第六十五話 成都の平和な日々
六章スタートです
建安十七年 春 益州成都
暇だ~
する事がない。いや、有る。
有るんだが簡単じゃない。
俺がする事『諸葛亮 孔明』を殺すか、左遷させるか、屈服させるかだ。
言っては何だが、無理じゃね?
あの有名な諸葛孔明を歴史の表舞台から退場させるとか、無理ゲーだよ!
でもやらないと俺が殺られる。
俺と孔明は水と油。決して相容れない存在だ。
向こうが折れてももう遅い。
一度殺されかけたのだ。二度目がないと誰が言える。
それに俺は既に宣戦布告してしまった。
もう後戻りは出来ない。
殺るしかないんだ!
その為には俺が劉備の後継者になるのが一番の近道だ。
しかし、益州の単独攻略失敗で俺は干された。
表向きは怪我をした俺を気づかって、政治と戦場から引き離して治療に専念させる為、そして裏向きはこれ以上俺に武勲を立てさせないのと、後継候補から外す為の工作の期間を確保する為だった。
そして俺はそんな有難い温情を与えてくれた相手と戦う為に表舞台に帰って来た。
しかし、俺の役職は名誉職。
政治的権限が無く、当然軍権も無い。
劉備から提言を求められると答えたり、献策したり出来るが、それ以外に仕事らしい仕事はない。
そうなると当然暇な時間が増える訳で、ならその暇な時間に孔明を出し抜く策を考えなくてはならないが、何も思い浮かばない。
暇だ~ 何か仕事してないと落ち着かないなぁ~
「うるさいぞ」
声の主がギロっと俺を見る。
その目には軽く殺意が籠っていた。
「すまんね。なんせやる事がないもんで」
「有るだろうが! お前を応援してる者達と会っておけと言っただろう?」
「それは相手の仕事が終わってからだろ。今は無理だよ」
そう言ったら再び睨まれた。
「なら、家で大人しくしていろ。それに何で私の部屋に居る?」
「子初がどんな仕事してるのか気になってさ。何やってんの?」
「お前には関係ない事だ。それにそんなに暇なら問答をしてやろうか?」
うへぇ、劉巴と問答なんて勘弁だ。
いつもやり込められてるからな。口じゃ劉巴には絶対勝てない。
「いや、俺が悪かった。家に帰るわ。じゃあな」
「全く、道中気を付けろ」
劉巴は俺を見る事なく答えて紙に何かを書いて行く。
「おう」
俺も劉巴を見る事なく部屋を去った。
俺は午前は朝儀に参加した後は暇なのだ。劉巴の言うように午後からは俺の支援者に会うようにしてるのだが、面会出来ない。
今、成都の官舎で暇してる人物は俺を除いて誰も居ない。
誰もが新しい支配者劉備の下で忙しく働いているのだ。
そして、孔明が中心になって法正・劉巴・李厳・伊籍とともに蜀の法律である『蜀科』制定を急いでいる。
この蜀科を領内で発布する事で劉備の支配体制を強固な物にし、そしていち早く内政を充実させて外征に取り組まねばならない。
その為今は俺と孔明の派閥は争う事も無く、協力して事に当たっているのだ。
曹操と本格的に戦うのは数年先だ。
向こうからちょっかいを掛けてくる事は有るだろうが、こちらから攻め込む事はしないと言うか出来ない。
俺達は益州を攻め取ったばかりで、まだまだ国内は安定していない。
劉璋が溜め込んだ軍資金も民と兵に分け与えたし、国内を治める人材も足りていない。
今は力を溜める時だ。
なのに俺は暇している。
……ように見せ掛けている。
俺は屋敷に戻ると部屋で人の名前が書かれた書物を広げて、名前を書き加えたり、消したりしている。
これは俺が思い出せる人材を書き込んで、俺の派閥と孔明の派閥とに分けているのだ。
俺の派閥の主な面々は…
劉巴、陸遜、潘濬、蒋琬と黄忠を中心にした荊州武官の面々だ。
一方の孔明派閥は。
孟建ら孔明フレンズと、馬良、馬謖兄弟らを中心にした荊州文官連中だ。
そして今は益州の人材を取り合っている。
ここで俺は出遅れた。
孔明は益州に入ると直ぐに文官達を取り込み始めた。
董和、董允親子と彼らと繋がりの有る費禕が孔明の派閥に入っていた。
くそ! 董允と費禕はこちらに取り込みたかったが孔明に取られてしまった。
それに李厳、孟達も孔明の派閥に入った。
李厳は俺と接点が少なく、蜀科制定に加わっていたので孔明と接触しやすかったから分かる。
しかし、孟達は何で俺の派閥に入っていなかったんだ?
まあ、あいつは前世で裏切ってるからな。
期待なんかしてなかった。
俺も前世との因縁が有ったから関わるのを避けていた。
もしかしたら孟達はそれを感じ取って孔明のところに行ったのかも知れない。
ふん、いいさ。前世での因縁はここで断ち切ってやる!
