第五十一話 責任の所在
山越討伐で留守にしていたら、尚香が山越に拐われていた。
何の冗談だと思ったが尚香が山陰に居ないのは事実だった。
それを教えてくれたのが会稽郡太守代行の顧雍だった。
会稽郡太守は孫権が兼任していて実際に会稽郡を纏めていたのがこの顧雍だ。
顧雍は知ってる。
確か陸遜の前に呉の丞相になった人物だ。
それだけしか知らない。
だって俺は蜀ファンだからね。呉の人間に詳しい訳じゃないよ。
顧雍は尚香が狩りに出掛けたまま帰らないと言った。
ちょっと待って。
確か尚香の侍女は尚香が拐われたと言ったが違うの?
「狩りに出たまま帰らないので、山越に拐われたのではと思ったのでしょう」
この侍女は尚香の狩りに帯同せずに残っていた者だ。
尚香が戻らないので気が動転したのだろう。
なんとも人騒がせな。
しかし、尚香が戻って来ないのも事実。
尚香が狩りに出て既に数日が過ぎている。
顧雍がほうぼう手を尽くして探しているが、まだ見つからない。
困っていたところに俺達が戻ってきたと言う訳だ。
「狩り場近くを重点的に探したのですが見つかりません。潘臨の残党も居ますので捜索が難しいのです」
潘臨を捕まえ損ねたのがここで響いたか。
「分かった。俺達が探そう。賀斉殿。協力して貰えないか?」
「もちろんです。全力を尽くしましょう」
ここに賀斉が居てくれてとても助かる。
さて、おてんば娘を探しに行きますか!
俺は陸遜と賀斉を連れて尚香を探しに行った。
「まあ、心配要らないでしょうが……」
ボソッと顧雍が呟いたがそれが俺の耳に届く事はなかった。
さて、この会稽郡は結構広い。
その広い会稽郡で闇雲に人を探すのは大変だ。
ここは知恵者に知恵を出して貰おう。
では陸遜君お願いします。
「従来の狩り場に居ないと言う事は新しい狩り場を見つけてそこに居る可能性が高いですね」
尚香の安全を考慮して狩り場は決まったいた。
しかし尚香の性格から言って決まった狩り場で狩りをするのに飽きた可能性が高いと陸遜は思ったようだ。
「狩りは獣だけでは有りませんからな。もしかしたら……」
おいおい賀斉さんよ。それってまさか?
「山越討伐をしていると?」
「その可能性は否定出来ませんね。潘臨の逃げ込んだ場所に向かったのかも知れません」
それはマズイだろう。
なんで尚香が潘臨達の事を知っているのかと言うと、陸遜が定期的に山陰に報告書を出していたからだ。
尚香は当然それを見ている。
顧雍を半ば脅して見ていたそうだ。
だから、まさか、そんな行動を取っていてもおかしくはないのかも?
「潘臨が逃げた場所はよく分かっていません。賀斉殿は分かりますか?」
「う~ん。部下に探させているが、幾つか目星は有りますな」
「では、それを一つづつ当たって見ましょう。良いかな孝徳?」
「ああ、それで行こう」
しかし、陸遜も賀斉も全然慌てた様子が無いんだな?
まあ、そう言う俺も実は全く心配していない。
あれの事だから本当に山越討伐をしていて、潘臨を捕まえているのかもと思ってしまう。
そしてそれは現実の物になった。
「なあ、伯言」
「なんだい?」
「あれ、そうじゃないのか?」
「ああ、そうみたいだね」
潘臨が逃げ込んだと思われる場所を幾つか巡ったがどれも空振りだった。
そして山陰を出てから数日。
遂に潘臨の逃げ込んだ場所にたどり着いた。
たどり着いたのだが、そこには武装した侍女達に囲まれて潘臨を足蹴にしていた尚香が居た。
「遅かったじゃない。先に捕まえといたわよ」
「この俺が、こんな小娘に」
なんて無様な姿だ潘臨。
あれが山越族数万を率いる人物の姿か?
