第二十七話 船上の戦い
迫り来る曹軍の船。
こちらと速度が倍は違う。
見る見る近づく曹軍の船に戦慄を覚えた。
「弓持て。矢をつがえよ!」
陸遜の声が切羽詰まっているような気がする。
俺は万一の事が有ればと思ってもって来た槍を手にして船外に出る。
「孝徳殿。お待ちあれ」
孔明の静止を振り切り船尾に向かう。
「はぁ、やっぱりこうなったか」
何となくこうなるんじゃないのかと思っていた。
あまりにも順調で有った為にこれは泳がされていたなと思っていたのだ。
それが証拠に毎回船に撃ち込まれていた矢の数がほぼ同じで有ったからだ。
曹軍にしてみれば霧が立ち込める中で近づく敵船の目的は何なのかくらい考えるだろう。
そして思い付くのは兵の精神的消耗と軍事物資の消耗、要するに兵を疲れさせ次いでに矢も消費させると感づいた筈だ。
こちらの目的は矢だが兵を疲れさせたのは次いでだ。
だから曹軍の軍師はある程度までこちらを泳がせて油断させて一気に襲い掛かる計画を立てたのだろう。
それが証拠に今日撃ち込まれていた矢の数がいつもよりも多かった。
おかげで船足はいつもよりも鈍く、逃げるのに時間がかかった。
霧が晴れているのが証拠だ。
このままでは追い付かれる。
曹軍の船は先登と呼ばれる船で、白兵戦を主体とした船でその数は十隻ほど。
こちらは俺達の乗る斥候と艇と呼ばれる小型の船だ。
曹軍は艇を無視して俺達の船に殺到してくる。
なぜ俺達の船だけに集中するのかと言われれば、艇は主に監視を目的とした船で定員も少なく船戦では主役に成れない船なのだ。
その為斥候と艇だけの船団なら自然と斥候が狙われる事になる。
陸遜は銅鑼と旗を駆使して艇に指示を出す。
こちらの艇十隻は迫り来る曹軍の先登に体当たりするように迫るが、曹軍の船はそれをするりと交わす。
ち、やはり駄目だな。
艇は矢の重みで速度が出せていない。
従来の速度で有れば容易に相手にぶつかる筈だ。
そうすれば時間が稼げて俺達が逃げ切る事も出来ただろう。
それに艇に乗船している者達は泳ぎが得意な者達ばかりで、船にぶつかったら江に飛び込んで泳いで戻ってくる筈だ。
俺は曹軍の船が艇を拿捕するかもと淡い期待を抱いていたが、そうはならなかった。
曹軍の船は俺達の船だけを狙っている。
こうまで徹底するとは曹操の軍師は何がなんでも俺達を捕らえたいらしい。
本来なら既に矢が降り注いでもおかしくないのにそれがない。
ならば相手の狙いはこの船の拿捕だ。
命の危険は少ないと思うがそれは早計だろう。
何事も最悪を想定しないと行けない。
追い付いて来る船は先頭の三隻。
その中央の船の船首に一際目立つ鎧を着ている男が居る。
あれが敵の指揮官か?
「き、来ます!」
「射て!」
陸遜の号令でこちらから矢を射る。
狙いは中央に居る指揮官だ。
指揮官らしい男に矢が集中するが周りの兵が矢を防ぐ。
よく訓練されている動きだ。
「ぶつかるぞ!衝撃に備えろ!」
陸遜は櫓から降りて来て指示を出す。
ここまで来たら覚悟を決めるしかない!
