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第五十二話 孫権の裁定

 山越討伐を終えた俺達は孫権の待つ柴桑に戻った。


 結局、尚香とは別々の船に乗って帰る事にした。

 感情的になって女性に手を上げた事は大いに恥じる行為だ。

 尚香に謝るべきだと思うのだが、彼女の顔を見るのが怖い。

 なんせヤられたらやり返せとばかりに何倍にもなって返ってくる可能性が有るからな彼女の場合は……


 帰りの船上で俺は落ち込んでいたが俺以外にも落ち込んでいる者が居る。


 陸遜だ。


 今回の山越討伐の切っ掛けを作った陸遜だが、説得したと思った潘臨がよもやの裏切り。窮地に立たされた俺達だが、賀斉の助力を得てこれを退ける事が出来た。

 そして潘臨は尚香に捕らわれて討伐は終了。

 今回陸遜は功を上げる事が結局出来なかったのだ。


 だが、俺は思う。


 史実では陸遜は山越討伐で功を上げている。

 しかし今の陸遜は山越討伐に失敗した。

 なぜか? 俺が居るからか?

 そうではないと思う。


 実際は陸遜も山越討伐に苦労したのだろう。


 正史では簡潔に何年に山越討伐を行いこれを鎮圧していると書かれているだけだが、実際は苦戦したり果ては敗走したりしたのではないだろうか?

 それが証拠に山越は何度も何度も反乱を起こしている。

 山越族が孫呉に完全に屈服しなかったのは、孫呉が山越討伐に苦戦していたからだと思う。


 だから今回のように失敗した事が何度か有ったのでは無いのかと思うのだ。


 そしてその失敗を糧にして陸遜は成長して孫呉の司令官に成れたのではないだろうか?


 人間誰しも最初から完璧な人なんて居ないと思う。

 経験して成功したり失敗したりを繰り返して人は成長すると思うんだ。


 前世の俺(劉封)は若く、失敗する事無く上庸(じょうよう)攻めまでは順調だった。

 しかし、そこから失敗して経験を得たが結局その経験を生かす機会が無いまま処刑された。


 このままだと陸遜はどうなるだろうか?


 前世の俺と同じ道を歩んでしまうのだろうか?

 それとも何事も無く、また任地に戻って山越討伐を続けるのだろうか?


 その判断を下すのは目の前に居る孫権だ。


 孫権の執務部屋に俺と陸遜、張昭と歩隲が居た。

 張昭は何がそんなに嬉しいのか笑顔になっている。不気味だ。

 歩隲の顔つきは鋭く、眉間にシワを寄せている。


 そして肝心の孫権は報告書をじっと見ている。


 誰も何も言わない。


 この黙って待っている時間が凄くもどかしい。


 誰か何か言ってくれ! この重苦しい空気に耐えられそうもない。


 そう思っていたら孫権が読み終えた報告書を机の上に放り出し、そして言った。


「良くやった! 当初の目論みとは違ったが数千の民の確保が出来たのは上々。顧雍と賀斉には引き続き山越討伐を続けさせよう。どうだ張昭?」


「は? あ、ええ、そうですな。それで宜しいと思われまする」


 問われた張昭は一瞬呆けたが直ぐに答えて頭を下げた。


「しかし、潘臨の突然の反意にも関わらず、良くこれを収めた。さすがだな陸遜」


「え、いや、私は」


「この報告では予め賀斉に援軍を要請してあったとある。潘臨が反意を起こす可能性を予見しておったのだな。そなたの先を見る目は確かだ。更に潘臨を捕らえた功績は誇るといい。これでそなたに安心して英を任せる事が出来る。ははは」


 何がどうなってるの?


 俺と陸遜は互いに顔を見合せ、そして孫権を見る。

 すると孫権は俺達を見て少し頷いた。


 うん? これはどういう事なんだ?


