第六十七話 益州の塩
こんな時間になってしまった
「おお、これは凄い!」
俺は目の前に有る井戸を見ていた。
そこには櫓が組まれていて、櫓に乗った数人が井戸から汲み上げた水を大きな桶に流し込んでいる。
その桶には竹を使った管が繋がれており、それは井戸から少し離れた場所にある大きな鉄鍋のような物に、少しずつ井戸水が流れてくるようになっていた。
その鉄鍋を温めて木の棒でかき混ぜている。
近くで見ようと近づいたが凄い熱気と湯気で近づけなかった。
これは何をしているのかと言うと……
塩を作っているのだ。
『井塩』と呼ばれる井戸で、塩が混じった水を沸かして水を蒸発させて残ったのが、俺達が食べている塩になるわけだ。
井塩の存在は知っていたが、実物を見るのは初めてだ。
司塩校尉の王連と知り合った事で、内陸部にある益州での塩作りがどういう物かと言う話をしていたら『では見学なさいますか?』と言われて案内されたのだ。
本来は俺と護衛だけの筈だったのが、俺が遠出すると言ったら彼女達も付いてきた。
そう、孫尚香、劉華、劉春が一緒に来たのだ。
「へー、こういう風にして塩が出来るのね」
呉に居た尚香も井塩は初めて見るのだろう。
興味津々、目を輝かせて見ている。
「はい。ここは塩作りに適した土地です。ここで作られた塩が益州だけでなく荊州、果ては中原にまで届けられるのです」
はー、凄いな。と言う事は俺が荊州で食べていた物に使われていた塩は益州産の塩と言う事か。
「凄い暑さですね。皆さん暑くないのですか?」
額に汗が滲み出ている華は凄く暑そうだ。
侍女達が華の汗に気づいて拭っている。
「はい姫様。それは暑いでしょうが、暑さは慣れますので。それに皆の生活に欠かせぬ塩作りを任されているのです。多少の暑さで根を上げる者はおりません。それに暑ければ近くの川で暑さを冷まします。ほら、あのように」
王連が指差した先には川に入って水を掛け合う人達が居た。
「私もやりたい」
おいおい、一国の姫様がそんな事しちゃ行けません。はしたないですよ、春。
春が川に行こうとしているのを御付きの侍女達が止めている。
そして俺は鍋を見ていて気づいた。
「なぁ、王連。薪の量が少ないような気がするんだが、炭でも使っているのか? でも炭を置いてあるところは無いよな。あれってどうやって燃えてるんだ?」
鍋の下はゴウゴウと燃え盛っていると思われるのだが、火元が見えないし、薪は有るが使っている感じがしない。
では炭を使っているのかと思うと炭の存在がない。
あれは何を使って燃えているのだろうか?
「ああ、あれは地中から燃える風が出ているのです。それを使って鍋を沸かしています。便利では有るのですが、たまに風を吸い込んで死んでしまう者もおります。ですが燃えている間は安全ですので大丈夫です」
な、なんだと!? 燃える風?
なんだそれは? う~ん。燃える風ねえ~
「そんなの呉には無かったわよ。益州ってそんな不思議な物が有るのね!」
「は、はい」
王連は尚香に詰め寄られて焦っている。
「燃える風を吸うと人が死ぬのですか?」
「はい。しかし、先ほども申しましたが燃えている間は安全です。それに扱いに慣れている者達ですので、死ぬような者はほとんどおりませんのでご安心下さいませ」
燃える風を吸うと死ぬ?
あ、もしかしてガスか!
「天然ガスか!」
「天然、ガス? 兄様、ガスって何?」
おっとしまった。
「いや、何でもない。ちょっと考え事をしていてな。王連。その燃える風は他に使い道は無いのか?」
「いえ、特には。何せ扱いが難しい代物ですので、下手に手出しが出来ないのです」
ふーん。勿体ないな。
しかしそうだよな。ガスを溜めるのに使える物がこの時代に有る訳ないか?
いや、待てよ。動物の腸とか使えないかな。
あれならガスが漏れる事もない筈。
でも、ガスを集めている時に吸い込んだら死んじゃうしな。
扱いの難しい物は危ないな。下手したら大勢死んでしまうし、諦めるか。
「王連、珍しい物が見れて満足だ。案内ご苦労」
「いえいえ。お気に召しまして何よりです」
井塩を見に来て天然ガスを見つけるとは思わなかったな。
いずれ何らかの利用方法を考えよう。
誰か発明好きな人は居なかったかな?