右側の船が接触すると次いで左側の船がぶつかる。
船がグラグラと揺れるが転びそうになるのを踏ん張って堪える。
そして中央の船から梯子が架けられる。
「伯言!」「おう!」
俺と陸遜、それに周りの兵が梯子に向かう。
一瞬外そうかと思ったがもう遅かった。
梯子の上に敵兵が乗っていたので外すのを諦めて、俺は梯子前に陣取る。
俺は槍を真っ直ぐ敵兵に向けて吠える。
「我が名は劉封。劉玄徳の一子なり。我と思う者は掛かってこいや!」
「大将首だぞ!」「貰った!」
梯子は一人、二人が乗ればそこまでだ。
二人程度の数なら問題なく対処できる。
何故なら射程距離が違うからだ。
相手の持つ獲物は剣で、俺が持つのは槍。
端から相手にならない。
「ぐはっ!!」「うえ!?」
一人突き刺し、二人突き刺す。
手に生々しい感触が残るが気にしない。
俺はもう人を殺す事に躊躇いはなかった。
それに躊躇うと俺が殺されてしまう。
次々とやって来る敵兵を突き刺し、ほぼ一撃で仕留める。
それに次々やって来ると言っても倒れてた敵兵が邪魔になるので相手がそれを排除しようとする。
そして俺はそれを見逃さない。
卑怯と言われようがそんな話気にして要られない。
隙を見せた相手が悪いのだ。
俺が正面中央の兵を倒している横で、次々と梯子が架けられる。
そこから敵兵がやって来るが陸遜を始めとした呉の兵がそこに立ちはだかる。
しかし俺とは違って苦戦している。
陸遜の剣の腕前はさすがだと思ったが、呉の兵はそれほどの腕前ではないようだ。
俺は槍の届く範囲でそれを援護してやる。
しかし多勢に無勢だ。
このままでは殺られてしまう。
「ふん。鼠のように逃げ回る劉備の息子にしてはやるなと思ったが、長沙の劉封ではないか?」
見れば先ほどの目立つ鎧の男が立っていた。
倒れた兵はどうしたのかと思ったら無造作に蹴って江に落としていた。
「文聘、か?」
見覚えある人物だった、と言っても劉封の記憶でだ。
文聘
劉表配下の武将で、その後曹操の配下に成っている。長坂の戦いでは率先して追撃隊に加わり劉備を追っている。赤壁の戦い後は江夏を守り続けた魏の隠れた名将だ。
「覚えていたか。まさかここで会うとはな。奇縁よ。劉封。降伏しろ。俺が曹操様に取りなしてやろう。お前ほどの勇士をここで死なすのは惜しい」
劉封の記憶では文聘とは長沙で会っている。
あれは賊討伐に来た文聘が劉氏に挨拶をしに屋敷を訪れた時だ。
その時文聘は劉封に剣や弓矢を教えてくれた。
短い期間では有ったが文聘は劉封の師匠の一人だ。
そして劉封にはもう一人別の師匠が居るがな。
「それは魅力的な提案だな。だが、今の俺は長沙の劉封ではなく。天下の大徳、劉玄徳の一子。劉孝徳だ!」
ここは命一杯虚勢を張っておく。
もしかしたら退いてくれるかも知れないからな。
「ふぅ、そうか。それは残念だ。ではここで死ぬがよい」
やっぱり駄目か~。
文聘の手には戦斧が握られている。
あれをまともに受ければ俺の槍が折れてしまいそうだ。
「俺を殺していいのか?軍師からの指示で俺達を生け捕れと言われているのではないのか?」
「抵抗しなければ捕らえよと言われている。それ以外は殺せとな。お前は抵抗するのだろう?」
はぁ、そこは捕らえよの命を重視しろよ。
おもむろに距離を詰める文聘。
馬鹿め!そこは俺の槍の届く距離だ。
俺は文聘の喉元目掛けて槍を伸ばす。
しかしそれを戦斧を盾にして防ぐ。
この! これでどうだ!
俺は連続して突く。
しかしこれも防がれる。
こうも技量に差が有るのかと絶望する。
「素直な突きだ。誰に教わったかは知らんがこれでは戦場では使えんぞ。どれ、今度は俺の番だな」
そう言うと文聘は戦斧を上段に構えると真っ直ぐ振り下ろす。
こんなの誰だって避けれるぞ?
