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第五十話 山越討伐

「えー! 何よそれー!」


 官舎に着いてから陸遜から山越討伐の内容を知った尚香は、ふて腐れて俺を睨んでいる。

 ちょっと怖い。

「はぁ、もう良いわよ。私は狩りに行くから後は勝手にやってよね。孝徳」


 そう言って武装した侍女達と共に出ていった。

 こっちが止める暇も無かった。


「あのままで良いのかい孝徳。追いかけた方がよくはないかい?」


「勝手にしろと言われたから別に良いだろう。俺はあれのお守りをする気はないよ」


「この辺は狂暴な獣が出る。万が一があると君も私も困る事になるぞ?」


「あの侍女達が付いていて、腕に自信が有るんだから問題ないだろう。歩隲からは何度かここに来てると聞いてるから大丈夫だろ?」


「そうかなあ~」


 俺が知るかよ。

 夫を置いて遊び呆ける妻の事なんて心配してどうする。

 まあ、ちょっとは気になるけどな?


「そこまで言うなら郡太守に言付けしよう。狩りは近隣に限定して郡太守の許可を必ず貰う事。これでどうだ?」


「まあ、それなら」


「それで話を戻すが潘臨だったか? 降伏を申し込んで来たの」


「ああ、万を越す山越の頭だ。既に話は付いているからこれから向かおう」


「分かった」


 陸遜の案内で俺は潘臨に会うことにした。

 さっさと面倒事を片付けて、尚香の機嫌を取らないとな。

 狩りで鬱憤を晴らして貰ってる間に任務優先だ。


 陸遜は郷里の呉郡で集めた私兵を連れてきていた。その数五百。

 そして俺は陸遜とその五百の兵を引き連れて潘臨の待つ場所に向かった。

 潘臨の待つ集落までは五日ほど掛かったが、思ったよりも道が確りしていて驚いた。

 交州のあの酷い道のりを想像していただけに、拍子抜けしてしまった。

 俺達が潘臨の場所に向かっている間、尚香は会稽に残る事になる。

 最後に見た彼女はすこぶる機嫌が悪かった。


 はぁ、これは帰ってからが大変だな。


 尚香との再会に気を重くしながら歩を進め、ようやく潘臨の待つ集落の手前までやって来た。



 しかし、潘臨は降伏する気も恭順する気も端からなかった。


 潘臨は数千もの兵を連れて俺達を待ち構えていたのだ。


「伯言。話違わない?」


「いや、こんな筈は?」


 この状況に俺は顔をひきつらせていたが、陸遜も同様のようだ。


 潘臨らしき人物が一騎で俺達の下にやって来る。

 潘臨の後ろに居る兵達は今か今かと待っているのが、遠目でもよく分かる。

 だって旗がゆらゆらとこちら側に揺れているからだ。


「陸遜! よく来たな」


 潘臨の大きな声がこの場に木霊する。

 陸遜は馬に乗って潘臨に近づく。


 舌戦ってやつだな。


「潘臨。これは何のつもりだ。我ら孫呉は君達の投降を受け入れると言った筈だ。それが何故このように兵を我らに向ける。何か誤解が有るのではないか? 何が有ったのか教えて貰いたい!」


 陸遜の声はよく通る声だった。


「何が有ったかだと? それはな。お前が俺らに騙されたと言う事だ!」


「潘臨何を言っている。私を騙した?始めから投降する気はなかったのか!」


 ちなみに陸遜や潘臨が何を言っているのか俺には分からない。

 山越族の言葉かな?

 陸遜と潘臨の言葉は陸遜の兵が通訳してくれた。


「俺らが何でお前らに投降する。お前らは俺達の土地に勝手に入ってきて俺らを追い出しやがった。そんなお前らをなぜ信用出来る。だから俺はお前らに復讐する。俺らがお前らに追い出されたように俺もお前らを追い出すのさ。後は貴様を殺して我らの武威を見せるのみだ!」


「ま、待て潘臨。落ち着いてくれ。まだ話を」


「うるせい! 行くぞ野郎どもー!!」


「「「おおうー」」」


 あ、決裂した。これは分かったわ。


 潘臨が手に持った斧を高々と掲げると、潘臨の後ろに居た兵達が雄叫びを上げてこちらに向かってきた。


「く、後退。後退だ!」


 陸遜がこちらに向かって叫んだ。


 しょうがないな。これは。


 俺は槍を持って前に出る。


「おい。俺の言葉を相手に伝えろ。良いな!」


「は、はい」


「山越の頭領潘臨に告げる。我が名は劉封。少数を大軍で襲うのが山越の流儀か? そうでないなら俺と一騎討ちをしろ。それとも大軍でないと俺達に勝てないか? どうだ潘臨!」


「こ、孝徳!?」


 陸遜が驚いた顔をしている。

 まあ、そうだろうな。

 俺だって逃げ出したいけどそうも行かない。


 本来なら真っ先に逃げ出さないと行けないが、あの大軍では追い付かれると全滅の可能性がある。

 まあ、馬に乗っている奴らは逃げられるとは思うけど、でもそれだと軍隊として機能しない数になってしまうだろう。

 それなら少しでも時間を稼いで逃げられるようにしないと行けない。


 それとどうみても敵将潘臨はそんなに強そうには見えないんだ。

 これまで化け物連中(関羽、張飛達)を見て来た俺からすれば、奴は恐れるほどの人物じゃない。

 比べる連中が凄すぎるとは思うけどね。


 それに潘臨の兵をよく見ればボロボロの衣服に手に持っているのは棒切れだ。

 それにヒョロヒョロとしていてお世辞にも兵とは言えない。

 あれは難民や流民の類いだ。

 数の暴力で来られると殺られる可能性が高いが、ちゃんと対処すれば何とかなる。

 潘臨を挑発して注意を俺の方に向けて、陸遜には兵の指揮をしてもらう。

 もし潘臨がこの挑発を受けないならしょうがない。

 後ろに向かって真っ直ぐ走るだけだ。


 これがベストだ。


「誰だ。貴様はー! 生意気な野郎だ。あいつから殺れいー!」


 あっ、これも分かった。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。これは真っ直ぐ後ろに前進だー!


