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第四十六話 結婚初夜

 うう、腰が痛い。


 朝起きたら凄く腰が痛かった。


 起き上がって床を見ればすやすやと眠る尚香が居た。

 その無邪気な寝顔を見ながら昨夜の事を思い出す。



「私に手を出したら殺す」


「き、綺麗だ」


 喉元に短剣を当てられながら俺は思った事を口に出していた。


 部屋の薄暗い明かりでもはっきりと分かる赤く長い髪に大きな緑色の眼には俺が写っていた。

 よくよく彼女の顔を見れば、顔は小顔で眉毛は薄めで長く、まつ毛が長い。

 瞳はエメラルドグリーンでキラキラしていた。

 唇は小さめでうっすらと赤く、きゅっと閉じている。


 び、美人さんですよ!バリバリストライクですよ!


 しかも、魯粛の話では尚香は歳は十八。

 日本なら高三か大学一年。

 全然オッケーじゃないですか!


 と俺が思っていたら彼女の顔が見る見る赤くなっていく。

 そして喉元に当てた短剣に力が入ったのか少し痛かった。


「な、何を! き、綺麗とか。ば、ば、馬鹿じゃないの!」


 ふ、ツンデレさんですね。

 オッケー、ツンデレでも全然構いませんよ。


「綺麗だから」「動かないで!」


 と、この状況を何とかしないとまともに話も出来ないな。


「よっと」「えっ? きゃっ」


 俺は左手で彼女の右手を捕まえて短剣を喉元から離し、右手で彼女の左肩を押して上体を起こして彼女に覆い被さった。


 ふふん。さっきとは逆の立場になったな。


 俺は護身術を嗜んでいる。

 主に剣道と合気道とかだけど他にも色々とかじっている。

 中国に留学する前にトラブルに合った時に独力で回避出来るようにと、剣道の先生に相談して知り合いの合気道の先生を紹介してもらって、真面目に練習したのだ。

 先生からは筋が良いと誉められて、段は取らなかったが先生からは初段の腕前は越えていると言われた。

 だから無手でも俺は慌てたりしない。


 それに喉元に短剣を当てられても全然怖くなかった。


 俺は今まで戦場に出て沢山の人達を殺しているし、殺されそうになった。

 だから殺気には敏感だ。

 侍女達が武器を持って並んでいても本当は全然怖くなかったのだ。

 だって殺気が無かったからな。

 ただ殺気が無くても刺してくるやつは居るから警戒はしていたが、殺されるとは微塵も思ってなかった。


 そして彼女、尚香も殺気は無かった。


 お花畑日本人だった俺がこうも図太くなったのは、戦場に出て沢山の生き死にを経験したからだ。

 これがここに来た当初の俺だったら慌てふためいただろう。

 人間、環境によって変われば変わるもんだ。

 俺はもう以前のお花畑日本人じゃない。

 戦乱に生きる一人の人間なのだ。


 まあ、ちょっと危機意識に欠けるところが有るのは認めるけどね。


「は、離して」


「大人しくして話を聞いてくれたら離すよ」


 今の俺は尚香に覆い被さり彼女の両手を拘束している状態。

 人に見られたら俺が彼女を無理やり押し倒した感じだろうか。

 さっきは逆だったのになんか俺が犯罪を犯しているように思えるのは何でだ?


「わ、分かったわ」


「じゃ、離すよ」「ふん!」


「があっ、うぅ~」


 俺が手を離して離れようとした瞬間、彼女の足が俺の『なに』を直撃した。

 俺は言葉にならない激痛を受けて床から転げ落ちて床下で悶える。


「ゆ、油断したわね。いい様だわ!」


 見れば彼女は勝ち誇った顔をして俺を見ている。


 こ、この~。ゆ、油断した。


「な、なんで?」


 何とか声を絞り出して質問した。


「さっきも言ったわ。私に手を出したら殺すって。だから、これは警告よ!」


 警告はさっきの短剣じゃないのかよ?


「それに私はこの婚儀を認めた訳じゃないわ。あの兄が勝手に決めた事にどうして私が従わなくっちゃ行けないのよ!」


 な、なんだと!


「だからあなたはそこで寝てなさい。床に入って来たらそれだけじゃすまないわよ!」


「こ、こんな事、をして。うぅ」


「文句が有るなら私じゃなくて、あの兄に言いなさいよ! じゃあ、お休みなさい」


「えっ? ぐはっ」


 踞っていた俺の首辺りに何かが当たった感触が有ったが、俺の意識はそこで途絶えた。


 そして起きてみたら床下で寝ていたという訳だ。


 そのままでは可哀想だと思われたのか、羽織物を上に掛けられていた。

 春だとはいえまだ寒いからな。

 そこに少しだけ優しさを感じたが、やはりこの理不尽な扱いには怒りを覚える。


 しかし、彼女の寝顔を見たことでその怒りも消えていく。


 我ながら単純なもんだ。


 そして昨日侍女が俺に言った言葉を思い出した。


『お気を付けを』と。


 気を付けろと言われてこの様だ。

 情けないがまあ、良いかとも思う。


 尚香が婚姻に反対していてもそれは彼女だけの事かも知れない。

 彼女の他に彼女に味方する人が居なければ、何ら問題はないだろう。

 時間をかけてゆっくりと仲良くなって行けば良いさ。


 そうだよ! 恋愛期間を与えられたと思えば良いじゃないか!