「我が君。二人とも長旅で疲れていると思われます。細かい報告は後日にして先に休ませては如何でしょうか?」


「うむ。そうだな。二人ともご苦労だった。ゆっくりと休むがいい。おっと、劉封。いや、孝徳。今夜は一杯付き合え。後で呼びに行かせる」


「は、はぁ?」


 俺と陸遜は歩隲に促されて部屋を出ていった。

 そして俺達が部屋を出た後直ぐに孫権と張昭の怒鳴り声が聞こえて来た。


「あ、あの~。歩隲殿?」


「いつもの事なのでお気に為さらず」


「え、あ、そうですか」


 部屋を遠く離れても孫権と張昭の声は廊下に響いていた。


 これがいつもなのかよ?



 そしてその夜。


 俺は孫権と二人だけで夕食を摂っていた。

 正直に言えば孫権と酒を飲むなんてごめんだ。

 だってこいつ、史実では相当な酒乱で有名な危険人物。

 何か失言でもしようものなら、何が起きるか分かったもんじゃない。


「報告は聞いていたし、見もした。まさか、安全だと思って送り出せばあのような事が起きるとはな。想定外な事は起こりうる物だな」


 だ、誰だよこいつ? これが酒乱で有名な危険人物なのか?


「く、くくく。それにしても尚香をぶつとはお前も命知らずだな。あれが怒れば俺でも止められんぞ。ははは」


「知ってたのかよ?」


「うん。ああ。侍女達から報告が有ったからな」


「陸遜の事は?」


「あれは顧雍と賀斉から嘆願が有ったのでな。お前の事も有ったから罰するよりは恩を着せて置くのが一番と思ったのよ。しかし、子布(しふ)のやつ。あんなに怒る事はないだろうに。お前もそう思わないか?」


 そう言うと孫権は杯を取り一気に酒を飲み干した。


 それからは孫権の愚痴をただひたすら聞いていた。


 張昭は陸遜、顧雍、賀斉の報告書を見て、俺を責め立て尚香と離縁させ、何らかの譲歩を引き出すつもりだったのだ。

 当然陸遜も処罰の対象だった。

 だが、孫権は山越討伐は結局成功し誰も傷つかなかったし、顧雍、賀斉の嘆願も有ったので誰を処罰する必要が有るのかと一蹴。

 そして、山越討伐の功を賀斉と陸遜の二人で分ける事にしたのだ。


 最初は孫権も賀斉に功有りとして、陸遜を処罰する事を考えたが、顧雍、賀斉の陸遜の罪を問わないで欲しいとの嘆願を読んで気が変わったそうだ。

 しかしそれは張昭と打ち合わせた内容とは違ったので、決定を下した後で張昭に怒鳴られたそうだ。


 そりゃ、張昭も怒鳴りたくはなるよな?


 突然の方針転換をされたらどう対処していいか分からなくなるからな。


 俺達が去った後は張昭と長い長い不毛な怒鳴り合いをしていたと孫権は語った。


 この話を聞いて、これが孫権なのかと思った。


 孫権はやはり実利を得る事を優先している。

 そして部下の意見に耳を傾け、それを採用する度量を持っている。

 張昭の意見はあまり聞かないようだが、それは史実通りなのかな?


「それに、まあ、尚香が俺にお前と陸遜を悪く扱わないで欲しいと言われたからな。驚いたぞ。あの尚香が他人を気遣ったなんて初めての事だ。それを思ったらお前が尚香をぶった事があいつに何か感じさせたんだろうな。こんな事なら俺も尚香をぶてば良かったかな?」


「逆に蹴られるんじゃないのか?」


「ふ、そうだな。ふふ、ふははは」


 その日の孫権は上機嫌だった。


 それにしても尚香が俺と陸遜を庇ったのか。

 とても信じられんな。

 これはやっぱり謝るべきなのかな?

 でもツンデレ相手に下手に謝ると拗れるんじゃないのかな?


 ああ、どうしたら良いんだ!


