第六十六話 法正の問題
「劉封様。どうか、どうかお願い致します!」
俺に必死で頭を下げる文官連中。
俺は俺の派閥の者と面会している途中であったが、俺に助けを求めて多くの文官が面会を求めて来ていた。
ちなみに俺が今、会っているのは張裔と王連だ。
張裔
許靖から魏の鍾繇に比肩すると言われ、頭の回転が早く実務能力が高い。孔明の北伐に参加している。
王連
劉備から司塩校尉に抜擢されて国の税収を上げている。孔明の南征に反対して、彼が亡くなった後に孔明は南征している。
張裔と王連は劉巴の推薦で俺の派閥に入ってくれた。
張裔は劉巴の推挙で巴郡太守に任命され、その才能を発揮している。
張裔の事は知っていたが、彼は孔明の派閥に行く者だと思っていたが、劉巴がちゃっかり接触してくれていたので助かった。
それと司金中郎将と言う役職に付いて農具と武器の製造に関わっている。
彼には色々な武器の製造を依頼して軍の武装を充実して貰う予定だ。実に頼りになる人物だ。
王連は劉備が孔明と劉巴に命じて作った役職『司塩校尉 』に任じられている。
王連は劉巴が以前、軍資金の解決策で奔走した時に劉巴の下で働いていた。その縁で劉巴が彼を推挙し今の職に付いている。
司塩校尉は国が塩と鉄を管理し専売する役職で、蜀の法律『蜀科』で塩と鉄は国が専売すると明記した事で作られた役職だ。
そして塩と鉄を専売する事で国庫は充実をし始めている。
ちなみに劉巴が軍資金作りで銭を鋳造して物価を安定させたのだが、その政策を続けるとインフレを起こす可能性が有るので、俺が劉備に提案して軍資金がある程度貯まってから止めさせている。
需要と供給のバランスは難しい。
下手に弄ると取り返しが付かなくなるからな。
俺は劉巴と話をして軍に関係する人間は片っ端から俺の派閥に入れようと提案したら、劉巴は彼らを引っ張って来た。
劉巴は劉備から左将軍西曹掾に任じられて人事権を握っている。
だからこうして新しい人材をどんどん俺に推挙出来るのだ。
劉巴が居ると俺が表だって動く必要がないから、楽で良い。
しかし、俺も劉巴だけを働かせてばかりでは行けない。
劉巴に推挙された者達と会って彼らと縁の有る人達で、これはと言う人物を紹介して貰っている。
王連からは呂乂を推薦されたので、彼とは後日会う予定だ。
それと張裔と王連の二人は、塩と鉄、武器に関しての責任者なのでこれらを俺が抑える事に成功した事になる。
今、劉備軍は兵の再編と装備の充実が急務なので、これらに関係している人物が俺の派閥に居る事は大きい。
蜀(劉備軍)は武装に関しては三国一を目指す!
只でさえ蜀は人口が少ないのだ。兵の死は国力の衰退に繋がる。なるべく死傷者を減らす為に兵一人一人の武装の充実を図る必要が有る。
これに関しては孔明よりも現場を経験している俺達が詳しい。
軍関係に関しては孔明に譲るつもりはない。
政治力も必要だが、結局最後は武力が物を言うのだ!
最悪の場合はクーデターを起こす事も考えている。
ただ、これをするのは最後の最後で本当の切り札だ。
これを使う日が来ない事を祈りたい。
そして二人とあれこれ話をしている時に文官連中がやって来た。
彼らは俺にお願いがあると言うので、仕方なく俺は文官連中と会う事にした。
そのお願いの内容は法正に関する事だった。
法正は益州が平定されると蜀郡太守に任じられていた。
法正はそこで以前彼に対して誹謗中傷した者達や、ちょっとした恨みの有る連中を勝手に処刑してしまったのだ。
それに対して多くの文官が法正の行為を非難して孔明に話をしたが、孔明は法正の功績が大きい事を理由にこれを無視した。
それならばと俺に話を持ってきたと言う訳だ。
……法正か。
法正は史実でもこのような問題を起こしている。そしてその問題を劉備と孔明は無視した。
それは彼を法的に処罰すれば、彼は死刑になるからだ。
劉備に取って法正は益州攻めの功労者で、彼を処罰するのを躊躇してしまったのだろう。それは孔明も同じ事、それに法正の才能を買っていた孔明は彼を失う事を恐れての対処だと思われる。
それは結果として良かった。
法正は漢中攻めで活躍している。
二人の期待に応えた訳だ。
そして今、孔明は史実通りに法正の問題行動を無視した。
なら俺はどうするべきだろうか?
今の法正は劉備の直属で俺とは距離を取っている。なぜなら法正は中立派だからだ。
そしてこのままだと孔明に庇って貰った事で法正は孔明派閥に入るかも知れない。
それは阻止したい。
法正と孔明の二人が組む。
孔明一人でも強敵なのにそれに法正が加わるとなるとどうなるか?
想像するのも恐ろしい。
法正を敵に回すのは得策ではない。
なら俺も孔明と同じように文官達の言葉を無視するか。
そうすれば法正は孔明派閥に加わる事なく、中立のままかも知れない。
敵に回すよりは中立で居てくれた方が助かる。
でも彼らの訴えを無視するのはどうかと思う。
これからは蜀科に従って民に法律の遵守をさせないと行けない。
それなのに法正だけを特別扱いしては、民が法律を守るだろうか?
それに法正が許されているのだからと言って法律を守らない武将も出てくるかも知れない。
それらを考えると法正とは一度話し合う必要が有るのではないか?
