第五十八話 漢中攻略戦開始
「で、何で付いてきてるの?」
「私が守るって言ったじゃない!」
はぁ、なんでこうなるかなぁ~。
俺達は白水関を通って漢中の入り口『関城』に向かっている。
鬼軍曹の練兵に耐えられた兵一万五千を率いてだ。
残りの五千は引き続き葭萌で練兵をさせている。
今回の張魯討伐。
前軍大将 陳到 副将 魏延 兵五千
中軍大将 俺 副将 黄忠 霍峻 兵五千
後軍大将 張南 兵四千
後方担当 蒋琬 兵千
軍師 徐庶 陸遜 護衛 傅彤 孫尚香 孫英
参軍 法正 孟達 高沛 兵三千
と言う布陣だ。
尚香と英は勝手に付いてきた。
本当は葭萌で留守番の筈だったのに、傅彤を丸め込んで軍に潜り込んだのだ。
傅彤も尚香に強く言われては断れない。
何せ彼女らは俺と陸遜の嫁で、孫家の姫君達。
傅彤が悪いのではない。尚香達が悪いのだ。
留守番は劉巴と馮習に頼んだ。
劉巴にはその名声を生かして益州に居る在野の人材達と交流してもらう。
彼の名声は益州にも轟いている。
普段会えない有名人が近くに来ていれば、会いたくなるのが人情だ。
劉巴には彼らを口説いて劉備の下で働かないかと誘うのだ。
人材登用は劉巴の得意とするところ。彼なら俺達が帰って来る頃には有名な人物を多く発掘してくれているだろう。
それに既に劉巴の下には大勢の人が会いに来ている。
中には任官している者達も劉巴と会っているのだ。
そして劉巴の推薦を受けて何人かはこの戦いに連れてきている。
卓庸、呉蘭、雷同の三人だ。
卓庸は名前を知っているがそれだけだ。
どういう活躍をした武将かは知らない。
呉蘭と雷同はもちろん知っている。
彼らは漢中攻めで張飛、馬超と行動を共にしていた。しかし、曹軍の曹洪に攻められて二人共戦死している。
活躍を期待されたがあっさり死んでしまった。
この三人は蜀のマイナー武将だ。
いつ頃劉備の下に来たのか分からない。
でも劉巴が推薦するくらいの人物なので使えるだろう。
それと劉璋の監視役として法正達が俺達と一緒に行動している。
法正は徐庶達に混じって俺の近くに、孟達は後軍の張南に、高沛は後方の蒋琬の護衛として付いてきている。
法正と孟達はそれぞれ千人を引き連れて参加。
しかし、高沛は白水関の守将だが、彼が引き連れているのはたったの千だ。
白水関には一万を越える兵が居るにも関わらずにたったの千しか参加していない。
これってどうなのよ?
白水関に立ち寄った時に挨拶だけしてとっとと関城に向かおうとしたが、彼が付いてきたのだ。
『一緒に戦いまする!』と言っていたが、彼の連れてきた兵が少ないので後方に回した。
白水関の二人は俺達が張魯と戦うのかどうかを監視するのが役目なのだろう。
兵が少ないのは矢面に立つ気がないからだ。
意地悪にも前線に出してやろうかと思ったが、思い止まった。
彼には俺達の戦いをよく見て貰う事にしよう。
それが後々利いてくる筈だ。
そして目的地の関城に着いたのだが。
「これは酷いな」
「前はもっと立派な城でしたが、張魯との戦いでこのような事に……」
法正が残念そうに答えた。
関城は廃墟になっていた。
陸遜から前もって知らされていたが、ここまで酷いとは思わなかった。
法正が言うには張魯が漢中で独立した時にこの辺りで戦いになったそうだが、劉璋軍は負けたそうだ。
その時に張魯はこの関城を使えなくする為に城壁を壊して行ったとの事だ。
「では、我らにお任せを」
そう言うと蒋琬は早速城壁の修復を開始した。
蒋琬には関城の修復を任せて俺達は城の外に陣を敷く。
これから漢中攻めを始めるのだ。
陣を敷き、天幕の中で軍議を開く。
蒋琬は城壁の修復の指揮をしているので、彼を抜かしたメンバーで話をする。
蒋琬の試算によると城壁の修復には最低一月掛かるとの事。
その間俺達は無防備になってしまう。
張魯軍が出てくる前に要所を抑えて、そこで待ち構えるか、それとも打って出て野戦を仕掛けるかだがどちらが良いのだろうか?
「打って出るべし! 先手必勝ですぞ」
鼻息荒く野戦決戦を主張する黄忠。
「ここは相手の出方を見るのが宜しいでしょう。幸いにして張魯の動きは鈍く、まだ兵を出しておりません」
陸遜は慎重論を唱えた。
張魯は曹操と馬超の戦いに気を取られて、俺達の動きに気づいていない。これはチャンスなのか?
