表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/112

第四十九話 陸遜の理由

 ああ、陸遜だ。あの陸伯言が目の前に居る!


 赤壁で俺と孔明の護衛をした後に地方に飛ばされたのは知っていた。


 あの後俺と陸遜は何度か文のやり取りをしていて、自分達の近況を教え合っていたのだ。

 しかし中身は他愛のない物だ。

 俺は『部下の何々が何をして困っている』だとか『ここの土地ではこんなのが取れる』とかの内容で、軍事的な物や政治的な内容は書かなかった。

 陸遜も同じような内容で愚痴めいた事を書いて寄越してくれた。

 陸遜ほどの人物でも愚痴を溢すのかと思うと、それを俺に書いて寄越してくれる彼がとても身近に思えた。


 そう、俺と陸遜はマブダチなのだ。


 別れる前に言った通り、遠く離れていても俺と陸遜は友なのだ。

 孫呉に向かう時に陸遜と会えるかも知れないと思っていたが、まさかここ会稽で会えるとは思ってなかった。

 なんせ彼は郷里の呉郡に戻ってそこで屯田都尉(とんでんとい)(県知事、市長のような職)の職に就いていたので、ここに来ているとは思わなかったのだ。


「我が主の命にて劉封殿の補佐をせよとの事です。若輩の身に務まるかどうか分かりませんが宜しくお願い致しまする」


 陸遜は供手して頭を下げた。


「何を他人行儀な。君と俺の仲ではないか。以前のような付き合いで頼む」


 俺がそう言うと陸遜は口元に笑みを浮かべた。


「そう言って貰えるとは思ったが。先ほどは思わず字で呼んでしまって、ちょっと軽率だったと思ったよ。しかし君は変わらないな。あれほどの大功を立てて我が主の妹君と婚姻を交わしたのに、まだ私を友だと言ってくれるのだから」


「何を言うのかと思ったらそんな事。俺がそう簡単に変わる訳がないだろう。それに前にも言ったじゃないか。俺と君は友だと、遠く離れてもそれは変わらないと。それとも伯言は変わってしまったのか?」


「ふふ、いいや変わらない。私と君は友だよ」


 そして俺は陸遜と抱き合った。


 俺に友と呼べる人は少ない。

 関平と魏延、そしてこの陸遜が俺の友と呼べる人だろう。


「ちょっと、再会の挨拶はそれくらいにしてくれないと、先に行くわよ」


「あ、ごめん」「これはすみません。姫様。私は」


 俺と陸遜は離れると陸遜は尚香に挨拶をしようとするが、彼女がそれを止める。


「ああ、挨拶はいいわ。知ってるから。それより先に官舎に向かいましょう。時間が惜しいわ」


 このせっかちめ!


 別に戦いに行く訳じゃないんだから、そんなに急かすなよ!


 俺達は尚香の勢いに押されて官舎に向かった。

 俺と陸遜が騎馬なのは分かるが、尚香も騎馬だった。

 それに彼女の騎乗姿は様に成っている。

 凛々しい彼女の姿を見て頬が緩む。


「仲が良いようで安心したよ。あの姫様相手に頑張ったんだね」


 何を頑張ったと?


「何もしてないよ」


「何も! えっ!? そうなのか?」


 俺は無言で頷いた。そして陸遜は俺を可哀想な目で見る。

 くそ、友達にそんな目で見られるなんて!


「そっちはどうよ。浮いた話くらい有るんだろう?」


 陸遜は俺と違ってイケメンだからな。

 縁談の一つや二つ、有っても不思議じゃない。

 まあ、俺は陸遜が誰と一緒になるかは知ってるけど、本当は誰か好い人が居るんじゃないのかと思って質問してみた。


「う、ううん。どうもね。上手く行かなくてね。もう少し先になりそうなんだ」


「え!? 居るの?」


 うそ、本当に居やがった!


「今は、その。釣り合いが取れなくてね。私の出世待ちといったところかな?」


 うん? 出世待ち?


「それってあれよね。英の事よね?」


「うお!? いきなり話に入ってくるなよ」


「良いじゃない。私も気になってたし。そうなんでしょ。伯言?」


 まったく。気軽に話に入ってくるなよな。

 びっくりしたじゃないか。


「は、はい」


 陸遜は俯いて顔を赤くしている。

 おお、あの陸遜が恥ずかしがっている!

 それにしても英って誰だよ?


「なあ? 英って誰だよ?」


「はぁ、あんたね。英は策兄の娘よ!知らないの!」


「そ、そんなに怒るなよ」


「まったく。なんでこれが私の夫なのよ」


 くそ、そんなに責めなくても良いじゃないかよ!


