第四十一話 交州問題
劉巴を配下に加えてからの三日間。
俺は徐庶、潘濬、劉巴の三人と孫呉の使者との会談を相談していた。
そして三人の共通の意見が孫呉の意見を無視すると言う事だった。
それはまあ、当たり前と言えば当たり前の事だ。
孫呉がいくら交州の領有権を主張しても、それは通らない。
そもそも交州刺史を任命したのは故劉表だ。
その後継者で在り先頃漢王朝から正式に荊州牧に任命された劉琦を要する俺達劉備軍。
そして今、交州の実効支配をしているのも俺達劉備軍だ。
交州支配に関して孫呉に何を言われようが撥ね退ける事が出来る。
潘濬と劉巴は強気で行けと言っている。
しかし、徐庶は一抹の不安を抱えているようだ。
「何か有るのか。元直?」
「え、いえ。おそらくは大丈夫だと思われます」
徐庶にしては珍しく歯切れが悪い。
何を不安視しているのだろうか?
そして孫呉の使者を合浦に迎え入れた。
俺は城内にて使者を待ち出迎えはこの会談の手筈を整えた潘濬に任せた。
既に使者の名前は分かっている。
歩隲 子山
陸遜が亡くなった後に丞相に成った人物だ。
本来なら翌年に交州刺史を命じられてここにやって来る筈だったが、なぜか一年前倒しでここ交州に姿を表した。
人当たりが良く温厚で喜怒哀楽を表情に出す人では無かったと言われている。
そして歩隲は潘濬に伴われて姿を表した。
「お久しぶりで御座いますな。劉封殿」
俺は合浦城の玉座に座ったまま歩隲を迎えた。
歩隲にお久しぶりと言われたが俺は彼とは面識が無い。
俺は顎に手を添えて思い出す素振りをすると歩隲は更に言葉を加える。
「前年柴桑にてお会いしておりますが?」
柴桑で? ああ、孫権と会った時に居た文官連中の中に居たのか。
「すまないな。あの時の事はあまり覚えていないのだ。歩隲殿」
「あ、ああ、そうですか。それならば別に構いませぬ」
うん? あの時何か有ったかな?
あ、思い出した!
「おお、思い出したぞ! 確かあの時孔明に論破された中に貴方が居たな」
「あ、いえ。それはもう忘れて下され」
なんだ。自分で話を振っておいて恥ずかしがる事も無いだろうに。
「そうか。では、用向きを伺おうか?」
「は、先頃我が主孫権様が徐州牧車騎将軍に任じられました事。劉封殿はお見知りおきでしょうか?」
俺は左右に居た徐庶、劉巴を見る。
二人は首を左右に振った。
「いや、その話は知らないな?」
「左様ですか。では我が主が車騎将軍の命にて私を交州刺史に任じたのもご存知在りませぬな?」
あ、ああ。なるほどそう言う事か。
「それは初耳だな」
「やはりそうですか。私は交州刺史としてこの交州の統治を任されております。ですから……」
俺はニヤリと笑い歩隲の言葉を遮る。
「だからとっとこの地を去れと言いたいのだな?」
「あ、は、はい。有り体に言えば」
ふーん。そうきたか。
これが徐庶が不安視していた事か。
俺は劉巴を見る。
すると劉巴が一歩前に出て発言した。
「これはこれは遥々揚州からの何の用が有って参ったのかと思えば、そのような事でここに来られたのか?」
「む、貴殿は?」
歩隲の顔に驚きの顔は無いな。
ポーカーフェイスに戻ったようだ。
正史に書かれているように喜怒を出す事は無いな。でも恥ずかしがる事は有るみたいだけどな。
「これは失礼。我は劉巴。覚えて貰う必要はない。私も貴方を覚える気は無い」
ぶふ。劉巴さん喧嘩売ってますよ。
「は、はは。左様ですか。うん? 劉巴? あの高名な劉子初殿か!?」
お、さすがに有名ですな劉巴は。
「貴殿が交州刺史とはおかしな話だ。交州刺史は我が軍に居る頼恭殿だ。これは朝廷が認めたれっきとした事実。いつ頼恭殿の任が解かれたのか。私は知らぬな」
そして人の話を聞かない。
「頼恭殿が任じられた事は知っております。そして彼が任地を離れている事も。我が主はその事を憂慮なされて私をここに遣わしたのです」
任じられた任地を離れた頼恭が悪いと言いたい訳だな。
そしてどさくさ紛れに交州を掠め取ろうと言う訳だ。
ここ交州は僻地で中央から人が流れてきているから今のうちに確保しようと思ったら、俺達が先に来ていたのでさぞ驚いた事だろう。
いや、もしかしたら俺達が交州に来た事を知って慌て送り込んだのかも知れないな。
「そうか。では無駄足であったな。ここ交州の治安は頼恭殿が戻られるまで我らが務める。貴殿らがここに居る必要はない」
「ですが!」
「孫権が貴様を任じようとそんな事、我らは知らん。とっとと帰るがいい」
ああ、そんな煽る必要は無いだろうに。
でもこのまま返して大丈夫かな?