「発言を宜しいでしょうか?」
「あ、ああ。法正か。構わないよ」
ここには高沛も居るので字で呼ぶのは避けた。
「漢中を落とすのであれば『定軍山』を抑えるのが宜しいかと」
「定軍山?」
「は、ここを抑えて置けば退くも進むも容易です。また要所ゆえに攻められにくい場所です。
兵を置くには最適です」
いつもの丁寧な口調で流れるように説明する法正。
こいつやる気満々だな。
まあ、土地勘のある法正の策に乗るが一番だと思うのだが、この流れってこのまま漢中を落とす感じじゃないか?
今回は張魯と戦ってある程度したら兵を退いて、劉璋に援軍と物資要請をするつもりだ。
それで劉璋が援軍を出し渋ったら、それを理由に戦端を開く予定だ。
俺達が劉璋と戦う為には大義名分が必要だ。
劉備と俺の名声になるべく傷を付けない為の大義名分がな。
援軍を出し渋ったと言う理由では大義名分には弱いが、俺達だけが張魯と戦って劉璋が高見の見物を決め込むのなら、それは劉璋を攻めるに十分な大義名分になる!
と思う?
法正は俺達の目論見を知っている。
それなのに漢中を本気で落とすつもりのようだ。
法正は史実では漢中攻めの策を劉備に進言している。
そして定軍山は劉備が漢中を攻めた時に曹軍の夏候淵を討ち取った場所だ。
夏候淵が陣を敷き、また漢中攻めの策を進言した法正が提案する場所定軍山。
俺は判断に迷った。
漢中を、張魯と本気で戦うつもりはない。
戦ったと言う事実だけが欲しいのだ。
だが、法正は俺に漢中を落とせと言っているような気がする。
今、長安の近くでは馬超と曹操の戦いが始まろうとしている。
そして史実通りならこの戦いは半年で終わってしまう。
俺達が漢中を落とすのに使える時間はこの半年の間、いや、もっと短い時間で落とさなくてはならないだろう。
張魯の軍勢は少なくとも五万で、俺達とは五倍近い兵力差だ。
しかし、今張魯は北の曹操に気を取られて俺達に対する備えを怠っている。
急速に兵を進めて要所を抑え、そこで張魯軍を待ち構えて倒す。
出来るか?
俺は徐庶を見る。
徐庶は頷いた。
「この関城の守備を高沛殿に任せる。我らは急ぎ定軍山に向かう。ここを抑えて張魯軍が出てきたところを叩く。そして一気に漢中を落とす!行くぞ!」
「「「はは」」」
皆が俺の号令を受けて動き出す。
しかし動かない者も居る。
「お、お待ちを。我らだけではここを守れませんぞ」
高沛だ。
「だからなんだ?」
今は時間が惜しいのに、それも分からないのか?
「今少し兵を残して頂きたい。私の兵千では足りませぬ」
何を言っているんだこいつは?
俺達が攻める側なのになんで攻められる心配をしているんだ。
俺は高沛を怒鳴り付けようかと思ったが、俺と高沛の間に徐庶が割って入った。
「それならば白水より増援を呼べば良いのでは。これ以上我らの兵を割く事は出来ません。それに例え張魯の軍勢がここに来ても我らが後ろを突きますのでご安心ください」
「いや、しかし、これ以上白水から兵を出しては関の守りが……」
これが本当に名将なのかね?
怒りより呆れが勝りそうだ。
付き合ってられないよ。
「では好きにされよ。ここに止まるか。白水より兵を呼ぶか。それとも引き返すか。好きに選べばいい。我らは先を急ぐ」
「な、なんだと!」
俺は振り返る事なく天幕を出た。
するとそこには笑顔の尚香が待っていた。
「もっときつく言ってやればいいのに」
「あれで良いんだよ。それよりまだ付いてくるのか?」
「言ったでしょ。あなたを守るって」
ほんと、最初に会ったときに比べたら凄い変わりようだ。
「はぁ。なら離れるなよ?」
「もちろんよ。行きましょう」
尚香はそう言うと俺の右腕を取って引っ張っていく。
「御姉様。素直になったわね」
「君も付いてくるのかい?」
「私は小覇王孫策の娘。ただ待っているだけの女じゃありません!」
「やれやれ」
俺と尚香の後ろを陸遜と孫英が付いてくる。
その周りを兵達が微笑んで見ていた。
そして法正の策に従い定軍山に向かうと、そこには張の旗が見えた。
「先に抑えられたか。孝直。誰が守っているか分かるか?」
「おそらくは張魯の弟張衛でしょう。彼は張魯軍の指揮官ですので」
張衛か。
えっと、確か曹軍と戦って善戦した武将だったよな?
「一旦退くか」
「いえ、大丈夫です。策が有ります。我らにお任せを」
そう言った徐庶の顔は自信満々だった。
なら任せよう。
俺の自慢の軍師達に。
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