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第二十八話 周瑜の種蒔き

 陸遜は周瑜に責任を問われ俺達の護衛を辞す事になった。


「なんで! なんで伯言が辞めないと行けないんだ!」


「孝徳」


 周瑜は先だっての孔明の策で俺達を危険な目に晒した責任を取る為だと説明した。

 それを言うなら責任は孔明に有るのでないのかと思うが、実際は違う。

 陸遜は最後だと言う事で少しでも多くの矢を得ようと長く止まって居たのだ。

 その為に撤退が遅くなり曹軍に捕捉されたと。

 俺は周瑜に詰め寄る。


「でも俺達は無事に……」


「私が来なければ危なかったでしょう?」


「うっ」


「それに今回の事は彼にとって良い経験になったでしょう。孝徳殿が心を痛めるような事ではありません」


 俺は何も言えなくなった。


 陸遜は柴桑に戻る事になった。


「伯言」


「こんな形で戻る事になるとは思わなかった。手柄を焦り過ぎた。孝徳。すまなかった」


「それは……」


「そんな顔をしないでくれ。これは私が悪いんだ。これでまた公紀と差が開いてしまったな」


 陸遜は柴桑に戻ると閑職に回される。

 左遷だ。

 この赤壁での決戦で有能な将は必要な筈なのに、彼はこの場を後にしないと行けない。

 その悔しさは察して余りある。

 だが陸遜はその悔しさを表に出す事は無かった。


「孝徳。君の武運を祈る」


「伯言。俺と君は友だ。これからもずっと」


 俺は陸遜の手を握ってそう言った。


「ありがとう。では、さら。いや、また会おう」


「ああ、また会おう!」


 陸遜は笑顔で去っていった。


 大丈夫だ。彼はまた現れる。

 ここでの経験がどのように生きてくるのか分からないが、彼とはまた会える。

 その時はまた笑顔で会いたいものだ。



 陸遜が去っても戦は続く。


 この赤壁で曹軍と対峙する事一月が過ぎた。

 開戦当初活発に動いて曹軍を翻弄した周瑜ではあったが、戦線は膠着していた。

 それと言うのも曹軍が烏林の陣に籠ってしまい、手が出せない状況に成っているからだ。

 孫呉軍がどれほど挑発しようと一定の距離まで出てくるがそれを越えて曹軍が追ってくる事は無かった。


「これをどう見る。呂蒙?」


 周瑜に大天幕に呼び出された俺と孔明は軍議に参加していた。

 この大天幕には孫呉の名だたる将が集まっていた。

 程普(ていふ)黄蓋(こうがい)韓当(かんとう)ら孫堅の代から付き従っていた宿将達。

 その他に朱治(しゅち)呂範(りょはん)董襲(とうしゅう)らが居る。

 他にもまだまだ居るが多過ぎて紹介して貰えなかった。


 そして周瑜に質問された呂蒙は。


「おそらくは河北の兵達の水練を行い、荊州の兵らと慣らしているのでは?」


「うむ。魯粛はどう思う?」


 周瑜は隣に居た魯粛に話を振る。


「固く籠っているのは打って出る力が無いのかも知れませんな。おそらく疫病が流行っているのでは?」


「私も魯粛の言に賛成だ。しかし、だからと言って我らが優位とは言えないな」


 周瑜は険しい顔をして中央の机に広げられた地図を睨む。


「まともにやり合えば数で劣る我らの不利。敵は陣に籠る事で地の利を得ている。周瑜よ。ここは大胆な策が必要ではないか?」


 孫呉の将の纏め役をしているのはこの場だともっとも役職の高い程普だ。

 彼の発言はこの場でもっとも重いような気がする。


 しかし、俺と孔明はここでは場違いだよな。


 俺達に発言権はない。

 周瑜が俺達に話を振ってくれれば答えるが、そうでなければ発言出来ない。

 この孫呉の将達の俺達を見る目が厳しいのだ。

 先の孔明の策で矢は足りるようになったが、その策の内容を知った孫呉の将が俺達を警戒しているのだ。


「程普殿。まだ策の内容は言えないが決戦の準備を怠らぬようにお願いしたい。皆も同様だ」


「了解した。司令官殿」


「「「はは」」」


 軍議は何も決まる事なく終わった。


 その後大天幕に残ったのは周瑜と呂蒙、魯粛に俺と孔明だった。


「策は既に決まっている」


 周瑜は険しい顔を崩していない。


「火計、ですな」


 孔明の言葉に無言で頷く周瑜。


「だがこの計を行うには足りない物が有る」


 はて? なんだろうか?