孫権がこの事を知ったら大軍を送り込むんじゃないのか?
「我らと事を構えるのも辞さぬ、と」
「くどい。未だ襄陽を落とせず。また合肥を大軍で囲むも落とせぬ軍で我らに挑むと言うのならな?」
孫権は赤壁の後直ぐに合肥を攻めたがこれを落とせなかった。
合肥の守備兵は五千も無く、攻める孫権は二万だったと言う話だ。
その話を持ち出して劉巴は歩隲を煽ったのだ。
俺は心配になって徐庶を見る。
徐庶は黙って頷くだけだ。
劉巴に任せろと言う事らしい。
「それに正統性も持たぬ貴殿らではこの地を治める事は出来まい」
「孫劉の同盟を反古に致す覚悟ですか?」
「それが出来るので有ればな?」
歩隲はどんなに煽られても顔色を変える事はない。
そして劉巴も一歩も退く気はない。
そして徐庶が俺を見て腰の鈴を鳴らす。
「ははは。歩隲殿。せっかくここまで来られたのだ。今夜はここに泊まられよ。既に宴の用意も出来ている。さあさあ参ろう。参ろう」
俺は玉座から立ち上がると歩隲の下に向かい、彼を別室に案内する。
「ま、待たれよ。話がまだ」
「まあまあ硬い話はここまでで。この地の酒は江南のとはまた違いますよ」
「りゅ、劉封殿」
「ささ、今夜は飲み明かしましょう」
こうして話をうやむやにしてその日の会談は終わった。
そしてその日の夜、四人で悪巧みしていた。
「あまり煽るなよ。子初。こっちがヒヤヒヤしたぞ」
「あの程度。どうと言う事も」
「それにしても孫権は早く動きましたな?」
「車騎将軍。我が主が上表したそうです」
赤壁での礼のつもりでやったのがまさか通るとはな。
「孫権は位では我が主の上。これは不味いのでは?」
「それは問題ない。実質、この交州を治める士燮殿は我らに臣従したのだ。後は彼らをこちらに」
うはー、徐庶って結構黒い事考えるのね?
「承明。歩隲はこちらに付くかな?」
歩隲を迎えた潘濬が彼を一番見ている。
「難しいでしょうな。ただこのまま帰れば彼は罷免されるだけです。それだけに必死になりましょう」
それはそれで厄介なんだよな。
「明日からは私が話しましょう」
「分かった。元直頼む」
次の日、徐庶が歩隲と二人きりで話をした。
俺は政務が忙しいからと同席はしなかった。
でも徐庶が居ないと劉巴と潘濬の二人を抑える人が居ないから大変なんだよね。
「ここが違いますな」
「あ、すまん」
「孝徳殿。この字は違います」
「あ、すまん」
「この数字が違いますな」
「ここはこれでは駄目です。書き直して下さい」
徐庶~。
「若。鍛練も大事ですぞ。さあ行きましょう!」
黄忠! これぞ天の助け!
「あ、お持ちを!」「まだ書き終えておりませんぞ!」
二人から逃れられるのなら鍛練でも何でもするよ!
「この馬鹿弟子がー!すっかり怠けおってー!素振り五千回じゃー!」
「そ、そんなー!」
「一万じゃー!」
「ひえー!」
その日が終えると再び集まる。
俺は黄忠のしごきで体が痛い。
「やはり難しいですな」
「では帰って貰おう」
劉巴は一貫してるな。
「今の孫権が交州を得ても無駄でしょう。山越を抑えるのがやっとですからな。それに今回連れてきた者達。数は千も無いそうですぞ」
文官を千人かよ!
「文官だけで千は凄いじゃないか」
「いえ、そうではありません。兵を入れてもです」
「それは強気だな」
孫権は俺達を舐めているのだろう。
押せばこっちが退くと考えているようだ。
赤壁前ならその認識は間違ってないんだけどね?
「歩隲殿は博学でまた度量も広く逸材と言えましょう」
「それだけに危険だな」
そして三日間歓待した後に再び玉座の間で歩隲と会った。
この三日間で歩隲の事は大体分かった。
日に日に欲しいと思う気持ちが強まったがこればっかりはどうしようもない。
「歩隲殿。この数日滞在されて分かったと思うがこの交州は既に我らの統治化にある。これ以上無為な時をここで過ごす事もなかろう。ここに孫権殿宛の書状が有る。これを持って帰られるが良かろう」
俺は潘濬に書状を渡すと潘濬が歩隲に手渡した。
歩隲は顔には出していないが残念そうな顔をしている。
残念なのはこっちもなんだよ。
出来れば味方にしたかったけどな。
「では、道中気を付けられよ」
歩隲は無言でその場を去っていった。
孫呉との会談はこうして終わった。
そして一月後俺は劉備からの呼び出しを受ける事に成った。
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