「孝徳~」


「すまん。失敗した。と言うよりお前も駄目だったろうが!」


 俺と陸遜は仲良く逃げ出した。

 しかし、逃げ出したが相手が追ってこない。

 今俺達を襲えば必ず勝てるのになぜ追ってこない?


 その疑問は直ぐに解決した。


 大きな銅鑼の音と法螺貝に似た音が聞こえてきた。

 そしてその音が聞こえて来た方向を見て見れば、そこには孫の旗と賀と書かれた旗を掲げる兵達の姿が見えた。


「孫は分かるが、賀ってなんだ?」


「賀の旗。新都郡太守賀斉(がせい)殿です」


「賀斉?」


 賀斉って誰だ?

 孫呉の人物はそんなに覚えてないんだよな。

 それに新都郡って何処だよ?

 この辺の地理もよく分からないんだよ。


 俺と陸遜が賀斉の軍に気付いたように、潘臨も賀斉の軍に気付いてそれに襲い掛かっていた。


 しかし、賀斉軍は潘臨の軍よりも数が多く、また武装が整っていた。

 賀斉軍は潘臨達とぶつかるとそれを難なく粉砕した。

 戦いらしい戦いにならなかったのだ。


 あまりの急展開に頭が追い付かない。


 しばらくすると潘臨達山越族を追い払った賀斉が俺達の前に現れた。


 は、派手! 何あの格好!?


 賀斉の兜には雉の羽飾りが幾つも飾られ、鎧には虎の頭と皮を被せてあった。

 それに賀斉の兵達も兜には羽飾りをして武器や鎧も賀斉と同じ色に染められて統一されている。

 色付きと言えば曹軍を思い出すが、賀斉のそれはそんな感じはしなかった。

 賀斉の自己主張の激しさを感じる物だ。


「どうやら無事だったようだな。陸遜。危ないところであったな。ところで隣の御仁は誰だ。私に紹介して貰えないか?」


 賀斉は満面の笑みを見せて俺を見ている。


「彼は……」


 陸遜が俺に代わって賀斉に事情を説明してくれた。


「おお、貴方が劉封殿か。お噂は聞いております。そうですか。今回は災難でしたな。ははは」


 派手な格好に声がバカでかい。なんだこの人?


「賀斉将軍。なぜ貴方がここに居るのです。新都郡に居る筈の貴方が軍を率いてここまでやって来るとは?」


 新都郡は会稽郡の左隣に有る郡だ。

 そう教えてくれたのはさっき通訳してくれた兵だ。

 隣の郡太守がここに兵を率いてくるのは確かにおかしいな。


「おお、それよ。最近うちの領地の山越が多数移動していると報告が有ってな。また反乱でも起こすのかと思って兵を集めておったら、会稽郡に移動しておるのが分かってな。これはマズイと兵達と共に山越を追って来たのだ。そうして追い付けばここに来たと言う事よ。ははは」


 それが本当なら俺達は賀斉の機転に助けられた事になる。

 この見た目派手な格好のおじさんは有能な人物なんだな。


「その程度の兵ではここらの山越賊に襲われれば危ないでしょう。ここは我らと共に討伐に当たっては如何か?」


「我らとしては嬉しい申し出ですがよろしいのですか?」


 正直このままだと会稽郡の郡都である山陰に戻れるかどうかも不安だ。

 賀斉の率いる軍は一万を越えているので彼と一緒に居れば安全なのは間違いない。


「なに、山越討伐には慣れておりますゆえ。お任せを」


 こうして俺達は賀斉と一緒に山越討伐を行う事になった。


 賀斉が言っていたように、彼は山越との戦いに慣れていたようでそれほど苦戦する事もなく討伐は簡単に終わった。

 残念なのは首謀者の潘臨を捕らえる事が出来なかった事だ。

 しかし率いる者達が居なければそんなに脅威にはならないだろう。


 山越族の多くは捕らえて強制移住させて、屈強な者達は軍に入れられた。


 この間陸遜は失敗を取り返そうと頑張った。

 騙されたのはしょうがない。

 後はどう取り返すかだけだ。


 幸い山越討伐の目的はほぼ達成されたので任務事態は成功と言って良いだろう。

 当初の思惑とは違ったが山越族の多くを捕らえる事が出来たのだから、それで良しとしよう。


 そして大まかな戦後処理を終えた俺達は山陰に戻ってきた。

 するとそこである問題が発生していた。


「た、大変です。姫様が、姫様が」


 侍女の一人が俺達を見つけると慌ててやって来て話した。


「何が有ったんだ。まさか先に帰ったなんて言わないよな?」


 自分で言ってなんだけどありそうで怖いわ。


「姫様が、姫様が、拐われたのです!」


 ふーん、そう。拐われたの。そっか。


 なに! 拐われた!?


 俺達が不在の間に孫尚香が山越族に拐われたそうだ。


 何をやってるんだよ。全くよう!

賀斉は山越討伐のスペシャリスト。

彼の功績のほとんどが山越討伐です。

最終的には候の位を送られ後将軍にまでなってます。

ですが表舞台には出てきてないので演義にも出てこない不遇キャラ。

この人結構濃いキャラしてるのに勿体ないですね。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


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