 そしてその後は何事もない日々が続いた。


 山越討伐の功は結局賀斉一人の物となった。

 陸遜は功を上げた訳ではないと辞退したのだ。

 それに対して孫権は折角の恩情をと怒り、陸遜の職責を解いた。

 そして職責を解かれた陸遜は俺と生活を共にしている。

 ぶらぶらしているくらいなら、俺の護衛をすれば良いと俺が孫権に頼んだのだ。

 そして陸遜は俺の護衛をしている。


 しかし、暇だ。


 尚香とはまだ会っていない。

 あの日彼女をぶってから一度も会っていない。

 俺から会いに行く勇気は俺にはなかった。

 それに俺は彼女とはもう終わったと思っている。

 彼女の中で何か変わったと思うのだが、それを確かめる勇気が俺にはないのだ。


「今日も会わないのかい?」


「うん? ああ」


「姫様は君が会いに来るのを待ってると思うけどね。よし、ここだ」


「あ! そ、そこは……」


「ふふん。隙有りだ」


 俺と陸遜は碁を打っていた。

 鍛練は欠かさずやっているが、たまにこうして碁を打つ事もある。


 と言うか手加減しろよ陸遜!


「私はやはり焦っていたようだ」


「な、何がだよ。全然焦ってないじゃないか?」


 めちゃくちゃ厳しい手を打たれた。

 これはもう駄目だな。


「そうじゃない。今までの事だ」


「今まで?」


「ああ。私は焦っていた。英との事も有ったが、それ以上に君の活躍を聞いて焦ってしまった。赤壁で別れて以来、君の目覚ましい活躍を聞いて、私は焦燥に駆られたよ。このままでは君と友で要られないと思ったんだ。だから焦った。そして失敗した」


「それは、その、だな」


「ふふ、変な慰めは要らないよ。私は私、君は君だ。陸伯言は劉孝徳に成れない。その逆もまたしかり。なら、私は私の歩みを進むだけだ」


「そうかい?」「そうだよ」


「「ははは」」


 俺達は笑った。


「あ、この勝負は私の勝ちだ」


 分かってるよ、ちきしょう!


 そしてまた碁を打っていると尚香の侍女がやって来た。


「失礼致します。孝徳様。姫様がお会いしたいと?」


 な、何! 尚香が!


 俺は陸遜を見ると彼は目を反らした。


 お、お前。俺を売ったのか?


「い、今は体調が優れない。あ、会えないと言ってくれ」


「え、ですが、もう」


 もう、何だよ!


「こ、孝徳。あの、私」


 侍女の後ろから尚香がおずおずと前に出てきた。


 見れば彼女は顔を赤くして俯いている。


 あ、あれ? これってまさか?


「失礼致します。孝徳様。我が主がお呼びです。至急お越しを」


 ナイスタイミング!


「そ、そう言う訳だから。また後でな。行くぞ伯言!」


「え、おい」「ま、待って」


 俺は尚香を置いて陸遜と共に孫権の下に走って向かった。


「お、早かったな。そんなに息を切らしてやって来るとは思わなかったぞ」


「ぜぇ、ぜぇ。至急と、言っただろう。だから、急いで来たんだ。んぐ。何のようだ?」


「あ、ああ。実は襄陽の周瑜から連絡が有った」


 周瑜から?


「何が有った?」


「曹操が大軍を率いて南下しているそうだ。狙いは襄陽だろうとな? お前を呼んだのは劉備を動かして欲しいからだ。我ら単独では曹操の大軍を防ぐのは難しいからな。頼まれてくれるか?」


 曹操が南下? そんな事、史実にはないぞ?


 いや待て。これはチャンスだ!


 これで大手を振って呉を離れられる!


「もちろんだ!任せてくれ!」


 いやっほー! これで呉とはおさらばだ!


「ああ、それと尚香なんだが」


 うん? 尚香がなんだ?


「お前に付いていくと言っているから、よろしくな」


 な、何ー!?


「何をそんな驚いた顔をしている。嫁が夫に付いていくのは当たり前だろうが。それと陸遜。お前も孝徳に付いて行け。いいな?」


「は、承知しました!」


 お、おお。陸遜も一緒かよ!


「それと英も連れていけ。あれはお前とは離れたくないそうだ」


「よ、宜しいのですか?」


「構わん。連れていけ」


「は、よ、喜んで!」


 良かったな陸遜!


 それにしても尚香も一緒とはな。


 どうなるんだろうか。これから……


お読み頂きありがとうございます


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


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