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第五十三話 臣下と嫁と、新たな任務

 建安十五年 秋


 春に嫁取りの為に孫呉にやって来て半年、俺はようやく江陵に帰って来た。


 長かった。


 思ったよりも長い滞在であったが無事に嫁と一緒に帰る事が出来た。

 そう、俺は尚香を連れて江陵に帰ったのだ。

 一時は離縁を覚悟したが、尚香が俺に付いてきてくれたのだ。

 ちなみに、尚香とはまだまともに会ってない。


 柴桑を出る時も、船に乗った時も、船から降りて江陵の民の熱烈な歓迎を受けた時も、顔すらまともに見ていないのだ。

 それに彼女には孫呉から連れてきた侍女と彼女の側を離れない孫英がガードしているので、おいそれと近寄れないのだ。


 孫英、彼女は陸遜の嫁として付いてきていた。

 そして陸遜も孫英の隣に居る。


 史実ではこの二人がこの江陵にやって来るのはまだ先の事だ。

 史実では関羽が死んで夷陵の戦いの後にこの夫婦は江陵に赴任してくる。

 だが、二人は今ここに居る。


 確実に歴史の流れは変わったのだ。



 そして俺は帰って来て直ぐに劉備と謁見した。


 広間では孔明を始めとした文官が俺と陸遜を出迎えた。


 お、江陵を去る前よりまた人が増えてやがる。

 ヤバイな~。こんなに人が増えたら名前や顔を覚えるのに苦労しそうだ。

 そんな事を思いながら劉備の前に出る。


「臣孝徳。只今戻りました」


「うむ。よく戻った。ところで隣の者は誰かな? 紹介して貰えないか孝徳」


「はっ、彼は呉郡出身で陸遜と申します。孫呉より私の護衛として付いてきてくれたのです」


「陸遜 伯言です。劉玄徳様とお会い出来て光栄です。以後宜しくお願い致します」


 うん? 以後宜しく?


「そうか。孝徳の事宜しく頼む」


「はっ!」


 挨拶が終わると俺は陸遜からの孫権の文を受け取り、それを孔明に手渡す。


「義兄孫仲謀より書状を預かって参りました。御見聞を」


「我が君。どうぞ」


 孔明から文を受け取った劉備は一読すると、直ぐに返事をした。


「孫権殿の要望は分かった。直ぐに準備に取り掛かろう。それと孝徳、陸遜よ。長旅で疲れただろう。一旦下がって休むとよい」


「「はは!」」


 形通りのやり取りを終えて、俺達は一旦部屋に戻った。


「ふえ~。疲れた」


「ああ、そうだね」


 俺は長椅子に座ると横になった。

 陸遜も緊張していたのか敷物に座ると両肩を回していた。


「なあ、気になったんだけど」


「なんだい?」


「父上にさ。以後宜しくって言ってたよな? あれってどういう事さ?」


「そのままの意味だよ」


「そのまま?」


「ああ、そのまま」


 うん?


「伯言は護衛が終わったら孫呉に帰るんだよな?」


「そうだよ」


「じゃあ、この後、帰るのか?」


「ぷっ。まさか。護衛を続けるに決まっているだろう」


「それってつまり……」


「私は君の臣という事だよ。孫権様にそう言われたんだよ。私は」


 はあ~!?


「何を呆けているんだい。私は職を解かれたんだ。そして君の護衛として雇われた。つまり私は君の臣下に成ったんだよ。まさか、気付かなかったのか?」


「いや、全然。全く」


 え、いや、だって。そうなの?


「はぁ。君は時折自覚に欠けるな。まあ、そんな君を支えるのは悪くない。では改めて。我が主よ。これからも宜しくお願い致しまする」


 陸遜が俺に向かって大袈裟に頭を下げる。


「や、止めてくれ。俺は伯言を臣下だなんて思ってないよ。頼むから頭を上げてくれ」


 俺は長椅子から飛び起きて陸遜の肩に手を置いて彼を抱き起こす。


「ふふ、君ならきっとそう言うと思ったよ。だが、外では君と私は主従だ。それを忘れないでくれ」


「いや、だって、でも。なら英はどうして?」


「君は孫権様の義弟で身内だ。君に仕えるという事は間接的に孫権様に仕えると言う事になるんだ。と言うのは建前だな。私も驚いてるよ」


 陸遜が孫策の娘を嫁にするのは孫権に仕えると言う事が条件だった。

 しかも何らかの功を立てるのが条件だ。

 でも今の陸遜は俺の臣下と言う立場だ。

 俺が孫権の身内だからと言う理由ではおかしいだろう?


「それは私が望んだからです!」


 いつの間に入って来たのか、孫英が現れた。


「英?」


「伯言様。我が叔父上に頼んだのです。伯言様の下に行きたいと! それに叔父上は答えてくれたのです。ですから何も心配する事は有りません!」


 孫英は尚香を小さくしたような女の子だ。

 勝ち気で強情な感じがする。


「わ、私も、兄に、頼んだの。一人だと心細いって」


 孫英の後ろに隠れるようにして尚香が立っていた。


「尚香?」


「だって、しょうがないじゃない! 一人で知らない土地に行くのよ。心細いじゃない。それなら身近な身内が側に居たら私も安心だし。英とは姉妹みたいな感じだし。だから、そうなのよ!」


 そうなのよって、そうなのか?