演義だと孔明の嫁さんで黄月英が発明とか得意だけど、実際は違うみたいだしな。
ああ、そうだ! 馬均が居たな!
あ、でも駄目だ。馬均は魏の人間だったな。
誰か居ないかな~
塩作りを見た事で俺も何かを作ろうかと思った。
麦が有るのでこれを粉にしてうどんでも作ろうか。
醤油の原形、醤が有るからこれをベースに麺つゆでも作ろう。
出汁は何が良いのかな?
椎茸は天然物が有るからこれを使おう。
そして、うどんには欠かせない葱を俺は発見していた!
これを見た時には驚いたね。
これで味噌が有れば味噌汁が飲めるのにと思ったが、『うどんに使えるじゃないか!』と閃いた。
それにうどん、麺はよく作られているから俺がうどんを作っても大丈夫だろう。
こっちではうどんは索餅と呼ばれている。
「ふ、ふーん。孝徳。料理なんて出来るの?」
俺は尚香と違ってちゃんと料理も作れるよ。
大学生活の一人暮らしで自炊してたからな。
それに料理は得意だ。
「索餅ですか。兄様手伝っても良いですか?」
「手伝う~」
「わ、私も手伝うわよ!」
ふふふ。皆でワイワイやりながら料理を作るのは楽しいな。
でも周りの連中はハラハラしながら見てるけどな。
「兄様これは何ですか?」
「これは索餅につける汁だよ」
俺が干した椎茸を鍋に入れて出汁を作る横で華が葱を切っている。
麺は尚香と春が仲良く作っている。
意外なのは尚香が麺を打てる事だ。
尚香って家庭的な一面が有ったんだな。
いや、鱠を作る時点で家庭的か。
塩と醤で味を整えて出汁は完成。
うん、我ながらいい出来だ。でも理想の味には遠いな。
今度陸遜に言って呉から昆布でも取り寄せるか。昆布と言って通じるか分からないけど。
尚香が麺を茹でて器に盛る。それに俺が熱々の出汁を注ぎ、その上に葱を盛って完成!
「では、いただきます!」
早速一口。
ずるずると麺を啜ると口の中に出汁の味が広がる。
少し醤の味が強いが、旨い!
う~ん。麺の腰もしっかりしてる。
「う~ん。まあまあかな?」
尚香、そんな事言って目では良かったって言ってるぞ。
「美味しいです。兄様」「美味しい~!」
ふふん。華も春も素直で宜しい。
「おっ、索餅か。私達の分は有るのかい。孝徳」
「美味しそう~。尚姉、私も食べたい!」
おっと陸遜夫妻がやって来たな。
「良いわよ。今作って上げるわ」
そう言うと尚香は調理場に向かった。
「尚姉。待って~ 春も作るから~」
そして春が尚香の後を付いていく。
本当、仲が良いなあの二人。
こうして陸遜夫妻を交えて皆でうどんを食べました。
食後は尚香達は別室で、俺と陸遜は残って話をしていた。
二人で茶を飲んでいたら陸遜から呉に関しての情報を聞かされた。
陸遜は俺と劉備軍に合流する時に陸家の家長を陸績に譲っている。
その陸績から文が届いたのだ。
陸績の文では、最近彼は孫権から距離を置かれているそうだ。
陸績は虞翻と一緒に孫権に諫言していたそうで、それが原因だと思われる。
孫権は虞翻を嫌っているからな。
虞翻と仲の良い陸績を疎んじ始めているようだ。
これは遠からず陸績と虞翻は左遷されるな。
そうなったら陸績と虞翻をスカウトするかな。
陸績は確か独自の暦を作ったとか、それに虞翻の才能は貴重だ。協調性は無いけどな。
この二人を抱き込めたら良いな。
でも、出来たらだ。
それと文の最後に曹操と孫権が戦っていると有った。
ああ、濡須口の戦いか。歴史通りだな。
曹操と孫権が殺りあっている間にこっちは体制固めだ。
「それとだ。まだ有るぞ」
「えっ、まだ有るのか?」
「ああ、周都督が動いたようだ」
周瑜が動いた!?
全く勝手に動くなよ。
これからどうなるか予測出来ないじゃないか?
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