孟達も孔明同様に排除してやるよ。ふふふ。
ちなみに古参の糜竺、孫乾、簡雍らは中立だ。
俺も孔明も彼らには諦めている。
彼らは劉備にしか従わないからな。
味方してくれと言っても劉備が決める事だからと言って取り合わないのだ。
張飛と陳到は当然、俺の派閥だ。
関羽は俺を認めてくれたが跡継ぎは阿斗と決めているので孔明派閥だが、関羽と孔明は仲が悪い。
趙雲は中立。劉備の判断に任せると言っている。
古参連中は一部を除いて中立が多い。
まあ、孔明に味方しないだけ有難い。
ここは割りきろう。
後は益州の人材発掘だ。
これは俺にアドバンテージが有る。
なんせ俺は大の蜀ファン。
蜀の主要な人材はもちろん、マイナー武将まで知っている。
当然、これから出てくるだろう人材も知っている。
一部出遅れたがまだまだ挽回出来る。
勝負は始まったばかりだ。
それに俺も孔明に負けていない。
李恢と張松、張任、王累を派閥に引き込めた。
李恢は益州攻めで俺と一緒だったのでそれが縁で俺の派閥に入ってくれた。
彼は顔が広いので大変役に立ってくれるだろう。
馬超とも繋がりが有るので、李恢には馬超を取り込むように頼んでいる。
馬超は劉備に仕えて日が浅いし、縁も無い。
彼を取り込める可能性は十分にある。
張松は益州攻めの時に劉巴が口説き落としていた。
張松は益州攻めの勲功第一位で劉備からの信任も厚い。彼が俺の派閥に居るのは大きい。
ちょっと危なっかしいがな。
張任と王累も劉巴が口説き落とした。
張任と王累は劉備が嫌いなので、劉備に仕えるよりも俺に仕える方が良いと言っている。
劉備は一部の人間には本当に嫌われているのだと分かった。
劉巴も劉備を嫌っているからな。
類は友を呼ぶのだろう。
それなら黄権も劉備を嫌っているから、俺に付くかと思われたが、彼は孔明に付いた。
何でだよ!と言いたいがこればっかりは本人の意思だ。どうしようもない。
今のところ五分五分に見えるが、孔明側がじわりじわりと勢力を伸ばしている。
やはり養子と嫡子では、嫡子が強いよな。
孔明派閥は劉禅派閥でも有るからな。
これに勝つには俺が劉備との繋がりを強めるしかない。
それには……
「兄様、私が作ったんです。お味はどうでしょうか?」
劉華は俺の屋敷にやって来て俺に手料理を振る舞ってくれた。
豚肉の炙りだ。
「うん、旨いよ。華は料理が上手くなったな」
豚の皮がパリパリとしていて中の肉が口の中で蕩ける。
これは本当に旨い!
「そ、そんな。……嬉しいです」
両手をもじもじさせて顔を赤らめている劉華は可愛い。
「兄様食べて~」
劉華の妹劉春の料理を食べる。
何だろうこれ?
「う、うん。個性的な味だな」
食べて分かった。卵を醤で煮詰めた物だった。
「そ~?」
人にはお薦め出来ない味だった。
「わ、私も作ったの。た、食べてよ」
そう言って尚香が出したのは鱠だった。
いやいや、それは無理だよ!
絶対に当たる!間違いなく当たるから!
「やっぱり私のは、駄目なんだ」
うっ、そんな目で見るなよ。
俺は決心して食べた。
「おっ、旨い。行けるな。これ」
食べてビックリ!?凄く旨い!
「そうでしょう。私が作ったんだから旨くて当然よ!」
単に魚を切っただけなんだけどな。
でも、これは旨い! もっと早く食べてれば良かったと後悔した。
『貴人が料理なんて?』と思われるかも知れないがここでは普通に皆料理を作っている。
まあ、姫様とか滅多に作ったりはしないがな。
「年が明けたら華も嫁入りね。一緒に孝徳を支えましょ」
「は、はい。尚姉様」
「う~ん、可愛い!」
尚香は劉華を抱き締めて頬擦りした。
良いな~ 俺もしたいな。
俺が尚香と華を羨ましく見ていると袖を引っ張られた。見ると春が両手を広げている。
よしよし、分かった。
俺は春を抱き締めて頬擦りする。
「えへへ、くすぐったいよ~」
うんうん可愛いぞ。
年が明けたら俺と劉華は結婚する。
そうなれば俺は劉備の本当の息子になれる。
その時まで何も起きないで欲しいもんだ。
「あー!私もやるー!」
あ、尚香に春を取られてしまった。
「尚姉、苦しいよ~」「うふ、可愛い~」
そんな二人を俺と華は微笑んで見ていた。
成都はこの時、平和だった。
そして俺は、やっぱり当たった。
鱠怖い。
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