 でもそうか。陸遜の嫁はもう決まっていたのか。しかも史実通りで孫策の娘。なるほどね。


 陸遜の嫁は史実では孫策の娘だ。


 孫権は陸遜が山越討伐で功績を上げた事で、孫策の娘を彼に嫁がせている。

 残念ながら彼女の名前は分からないが、沢山の子供を残している事から夫婦仲は良かったようだ。


 しかし分からないもんだ。


 孫策は陸家直系の陸康(りくこう)を殺している。

 当時の陸遜はその陸康に仕えていた。

 つまり陸遜にとって孫策は仇に等しい。

 とかく孝とか仁とかにうるさい時代なのに、仇の娘を嫁にするのは陸遜にとって苦痛ではなかったのだろうか?


 それにしても孫権も酷な事をするよな。


 いくら呉郡で有名な陸家の人間と繋がりを作る為とは言え、よりにもよって仇の娘を嫁に出す事はないだろうに?


 まあ、でもあれだよな。夫婦仲が良かった事は救いだよな。


 それに陸遜も孫呉の為に尽くしたしな。

 その過程で関羽と俺は死ぬし、間接的に張飛も死んで、最後は劉備に止め刺したけどさ。

 この結果だけ見るとやっぱり陸遜は蜀に取って疫病神だな。


 ああ、もうそれはいいか。



 そして官舎に着くまで陸遜は俺と尚香に弄られた。


 悪いね陸遜。やっぱり気になるじゃないのよ。人の恋路はさ。


 そして陸遜の話でなんで彼が孫策の娘と結婚するのか分かった。


 陸遜は孫策が生きている間は孫家に仕えなかったが、孫策が亡くなるとしぶしぶ孫家に仕えたそうだ。

 そして陸遜はその時、孫家に仕える条件を出したそうだ。

 陸家は呉で有名な名家だ。そんな名家の人間が孫家という成り上がりに仕えるのに条件を出しても不思議じゃない。

 だって陸遜は孫家に仕えなくも普通に暮らせるからだ。それに仇の家だしね。

 そしてその条件だが、陸遜か、陸績(りくせき)のどちらかに孫家の娘を嫁がせるという条件だった。

 この時、陸績は既に孫家に仕えていたがその待遇は決して良くはなかった。

 だから陸遜は陸家の待遇を上げる為にそんな無理難題を吹っ掛けたのだ。

 陸遜はこんな条件を孫権が飲む筈がないと思っていたが、孫権はそれを快諾。

 そして孫権は陸績と陸遜がそれなりの功績を上げたならその望みを叶えると約束したのだ。


 それに慌てたのは陸遜だ。


 陸遜は孫家に仕えるつもりなんてまるで無かった。

 だから無理難題を言ったのに孫権がそれを受けてしまったので、後に退けなくなったのだ。


 そして、孫権が陸遜に引き合わせた相手が孫策の娘『孫英(そんえい)』だ。


 陸遜が孫英と出会ったのは今から七年前。

 陸遜が孫家に仕えた時に引き合わされている。

 その場には尚香も居たそうだ。

 陸遜はその後何度か孫英と合って親睦を深めたそうだ。

 最初は結婚する気も無かった陸遜だが、孫英と会う度に彼女が気に入り意識するようになったそうだ。

 そしてそんな孫英ももうすぐ十六で結婚適齢期を控えている。


 だから陸遜は焦った。


 陸遜は真面目に職務に励んでいたが、その働きを孫権からは認められなかった。

 焦った陸遜は赤壁で大功を立てようと無理を言って俺達の護衛を買って出たのだ。

 しかし結果は失敗し、さらには左遷させられた。


 失意に落ちた陸遜だが機会はやって来た。


 会稽郡で山越が現れた時、彼はこれを調略して味方に引き入れようと考えた。

 陸遜はこの山越討伐で功績を立てて中央に戻り、孫英と結婚するつもりなのだ。


 そして陸遜は山越調略の許可を中央に求めると、中央は俺達を派遣したという訳である。


 これって下手をすると俺と尚香の手柄になるんじゃないのか?


 これは俺達が手を出さないようして陸遜が功績を立てるように持っていこう。

 友達の幸福の為だしな。


「伯言。私達に任せなさい。絶対に山越を討伐して見せるから。そして英と結婚よ!」


「は、はい!」


 いやいや向こうは戦う気はないんだよ。

 俺達は黙って見てようよ。


 俺はこの山越討伐に一抹の不安を感じるのだった。


孫策の娘孫英の名前はオリジナルです。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


応援よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