。

 趙雲辺りを副将にすれば、そんなに損害を出さないだろう。

 それに成功したら俺の得点になる。

 失敗しても推挙した孔明の失点だ。


 それともやっぱり孔明が率いるのかな?


「ここは、劉封殿に任せましょう。劉封殿ならばこの北伐を任せるに十分です」


 な、な、なにー!?


「おお、それは良い。孝徳。劉封よ。任せるぞ。劉封を征西将軍に任じる。お前なら北伐を成功させると信じているぞ」


 え、あの、それは。


 こ、この流れでは断れない!


 いや、ちょっと待て!

 征西将軍って左将軍よりも上位の将軍職じゃないかよ!

 それってどうなのよ?


 皆の視線が俺に向いている。


「つ、慎んでお受けします」


 ……断れなかった。



 結局俺が貧乏くじを引く事になった。


 なんでこうなるんだよ!


 退廷する時、孔明が俺を見てフッと笑ったように見えた。


 こ、こいつ。


 まんまと孔明の罠に嵌まったようだ。


 こんな事なら周りに任せないで俺も反対意見を言えば良かった。

 でも下手な事を言って揚げ足を取られると思って黙っていたのだが、それが行けなかった。

 孔明に足下を掬われた感じだ。


 孔明も今回の北伐が成功するとは思ってなかったのだ。


 それなのに北伐論を出したのは、俺を嵌める為。


 ここまでするのかと言いたい。


 だが、言い訳はするまい。


 罠に嵌まったがこの罠をチャンスに変えるだけだ!


 見てろ! 絶対に北伐を成功させてやるからな!



 そう息巻いていた俺だったが、結局北伐は中止になった。


 それは俺達が出兵する前に曹操が濡須口から兵を退き、周瑜がそれを知って宛から兵を退いたからだ。



 ……何だったんだよ。


 俺の決意は何だったんだよー!


お読み頂きありがとうございます


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― 新着の感想 ―
[良い点] 派閥争いと孔明の知略を強調していて 劉封陥れるまではすごくいいと思います [気になる点] ホウ徳が登場してないところは気になります [一言] 劉禅は史実では費禕大将軍にして軍事に重きを置き…
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