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第六十二話 不穏な空気

 建安十六年 秋


 広漢(こうかん)郡雒県雒城から少し離れた場所に俺達は陣を敷いた。


 ここを抜けると益州州都成都まで障害らしい障害は無くなる。

 なので雒城には劉璋軍の主力が守っている。

 その数三万。


 一方攻める俺達の兵は六万まで増えていた。


 涪城を落とし、綿竹関の李厳を仲間に引き入れた事でその兵の一部を加えたのだ。

 お陰で軍の歩みは遅くなった。

 その為に劉璋軍に防備を固めさせる時間を与えてしまう事になった。


 狭い間道と谷が幾つも有るこの雒城付近は攻めるのに苦労する地形だ。

 更に大軍で囲むスペースがないので城を包囲出来ずにいる。

 進軍に使える道は道幅が狭く大軍で進む事が出来ない。

 そしてその道を塞ぐように砦が立っているのだ。


 正に難攻不落の要塞が俺達の前に有った。



 俺と徐庶、陸遜に法正は少し小高い谷の上から雒城を見ていた。


「聞きしに勝る場所だな。ここは」


 うへ~。こんなところ攻めるとか勘弁して欲しいね。まったく。


「ここを抜ければ成都まで後少し。しかし、こうも防備を固めるに適した地形とは。いささか困った場所ですな」


「力攻めは出来ないし。持久戦に持ち込もうにも成都から物資が運ばれるだろうし。これは参ったね」


「ですがここを落とせば劉璋も気落ちして、戦う気力を無くすでしょう。それに攻め落とせない城など存在しません。雒城にも弱点は有ります」


 徐庶と陸遜はお手上げと言っているが、法正は強気だ。

 しかも雒城に弱点が有ると言っている。

 その弱点とは何だろうか?


「考直。それは何だ?」


「雒城に至る道は幾つも有ります。その道には砦が配置されておりますが、兵の数は少ないのです。ですので……」


「兵を分けて配置。後に一斉に攻め立てる。城からの援軍が来れば兵を退き。援軍が去ればまた攻め込む。これを繰り返して雒城の兵の疲労を誘う」


「兵の疲労が限界に達したら、温存した兵で攻め込み、一気に城を落とす。ですか?」


「う、ごほん。その通りです」


 くくく、これは一本取られたな法正。


「上手く行くかな?」


「兵を指揮する将の統率とその兵の練度が高ければ、大丈夫ですな」


 法正は自信ありげだな。でもな。


「ふぅ、止めよう。無理に攻めて将や兵を失うのが怖い。それに既に荊州から援軍が発した事は分かっている。俺達は敵の主力を引き付けるだけで十分だ。まあ、多少嫌がらせ程度には攻めても良いと思うがな?」


 荊州に援軍要請をすると直ぐに返事が帰って来た。


 涪城を出た後に書状を出してから、雒城に着いてしばらくして返書が来たのだ。

 劉備自ら四万の兵を率いて江陵を出たらしい。

 付き従う将は張飛、趙雲、孔明だ。

 そして荊州の守備には関羽と龐統が残った。


 関羽だけだと不安だったが龐統が居れば大丈夫だろう。

 それに襄陽は周瑜が居るから攻める事も出来ない。

 せいぜい出来るのは援軍を出す事くらいだ。

 これなら関羽が無茶をする事もないだろう。


 ただ、孫権が荊州を欲して無茶な事をするのではないのかと心配している。


 今の孫呉には荊州を治める正統性はないし、俺が尚香を嫁にした事で同盟関係を築いている。


 しかしそんな事は乱世では攻められない理由にはならない。

 それに孫権はその場、その場で判断する男だ。

 自分達の利益を最優先して、同盟を破棄する事も平気でやる男だ。


 俺は直接奴と会って話をしたから分かる。


 孫権はやると決めたらやる男だ!