「ありがとうございます。姫様」


「ふ、ふん。可愛い妹の頼みだから。と、当然よ!」


 陸遜からお礼を言われた尚香は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「ふふ。あっ! 伯言様。屋敷に荷物が届いたのです。どこに置くのか一緒に決めましょう。さあ、さあ、行きましょう!」


「え、いや、私は護衛の任務が」


「誰がこの地で劉封殿を襲うのですか? さあ、行きましょう!」


「英。ちょっと、待ってください。英!」


 孫英は陸遜の腕を掴むと無理やり立たせて部屋を出ていった。


 そして部屋には俺と尚香が残された。


 尚香はもじもじと両手を組んで内股になっている。

 とてもあの出会った当初の尚香とは思えない。

 まるで別人だ!


「あ、あのね。孝徳」


「な、なに?」


「わ、私ね。あなたに……」


 そこまで言って尚香は黙ってしまった。


 こ、ここは俺から話しかけるべきだろうか?

 尚香には頬を叩いた事をまだ謝っていない。

 ここで先に謝ってしまうのが良いだろう。


「尚香」「孝徳」


 うわ!被った。ど、どうしよう?


 俺と尚香は互いに話しかける間を失ってしまった。

 気まずい雰囲気が漂う中、どしどしと聞きなれた足音が近づいてきた。


「よおー!孝徳。戻ったか。俺様もついさっき着いたところだ。孫呉の土産話を聞かせて貰おうか?」


「孝徳。無事に戻ったと聞いて安心したよ。向こうはどうだった?」


 やって来たのは張飛と関平だった。


「「あっ!」」


「あー、じゃ、邪魔したな。孝徳。また後でな?」


「こ、孝徳。僕ら劉備様に呼ばれてるからまた後でね。じゃあ!」


 ちょっ、逃げんじゃあねえよ! 俺も連れてけよー!


「あっ、孝徳。待って」


 俺が張飛達を追って廊下に出るとそこには徐庶がいた。


「孝徳殿。我が主がお呼びです。どうぞこちらに」


「あ、うん。行く。行きます。尚香。じゃあ、後で」


 俺は逃げるようにその場を後にした。


 ご、ごめんよー! 今度ちゃんと時間作るからさ。その時はちゃんと話をするから!



 劉備の執務室に入ると、そこには劉備、孔明、龐統、関羽、張飛、趙雲、関平、劉巴が居た。


 なんだこの面子は?


 周瑜の援軍に対する話し合いかな?


「揃ったな。では孔明」


「はい。十日ほど前に益州『劉璋(りゅうしょう)』より使者が参りました。そこで劉璋より援軍の要請を受けました」


 おっと、これは!


「援軍って、俺達と劉璋とは何の関係もねえじゃあないかよ?」


「関係はあるねえ~。劉璋は我が主と同じ劉姓。それを頼りに我らを頼って来たって事よ」


 張飛の疑問に龐統が答える。


「ごほん。話を戻します。劉璋は漢中の『張魯(ちょうろ)』といざこざを起こして、それに恐怖しております。そこで我らを頼ったのです。ですが、劉璋の使者『張松(ちょうしょう)』は我らにある謀を持ち掛けました」


「謀? それはなんです?」


 趙雲が孔明に問いかける。


「益州の乗っ取りです」


 来たー! やっぱり益州攻略戦だよ!


「乗っ取りとは穏やかではありませんね。まさかそれを受けたのですか?」


 趙雲が鋭い目付きで孔明を見る。


 趙雲ってこういう人を騙すような行為が嫌いなのかな?

 まあ、誰だって嫌だよな?


「私はそれを受けた」


「兄者!」「兄貴!」「我が君!」


 関羽、張飛、趙雲が驚いて声をだした。

 孔明、龐統、徐庶、劉巴は冷静で何も言わない。

 俺と関平はただ黙っている。


 孔明達は既に話をしていたのだろう。

 関羽達は普段江陵に居ないから、ここで初めて話を聞いたと言う訳だ。


「私が曹操に対抗するには益州が必要だ。しかし今の私はここを離れる訳には行かない」


 え? そうなの?


「我が主にはここ江陵に残って襄陽の周瑜の援軍に行かなければなりません。ですから劉璋の援軍には代理の者を送ります」


 代理、ね。


 うん。なぜ皆俺を見るんだ?


「孝徳。私の代理で益州に行き。これを制圧しろ。お前の働きに我らの未来が掛かっている。皆の期待に答えるのだ!」


 はあ~!?


 お、俺が益州に?


 そ、そんなの無理だろう~!?

これにて四章終了です。次章はいよいよ益州攻略戦です!


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


応援よろしくお願いします

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