俺は戦斧を半身になって避ける。
避けたと思ったら文聘に蹴られていた。
「ぐっ。おえっ」
無防備な脇腹を蹴られてしまった。
俺は思わずしゃがみこんで吐いてしまう。
「距離を詰められたら蹴りに注意しろと教えただろうが?」
それを教えたのは劉封だろう。
俺じゃない。俺は劉封ではなくて柳保なんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。うん。すーはー。すーはー」
立ち上がって深呼吸して少し落ち着いた。
「ほう。立てるか。ではこれが最後の稽古だ!」
文聘が戦斧を横凪ぎに払う。
それを俺は槍を斜めにしていなす。
「な、なに?」
いなした後に文聘の足元を払う。
「ぐっ」
文聘の脛に当たった。
文聘はそれを堪えるが俺は一回転して今度は文聘の頭に狙いを定める。
「つぅぅ~」
続けての攻撃に文聘は避けきれず頭に槍が当たる。
頭を押さえる文聘に俺は休まず槍を突き刺す。
「甘い。ぬあっ」
それを文聘は戦斧を使ってかろうじて防ぐがバランスを崩して江に落ちた。
「甘かったのはあんただよ。ふぅ」
当面の強敵を排除して一息つけた。
しかし自体は好転しない。
他の船が左右に回って包囲してくるからだ。
「そろそろですな」
その声に振り返るといつの間に居たのか孔明がそこに立っていた。
手には一振りの剣。
その剣には血が付いていてポタリ、ポタリと船の床に落ちて行く。
「見えましたな」
そして孔明の後ろに魯粛が立っていた。
魯粛も剣を持っていてやはり血が付いている。
二人とも戦っていたのか?
そう思っていると一際大きな銅鑼の音が聞こえてくる。
銅鑼の音は次第に大きくなり近付いてくるのが分かる。
「味方だ。周瑜様だ!」
見れば一際大きな船がこちらに向かってくる。
しかしその船に気を取られていたら大きな衝撃が船を襲う。
俺は思わずかがんで梯子を掴んで江に落ちるのを防ぐ。
衝撃の正体は曹軍の船に突っ込んだ孫呉の艨衝だった。
艨衝の衝角が深く先登に突き刺さりそこから水が入り込んでいく。
こうなると船はもう駄目だ。
水の入り込んだ船は次第に沈んでいく。
曹軍の兵がこちらに移ろうとするがそれは出来なかった。
いつの間にか味方が船に乗り込んで俺達の船に架けられた梯子を斧で破壊する。
俺は慌て梯子から降りたが危うく梯子ごと江に落ちるところだった。
改めて周りを見渡すと曹軍の船は全て孫呉の船の体当たりを食らって沈んでいく。
はぁ~。やっと助かった。
孫呉の一際大きな船の船首に周瑜の姿が見えた。
周瑜は俺達を見ると歯を見せて笑っていた。
そして右手に持っていた手旗を掲げると船団は赤壁の陣に船首を向けた。
俺達は周瑜の船団に守られながら赤壁の陣に帰った。
こんな事も有ろうかと俺は前持って周瑜に援護を頼んでいたのだ。
もう少し周瑜がやって来るのが遅かったら危うく殺られるところだった。
しかも許せない事にこの事を孔明と魯粛が知っていたと言うのだ。
陣に帰った後に俺が孔明に事の次第を伝えると二人は知っていたと言ったので俺はキレた。
「こんな事はもう二度とやらないからな!」
と言って俺は天幕に帰ってふて寝した。
後で二人が頭を下げるまで俺は天幕から出なかった。
そして、陸遜は俺達の護衛の任を解かれた。
文聘が劉封の師匠と言うのはオリジナルの設定です。
実際に知り合いかどうかは分かりません。
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