 援軍を要請したのは早計だったかもしれない。


 しかし目の前の風景を見て雒城を攻める大変さは予想出来るし、無理に攻めたくない。

 なぜならここは劉備達にとって鬼門の場所だ。

 ここを落とすのに一年も掛かった上に、龐統を失う羽目になった。


 もし、ここを無理に攻めたら誰かが死ぬのではないのかと思うのだ。


 それを裏付けるように雒城の守備に就いているのは劉璋の嫡男劉循(りゅうじゅん)とあの、張任(ちょうじん)だ。


 劉循


 劉璋に雒城の守備を任されて一年も守り通りした人物だ。張任らの補佐を受けての事だが、劉循は優秀な人物だと思う。とても劉璋の子供とは思えない。


 張任


 蜀ファンならこいつさえ居なければと思う人物五人の中に必ず入る奴だと思う。

 劉循と共に雒城を守備するも途中で捕まり処刑されている。

 この時有名な『老人は二君に仕えず』のセリフを言っている。

 張任の年齢は分かっていないが自分で老人と言っているので年は五十は越えていたのだろう。

 そして演義では落鳳坡の地で龐統を射殺している。


 この劉循、張任コンビと雒城は益州攻めの最難関だ。


 だから無理はしない。


 俺は劉備が成都を攻めるまでゆっくり待つ事にした。



「暇だわ~。ねぇ、狩りに行かない?」


 天幕でじっとしていられない尚香は俺を狩りに誘った。


 尚香との仲は悪くない。


 以前のようなツンケンした態度は何処に行ったのか。

 会話も増えたし、食事も一緒に摂るようになった。

 でもまだ一緒には寝ていない。


 何て言うんだろう?


 こう、あれだよ。友達以上恋人未満?

 いや、恋人だけど清い交際みたいな?

 結婚まではしないでおこうみたいな?


 それだともう結婚してるから最後まで出来ないじゃん!


「ねぇ~。聞いてる?」


「ああ、聞いてるよ。狩りだろ。行ってくれば良いじゃないか?」


「一緒に行きたいのよ!」


 それはとても嬉しい申し出では有るのだが、出来ない。


 もうすぐ冬に入るので冬支度をどうするかで頭を悩ませている。

 それに黄忠達が攻めさせてくれとうるさいし、劉備達援軍の進撃速度が思ったよりも遅い事が気になっている。


 このままだと年明けから春先まで時間が掛かりそうだ。


 それに懸念していた曹操と馬超の戦いが終わってしまった。


 多少時間稼ぎが出来ないかと思ったが、思った以上に連絡を取る事に時間が掛かってしまって、何も出来なかった。

 馬超には匿う用意が有ると伝えているが、どうなるか分からない。


 今まで順調だっただけに、何かこう、しっくり来ない感じだ。


 気分転換を兼ねて狩りに出かけるのも悪くないと思ったが、どうもそんな気が起きない。


 それと少し前に葭萌から劉巴がやって来て話をした事が気分を悪くさせている。



「援軍を要請したと聞いた。真か?」


「ああ、本当だ。何か不味いのか?」


「分かっていないのか?」


「何を?」


「はぁ~考徳。お前は自分の立場を理解しているのか?」


「俺の立場? 俺は劉玄徳の後継候補で、今は益州攻めの責任者だ。違うのか?」


「そこまで分かっていて援軍を呼ぶなど、自分の首を絞めているのに気づかんのか!」


 え? 俺何かミスをしたのか?


「今からでも遅くない。雒攻めを行え。先に成都に辿り着くのだ。何としてもだ!」


「いや、それは無理だろう。お前も知っているだろう。雒城は力攻めでは落ちないって?」


「お前の今後が、いや、我らの今後が掛かっているのだぞ!」


「子初。お前おかしいぞ? 何をそんなに焦っているんだ。父上が俺達より先に成都に着くのが、そんなに不味いのか?」


「益州攻めはお前に任されていたのだぞ。それを劉備が行う事の危険が分からないのか?」


 いや、ますます分からないよ?


「子初?」


「ふぅ、分かった。お前の好きにしろ。命までは取られないようにはしてやる。ではな」


 劉巴はそう言って葭萌に帰っていった。


 何を言いたかったのか。さっぱり分からなかった。


 だからモヤモヤしている。


 何一つ上手く行かない事に不満が溜まっているのが分かる。


 だが駄目だ。ここは我慢だ!


