第五話 初めての軍議
曹操軍二万がここにやって来る。
孔明の報告を受けてすぐさま軍議が開かれた。
テレビで見た事の有るような広い広間に臣下一同が集まる。
中央の玉座に劉備が座り、臣下は左右に別れて立っている。
劉備から見て右が文官、左に武官と立っている。
俺の席は武官だ。
武官筆頭は当然関羽。その次に張飛、趙雲と続いている。
俺は数えて六番目に居る。
劉封ってこの時点で武官の中でも上位に位置していたようだ。
前もって劉備や張飛から気になる事はどんどん言って良いと言われている。
俺の発言力はかなり強いと見て良いのかもしれない。
そして俺の隣に関平が居る。
慣れないこの場の雰囲気に彼が隣に居てくれるのは心強い。
緊張している俺に関平が手を握る。
関平の手は震えていた。彼も緊張しているのだ。
そう思うと肩の力が少し抜けた。
そして劉備の右隣に居る孔明から現状の説明がされる。
司会進行の役目は孔明のようだ。
……孔明。
俺は彼の姿を見ていると何故か心に泡立つ物がある。
もやもやとした気持ちが浮き上がってくる。
なぜなのだろう。
俺は孔明に憎悪感を抱いているのだ。
この世界に来てまだ半信半疑なのだが、劉備達と出逢って嬉しいと思ったり感激したりする感情が有る。
だが孔明だけは違う。
何故孔明だけは違うのだろう?
「この新野に曹操の手勢が迫っています。その数およそ二万。おそらくこれは先鋒と見るべきです。この軍勢の後ろに更に本隊が有ると思われます」
孔明の説明を聞いて皆がざわつく。
「曹操の野郎が直接ここに来るってか?」
皆を代表して疑問に思っている事を張飛が発言する。
さすが張飛だ。空気を読まない。
「そう思って貰って構いません」
そして孔明は断言した。
その言葉を受けて文官、武官と別れていた者達がそれぞれ発言し始める。
「断固戦うべし!」
「いや、ここは劉表殿を頼るべきだ!」
「この城は小さすぎる。二万の兵を迎え撃つ事など出来ん」
「ここは打って出るべきだ!」
場は紛糾している。
そして俺はこの後どうなるか知っている。
かの有名な『長坂の戦い』がこれから始まるのだと。
この戦いは戦いと呼べる物ではない。
多くの民を巻き込んだ曹操軍による蹂躙戦だ。
ちょっとした選択を間違うと確実な死が待っている。
なるべくならこの戦い自体を回避すべきだが、今の俺に何が出来るだろうか?
生き残る事を考えるなら降伏する事が一番だ。
しかしこの場で俺が降伏を口にしたらどうなるだろうか?
今の場の雰囲気は戦う事が前提に話が進んでいる。
そんな雰囲気で劉備の養子に成っている俺が降伏を進めたら…… 関羽に斬り殺されるかもしれない。
今も関羽は興奮しているのか赤い顔を、更に真っ赤にして話をしている。
関羽と張飛は当然交戦派だ。
武官の多くは交戦を主張している。
趙雲も勿論交戦を支持している。
しかし俺の隣、上から五番目の人はそうではないようだ。
しきりに逃げるべきだと主張している。
この人誰だ?
「糜芳貴様そんな弱気でどうする?臆病風に吹かれたか!」
関羽の叱責が飛ぶ。そして糜芳はそれを受けて萎縮している。
糜芳? ああ思い出した!
関羽を怖がって呉に寝返った人だ。
この時から既に仲が悪かったのか?
いや違うな。関羽は単に弱気な発言が嫌いなだけだな。
撤退派はこの糜芳だけではない。
文官達もそれを主張している。
多くは一旦退いて荊州を治める劉表に助けを請うべきだと主張している。
劉表か。
彼は多分この時点で既に亡くなっていると思う。
正史ではそう記述されていた。
それに逃げても劉表の後を継いだ劉琮は曹操に降伏する。
本人は徹底抗戦を主張したが臣下がそれを諌めて降伏する事になったと書いてあった。
俺はそれを見て歴史好きな連中と話をしたが、それは多分嘘だと皆で結論付けた。
劉琮は本当は降伏する事を決めていた。
しかし最初から降伏するとなったらどうなるか?
自分から降伏すると言わず、臣下から言わせたほうが良いと判断したかもしれない。
それか最初から降伏は決まっていて茶番劇を演じて見せたのかもしれない。
自分は戦いたいが臣下の言を聞きいれ、かつ荊州の民を思って降伏を受け入れる。
荊州の民にそう言う風に見せて自分の株を上げさせたかもと考えるとしっくりくる。
荊州の主劉琮は降伏する。逃げても頼る事は出来ない。
ここは正史の流れに乗っかるべきか?
でも綱渡りなんだよな~。
正史では劉封がどうやって生き延びたのか書かれていない。
演義では孔明に従って関羽の後を追って戦場を離脱している。
でも正史では孔明は劉備と一緒に逃げていると書かれている。
劉備と一緒なら生き残れる。
でもはぐれたらどうなる?
正史での劉備は嫁や子供を置いて逃げ出している。
当然臣下達も置いて逃げている。
劉封も置いて行かれたのだろう。
その後どうやって生き延びて劉備と合流したのか分からない。
駄目だ。生き残れる気がしない!
俺があれこれと考えている間に議論は終わりを迎えようとしていた。
「では、一旦樊城に退き。ここ新野は放棄するという事でよろしいですな」
「うむ、孔明の言に従うとしよう。皆そのように動いてくれ」
孔明の発言を受けて劉備が決定した。
このまま歴史通りに事は進みそうだ。
しかしこの戦いで俺は生き残れるのか?
全く自信がない。
「お待ちください。どうせこの城を放棄するなら罠を仕掛けて、曹操軍に僅かながらでも手傷を負わすべきです。そうすれば罠を恐れて敵の追撃が鈍る事でしょう」
文官の席上の三番目に居た人がそう発言した。
誰だろうこの人?
糜竺か孫乾かな?
「元直君の言は正しい。劉備様。元直の策を私は支持します」
孔明が元直という人を支持した。
元直? う~ん。あっ!
徐庶だ! 徐庶 元直だよ!
はぁ~まだこの時は劉備の下に居たのか。
「分かった。では元直よ。ここに残り兵の指揮を頼む」
「は、お任せあれ」
「うむ。しかし元直だけに任せる訳には行かないな。誰かに手伝わせよう。誰がいい?」
「は、では益徳殿に子龍殿、それに関平殿。他に……」
「他に?」
「他に劉封殿に手伝って貰いましょうか?」
えっ、俺!?
「ふふん、関兄。兄貴を頼むぜ」
「ふん、子龍よ。益徳のお守りが大変だろうが頼むぞ。関平もな」
「は、お任せあれ」「承知しています父上」
え、ちょっと待って。俺も残るの?
「劉封。俺が居れば何の心配もないからな。この益徳様が全部片付けてやるぜ!」
えー!
「大丈夫だよ劉封。僕も居る。二人で手柄を上げようじゃないか」
「か、関平」
関平が俺の肩に手を回して抱き寄せる。
そして張飛が俺の背中をバンバンと叩く。
「決まりだな。元直、益徳、子龍、関平。そして劉封。そなたらに頼む。樊城で待っているぞ!」
「「「はは」」」
嘘だろう。こんな展開は正史には書いてなかったぞ。
うう、生き残れる気がしない。
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