「曹軍の内部ですか?」


 魯粛の言葉に周瑜はまた無言で頷く。


 この席では俺は空気に成っている。

 そしてもう一人空気に成っているのが呂蒙だ。

 周瑜の隣に立っている呂蒙を見てみると直立不動だが目が泳いでいる。

 三人の会話に付いて行けてないのが分かる。


 もし俺が呂蒙の立場なら同じような反応をしていたかも知れない。


 しかし俺は歴史を知っているのでこの後の結末を知っている。

 知っているがどういう形でそこまで持っていくのかが分からない。

 だから周瑜からのキラーパスが来ないように空気に成っているのだ。

 もし周瑜からキラーパスが来ても華麗にスルーして孔明にパスするつもりではいる。


 ゴールを決めるのは孔明だ。

 俺は引き立て役でいい。

 と言うか俺に話を振らないで欲しい。


「実は曹軍から文が来ている」


「どなたからです?」


 周瑜宛に文? 誰からだ?


「私と同郷の蒋幹(しょうかん)からだ」


 蒋幹。確か弁舌家で演義では周瑜の偽手紙を持って帰って蔡瑁(さいぼう)張允(ちょういん)の排除の手助けをしてしまう。

 そして曹操に龐統を引き合わせている。


「ふふ。曹操は周瑜殿が欲しいようですね」


 孔明は羽扇で口元を隠すが目は笑っていた。


「私の忠義は孫呉に有る。無駄な行為だ。だが、これを利用しようと思う。どうかな孝徳殿」


 うえ、来たよ周瑜のキラーパスが!

 しかも孔明が先に答えたからスルー出来ない!


「そ、そうですね。まずはこちらに来てもらってからではないですかね。そう思いませんか呂蒙殿?」


「え、あ、そ、そうですね。その通りです」


 ふふ、俺だけでは不公平だからな。

 ちょっと強引にパスしてみたよ。


「では、そうするとしようか」


「司令官。宜しいか?」


 話が終わろうとしていると黄蓋殿が入ってきた。


「どうしましたか。黄蓋殿?」


「うむ。実はな。………」


 その日から周瑜の策が始まった。



 数日後、蒋幹が周瑜の下を訪れた。


 俺は周瑜と蒋幹がどんな話をしているのかは知らないが、周瑜の策は動き始めていた。

 周瑜は蒋幹を伴いある裁きの現場に向かった。


 それは……


「これより周都督に無礼を働いた罪を問い。黄蓋将軍に鞭打ちの刑を行う。宜しいか将軍?」


「構わん。やれい」


 呂蒙は兵に命じて黄蓋を鞭打った。

 それを見ていた周瑜と蒋幹。


「こ、これは一体。黄蓋殿と言えば孫呉の宿将。それを皆が見ている前で鞭を打つとは?」


「ははは。黄蓋は私を臆病者と罵ったのですよ。それを許しては軍の規律を乱しかねない。ですからどちらが上か教える為にああやって鞭をくれてやっているのですよ。年寄りが偉そうに私に説教するからああなるのです。ふふ、ふははは」


 大した悪役ぶりだな周瑜は。

 それになんか実感籠ってる感じがするな。

 なんか嬉しそうに笑ってるし。

 もしかして本当に黄蓋を嫌っていたのかな?


 その後周瑜は黄蓋の鞭打ち姿を見て満足して蒋幹と帰っていった。

 周瑜は帰りも大きな声で笑っていた。

 間違いない。周瑜は黄蓋が嫌いなんだ。


 その夜。


 周瑜と蒋幹は一緒に寝ていたが蒋幹が一人外に出て厠に向かうと、ある兵から小さな竹簡を受け取る。

 蒋幹はそれを見て驚いていたが直ぐに笑みを浮かべて、天幕の中に入っていった。


 俺はそれを後で周瑜自身から聞いた。


 その後蒋幹は何日か陣に止まったが、周瑜の心を動かせないと知って去っていった。


 これで種蒔きは終わった。


 後はそれが育つのを待つのみだ。


 赤壁の戦いは決着に向けて動き出していた。


お読み頂きありがとうございます


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