それで法正と決別するかも知れないが、そうなったら法正を処罰しよう。
法正が俺の敵になるので有ればそれを防ぐのは当たり前だ。
法正の智謀は惜しいがそれを補ってくれる人物が既に俺の身近に居るから、法正が居なくても何とかなるだろう。
問題は法正を処罰した場合に劉備がどういう反応をするかだ。
それによっては俺の今後が変わってくる。さてどうするかな?
「これはこれは、お二人揃って私に話が有るとは一体どのようなご用件でしょう?」
俺一人で法正と話をするよりも、頼りがいの有る人と一緒が良いだろうと思い、忙しい劉巴を連れて来た。
「ふん。孝直、分かっているだろう」
「あ、ああ。あの事ですか?」
「そうだ。その事だ。あまり私の手を煩わせるな。面倒くさい」
俺、俺をのけ者にしないで~
「あれは奴らが悪いのです」
法正は声を荒げる事なく淡々と語ってくれた。
法正を誹謗中傷した連中は地元の役人達だった。
彼らは法正や孟達達よそ者を嫌って、彼らに嫌がらせをしていたのだ。
法正達は元は長安近くの出身で、戦乱を避ける為に益州にやって来た。
そして益州で劉璋に仕えるのだが、法正らよそ者と地元の人間が仲良く仕事をする事は出来なかった。
その原因は法正の志が高くいずれは漢王朝復興をと思っていた事なのだが、それで周りから浮いてしまったのだ。
益州の地元の人間は自分達が平穏で在れば良いと思い、無理に中央に出る必要はないと考えていたのだ。
それは彼らのトップであった劉璋も同じ事だ。
それを知って失望した法正は劉璋を裏切り、劉備を益州に引き込んだ。
そしてその結果、法正は以前自分らを馬鹿にし、笑った者達を殺してしまったのだ。
「だが、奴らを何の咎もなく処断したのはお前の罪だ。如何な理由でも罪を犯せば罰を受けねばならん。それはお前も分かっている筈だ。軽率だったな、孝直?」
劉巴は法正に何ら同情してなかった。
それどころか冷たく突き放した。
「彼らをそのままにして、足を引っ張られては困るので処断しました。それが罪だと言われるなら甘んじて受けましょう」
あ、あれ? もっとこう反論するかと思ってたけど認めちゃうの?
「そうか。ならば罪を」「ちょっと待ったー!」
俺は劉巴の言葉を遮った。そうしたら劉巴から睨まれた。
うっ、そんなに睨むなよ。
「孝直。君は私心で処断したのではないのか?」
法正は腕を組んでしばし考えてから答えた。
「私心が無かったかと言われると嘘になるでしょう。ですが彼らを残せば必ずや我が君の覇業の邪魔になった事は確実です」
「証拠は有るのか?」
「有ります」
そう言うと法正は処断した者達の素行や仕事の評価を纏めた物を見せてくれた。
「ふむ。これは酷い」
「何でこれを出さずに勝手に処断したんだ!これではお前が損をするばかりじゃないか?」
そこに書かれていた内容は酷いものだった。
賄賂やサボタージュはもちろん、嘘の報告までされていた。
だが、これだけでは処断する罪にはならないかも知れないと言う者も混じっていたので判断に困るが、少なくとも法正が勝手に処断するよりも手続きを踏めば何ら問題にはならなかった筈だ。
「言った筈です。私心が無かった訳ではないと?」
ああ、こいつ。処断する罪の有る者とそうじゃない者とを一緒に殺りやがったな。
確かにこいつは性格に難が有るな。
でも、酷すぎる訳じゃない。
報復行為は自衛の為だ。
それにおそらくは……
「見せしめか。お前の命を聞きやすくする為あえて処断したな? ふっ、そうだろう?」
「その通りです」
うう、そのセリフ俺が言いたかった。
地元の人間に嫌われていた法正が自分達より偉くなったので、彼らは法正の足を引っ張ってその職から降ろさせるように画策したかも知れない。
しかし法正はそうされる前に報復行為を行い、それを未然に防いだ。
色々と言いたい事が有るが、この真相は記録を見ただけじゃ分からないよな?
それに本人も報復行為を認めているから始末が悪い。
「良いだろう。今回の事は私がどうにかしてやる。但し分かるな、孝直?」
「まあ、良いでしょう。でも私は以前から味方ですよ?」
えっ!そうなの? だってお前。そんな事一言も言って無かったじゃん?
「そうなの?」
「違うのですか?」
「あ、いや、そう、そうだよな! そうだよ。はは、ははは」
法正はきょとんとした顔で俺を見ていた。
俺は笑ってごまかす事しか出来なかった。
「ああ、それと私の友人の彭羕なのですが、出来ればこちら引き込みませんか?彼は使える男です」
彭羕?
あ、ああ!
確か孔明に讒言されて左遷させられて、それで酒の席で馬超に謀叛を仄めかす事を言って、馬超に密告されて殺された奴だ。
でもこいつ才能は凄いんだよな。
使い方を誤ると酷い目に遭うと思うけど?
「うむ、そうだな。奴は使えるな。分かった。私が話をしよう」
いやいや、ちょっと待てよ!俺の意見は聞かないのかよ?
「お願いします。きっとお役に立つでしょうとも、ふふふ」
だから、俺の意見を聞けよー!
後日、法正の件は劉巴が適当な理由を付けてもみ消した。
文官達は不満を持ったが、何かしら言っては来なかった。
法正より劉巴が怖いらしい。
そして彭羕と呂乂の二人が俺の派閥に入った。
呂乂はともかく、彭羕は大丈夫だろうな?
法正といい、彭羕といい、爆弾を抱え込んだんじゃないだろうな?
呂乂は各地の太守を歴任して北伐の後方支援を担当してました。後に尚書令に任命されてます。
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