 恋愛をすっ飛ばして即結婚はやっぱり抵抗が有った。

 現代日本人としては恋愛期間は必要だよ!

 やはり結婚は好き合った者同士でやるもんだよな。

 うん、うん。そうだ、そうだ。


 いや、決して逃げている訳じゃない。


 お、臆病になった訳じゃないからな!


 そ、そういう事をするには、だ、段階を、踏むべきだと思うんだ!


「う、う~ん。策兄さま」


 ち、俺が居ながら他の男の名前かよ。

 しかも孫策の名前か。

 もしかして彼女、ブラコンなのか?


 孫策が亡くなってから兄妹仲が悪くなったって言ってたよな。

 それに呉夫人が亡くなってさらに悪くなったとも言っていた。

 孫兄妹の業は深そうだな。


 にしても可愛いよな。


 いつまでも見ていたい気分だ。

 殺伐としたこの戦乱の世でこんなに心穏やかに成れるとは!

 劉華や劉春と一緒に居る時以来だな。

 他は暑苦しい野郎ばっかりだしな。赤髭とか、虎髭とか、し、師匠とか?


 俺はおもむろに彼女の赤くて長い髪に触れてみた。

 サラサラとした髪触りにちょっと驚く。

 香油でも使っているのか良い匂いもしている。


 やはり姫様だな。身嗜みもしっかりしている。


 と髪の毛に気を取られていたら、彼女が俺を見ているのに気づいた。


「な、な、何を」「おはよう」


「きゃー!」「ぐはっ」


 おはようの挨拶をしたら殴られた。

 孫呉ではグーで殴るのがおはようの挨拶らしい。

 呉の習慣を一つ学んだ。


 そんな挨拶はないよな。うん、分かってる。



「ふん。なんであんたと食事を一緒にしないと行けないのよ。全く、不愉快だわ」


 ぶつぶつと文句を良いながらお粥を食べている尚香。

 俺は彼女の対面に座り一緒に朝食を摂っていた。


 尚香は右手でレンゲを持ち左手で邪魔な髪の毛を分けている。

 その仕草がまた良い!

 朝から良いものを見ながら食事を出来る喜び。

 これに勝る物はない!


「何見てるのよ?」「いえ、別に」


 会話は刺々しいがそれはしょうがない。

 昨日と今朝とで彼女の機嫌は斜めだ。

 少しずつ、少しずつ仲良くなって行けばいいのだ。

 慌てる必要はない。


 俺と彼女は夫婦なのだから。


 ふふ、なんか恥ずかしいな。


「何を笑ってるの。気色悪い」


 う、気色悪いって言われた。


「こんな冴えない醜男が私の夫なんて、策兄が生きてたらあなた絶対に殺されるわね。ふふん」


 醜男ですか。

 まあ、俺は関平や孔明、周瑜に比べたら全然格好良くはないな。

 比べる相手のレベルが高すぎるとは思うけど。


「策兄とは孫策殿の事ですか?」


「殿?」


 尚香の目付きが鋭くなった。

 や、ヤバい。地雷を踏んだかも知れない。


「ごほん、孫策様の事でしょうか?」


「ふふん、そうよ。策兄はとても強くて逞しくて凛々しくて、本当に凄い人だったんだから!」


「そ、そうですか」


 尚香は目をキラキラさせていた。

 ま、間違いない。

 この子ブラコンだ。しかも重度のブラコンだよ。

 それから一時間ほど彼女による孫策の自慢話を聞かされた。


 内容は孫策が如何に偉大な人物かという事に注がれていた。

 そして時折、父孫堅と孫権の話も出て来た。

 父孫堅は尚香が幼かったのであまり覚えてないようだが、威厳の有る父親だったと語ってくれた。

 一方、孫権に関しては孫策と比べて如何に駄目な人かと強調していた。


 酷い言われようだな孫権。ちょっと同情してしまう。


「分かってると思うけど。私はあなたを認めないわよ。あの兄の言いなりなんて御免よ!」



 はぁ、こうもプライドが高くて重度のブラコンでツンデレな女の子とはね。


 無茶苦茶ハードル高くないですか?


 孫権が俺を脅すように頼むと言った意味が分かったような気がする。

 これは生半可な覚悟では彼女と夫婦生活なんて出来ないな。


 先が思いやられるよ、とほほ。


まだ男には成れなかったよ


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


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