「怖い顔をしているよ。考徳。ここは私達に任せて狩りに行ってきたらいい。そうすれば少しは気が晴れると思うよ」


「伯言?」


「私が護衛しております。ご安心を!」


 傅彤は自分の胸を叩いてアピールしている。

 そして尚香がジト目で俺を見ている。


 ああ、もう。


「はぁ、分かった。行こう。伯言後を任せる」


「ふふ、お任せあれ」


「さぁ、行きましょう!」


 俺は尚香に腕を取られて天幕を出ていった。



 本陣から離れ尚香と傅彤ら護衛を連れて獲物が居そうな場所に向かう。


 そして……


「あれは私に任せて」


 尚香は馬に乗り弓を構えて獲物に向かって矢を放った。

 矢は真っ直ぐ進み獲物に刺さった。

 大きな鹿の首筋に矢は刺さり、鹿は少し歩んだ後にドッと大きな音を立てて倒れた。


 見事な腕前だ。


「お見事!」「お見事に御座います」「さすがは姫様」


 付いてきていた侍女達が口々に尚香を褒める。

 褒められた尚香は俺をジッと見ている。


 ああ、はいはい。


「凄いな尚香は」


「そ、そうでしょ。弓には自信が有るのよ!」


 俺に褒められて胸を張る尚香は可愛い。

 顔も少し赤くなっている。


 倒れた鹿は侍女達が回収に向かう。皆手慣れている。


 そして新たな獲物が現れたようだ。


「劉封様。次が来ますぞ」


 傅彤に言われて俺は弓を構える。


 木々の間から兎が飛び出した瞬間、矢を放つ。


 外れた。


 俺はあんまり弓が得意じゃないんだよな。


「下手ね。こう射るのよ!」


 そう言うと尚香が矢を放つ。


 また当たった。


「どう?」


 ドヤ顔を見せる尚香。


「弓では君には敵わないな。これなら戦場でも大丈夫だ」


「ふふん。弓だけじゃないわよ」


「はいはい」


 これじゃ尚香だけ満足して終わりじゃないか?


 そう思って、ふと兎の回収をしていた侍女を見るとその侍女が倒れた。


「て、敵襲です!」「姫様ー!」「お下がりください姫様!」


 は? 敵襲!?


 見れば木々の隙間から武装した兵が現れた。


「偵察がてら出て来てみたら、とんだ大物を見つけるとはな」


 その武装した兵の間から馬に乗った男が現れた。

 見た感じでは年は四十後半ぐらいで目がつり上がっている。

 そしてその目がしっかりと俺を見ている。


「ここは私にお任せを!」


 俺の前に傅彤が出ると俺はすぐさま逃げる事にした。


 ヤバいヤバいヤバい。あいつが誰か名乗らなくても分かった。


 あいつだ! 張任だ!


「すまん。俺は下がる」


 まさか、まさか。俺が龐統の変わりかよ!?


「逃がすな!ここで討ち取れ!」


「「「おおう!」」」


「殺らせんぞ!」


 傅彤と護衛が前に出て張任達の行く手を阻む。

 俺は傅彤達を見る事なく本陣に戻る為に馬で駆ける。

 既に尚香達は逃げているので彼女の心配はしていない。


 それに張任の狙いは俺だ!


 それが証拠に俺の行く手に敵兵が出て来た。


「くそ!」


 俺は弓を捨てて剣を抜いた。

 こんな事なら槍を持ってくるんだったと後悔した。

 馬上で剣を振るいながら俺に襲い掛かる兵を斬り捨てる。


「弓だ!弓を使え!」


 は? ちょっ、止めろ!


 敵兵が俺から下がると同時に無数の矢が飛んで来た。

 俺は急いで馬から降りるとその場を離れた。

 そしてその場に残っていた馬は多数の矢が刺さり倒れた。


 ゾッとした。


 少しでも躊躇してその場に居たら、俺が殺られていた。


「射て、射て、射てー!」


 ヤバい。不味い。殺られる!?


 俺は後ろを向いて逃げた。しかし、矢が背中に当たった!


 痛~。すっげえ~痛い!!


 矢が当たった事で転びそうになったが何とか堪えるが、そこにまた矢の雨が注がれる。

 そして今度は右足に当たった。


 だ、駄目だ。痛くて走れない。


「当たったぞ! 直接始末しろ!」


 敵兵が弓を使うのを止めて俺に迫る。


 ま、不味い。これは死んだか?


「ぎゃー!」「な、何だ? うお、いでー!」


 へ? 敵兵の叫び声がする?


 見れば俺に向かっていた敵兵に矢が射られていた。


「考徳ー! 無事かー!」


「は、伯言!」


「若ー! 今お助けしますぞー! 死ねい。この雑兵がー!!」


 陸遜と黄忠が来てくれた。


 た、助かった。


 そう思ったら気が抜けて、俺は意識を失った。


いよいよ動き出す。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


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