それに尚香のドヤ顔がうっとおしい。
私を褒めなさいよのオーラを出していてウザイ。
「伯言。潘臨を捕らえたと報告を頼む」
「直ぐに伝えよう」
「賀斉殿。近隣にまだ残党が居るかも知れません。お願いしても?」
「御意。お任せを」
陸遜と賀斉は俺の指示を受けてこの場を後にした。
潘臨は陸遜の兵が連れていった。
残ったのは尚香と俺だけ。
侍女達は俺達を遠巻きに見ている。
「全く大したこと無かったわね。あれで山越の頭領なんて笑わせるわ。ねえ、そう思わない。孝徳?」
何を言ってやがる。
連れて行かれた潘臨を見ればやせ衰えていたじゃないか。まともな状態じゃなかったのは見て直ぐに分かった。
そんな潘臨を大したことない。
馬鹿な事を言うなよ。
「ねえ。聞いてるの?」
それになんでこんな危ない真似をするんだ。
いくら孫権の妹だと言っても危ないと分かっているのなら止めろよ。
ああ、でも俺も偉そうに言えないよな。
俺も尚香を放って置いた一人だしな。
でもな、だからと言ってだ。
これはない。これを許して言い訳がない。
「ちょっと、孝徳。あなた達の不始末を私がしてやったのよ。なんとか言いなさいよ!ねえ!」
パンっ!俺は尚香の顔を叩いた。
尚香は自分が何をされたのか一瞬理解してなかったようだが、頬が痛むのかそこを押さえると自分が叩かれた事実に気付いたようだ。
そして叩いた俺を物凄い形相で睨む。
ああ、美人が怒っても顔は美人のままなんだな。
と俺が思っていると尚香が俺に噛み付いた。
「なんでぶつのよ! 誰にも、父上にも、策兄にもぶたれた事ないのに! なんであんたにぶたれないと行けないのよ!」
パンっ! 俺はもう一度尚香を叩いた。
今度はさっきとは逆を叩いた。
もう一度叩かれた尚香は殺気に満ちた目で俺を見る。
しかし、その殺気に怖じ気づく俺ではない。
そんな殺気、全然怖くないぜ。
「またぶった。あんた只じゃすまないわよ!」
尚香はそう言うと剣を抜いて俺に突き付ける。
「お前が勝手な行動をしたせいで、どれだけの人に迷惑を掛けたのか。自覚は無いのか? それともそれが当たり前だと思っているのか?」
「な、何を言っているの?」
「お前は俺に言ったよな。狩りに行くからと。俺はそれを信じてお前の自主性に任せた。でもお前は周りに何も言わずに狩り場から居なくなった。お前が居なくなって誰かが責任を取らされるとは考えなかったのか?」
責任を取らされるのは多分俺だよ。
「そ、そんなの。私には」
「関係有るんだよ! 姫様だからと皆がお前に遠慮して何も言わなかっただけだ! 侍女達の顔を見てみろ。何かを言いたいけど、何も言えないって顔をしているだろ。それぐらいお前も分かるだろう? 分からないのか?」
「わ、私は。孝徳がだらしないから。だから」
「俺を理由にするな!」
俺の大きな声にビクッとする尚香。
叱られた事が無いんだろうな。
「良かったな。お前の勝手な行動で誰かが責任を取らされるんだ。それに侍女達も責任を問われるかもな。これで満足か?」
「なっ、私は、そんな、つもり」
ああ、もう、駄目だな。これでおしまいだな。
短い結婚生活だったな。
「はぁ。山越討伐は終わりだ。俺は柴桑に戻る。じゃあな」
「ちょっ、ちょっと」
俺は振り向く事なくこの場を去った。
「待ちなさいよー!」
山越討伐の後始末を顧雍と賀斉に押し付けて、俺は陸遜を連れて柴桑に戻った。
尚香が勝手をした責任を俺と陸遜は取らないと行けないのだ。
顧雍は呉郡の名家の出で二番目に丞相になった人物です。
的確な助言で孫権を助けました。
晩年は不遇で子が若死にし、孫が二ノ宮の変で亡くなっています。
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