第二十五話 赤壁は何故赤い?
兵站の準備もそこそこに俺達は周瑜の待つ烏林近郊に向かった。
「魯粛殿。向こうで何か有ったんですかね?」
周瑜の突然の招聘は俺を不安にさせた。
あの周瑜に解決出来ない問題が出てきたとすれば、俺のような若造に何が出来ると言うのか?
そもそも赤壁の戦い事態曹操と周瑜の戦いで、俺達劉備軍が介入する事など何もないのだ。
部外者扱いだからな。
劉備軍が狙うのは曹操と周瑜が争っている間に、漁夫の利を得る事だ。
上手く行けばの話ではある。
でも正史では赤壁の戦いの後に劉備は荊州南郡を得ている。
だから本当なら俺が何もしないのが正解だと思うんだけどな?
「分かりませんな。とにかく合流して話を聞く他有りますまい」
目の下にクマを作っている魯粛は辛そうだ。
そして会話に参加しない孔明は眠っているんじゃないのかと思う。
だって目は半開きでぼ~としているからだ。
普段のキリッとした孔明とは大違いだ。
そして俺と陸遜はと言うと。
「この大戦に私も参加出来るとは。無理を言って孝徳の護衛を買って出て良かった。君に付いて居れば戦に出られると思ったのだ。これで私も功を上げる事が出来そうだ」
「そ、そうなの?」
「孝徳。私はこのままでは陸家の長とは言えないのだ。だから功が欲しい。殿に認めて貰えるほどの功が!」
存外正直者なんだよね陸遜は。
嘘は吐かないし誠実で真面目、仕事も厳格にこなすし、何で出世出来ないかね?
まあこの人放って置いても勝手に出世すると思うんだけどな。
歴史じゃ赤壁以後に出世するしな。
いや、まて!
こいつがこのまま功を得なかったらどうなる?
こんなに真面目な男がこんなに努力しても全然活躍出来なかったらどうなる?
挫折したエリートは引きこもりのニートに成るんじゃないのか?
その実例を俺は知っている!
俺の従兄弟は一流大学を出て一流企業に就職したけど、半年で辞めてしまった。
従兄弟はエリート街道を真っ直ぐに歩んでいたのにだ。
辞めた理由も今の陸遜と似たような境遇だった。
従兄弟は真面目に仕事に取り組んでいたし、周りに合わせる協調性も持っていた。
しかし、同期が大きな仕事を任せられて成功したのを見て、自分もと頑張ったが失敗した。
その失敗を引きずって従兄弟は会社を辞めた。
今では立派な引きこもりだ。
エリートは挫折に弱い。
ここで陸遜にわざと失敗させればきっと彼も従兄弟と同様に。
……そんな事はないか。陸遜は苦労人の努力家だ。
一度や二度の失敗で挫折するような柔なメンタルではない。
下手に期待をするのは止めよう。
それに陸遜には早く日の当たる場所に出て欲しいと思える。
そう思える魅力が彼には有るのだ。
悔しいけど彼も憧れの英雄の一人なんだ。
出来れば俺達と敵対しないで貰いたい。
なので彼とは友好的に接して魯粛のような親劉備派に成って貰おう。
そしてあわよくば俺達の陣営に。
「ああ、早く戦場に出たい!」
そんなにやる気を出さないで下さい。
あなたがやる気を出したら曹操軍全滅しちゃうんじゃないの?
はぁ、心配するだけ無駄のような気がしてきた。
俺と孔明と魯粛は疲れていて、陸遜一人がやたら元気だった。
数日後、夏口に居た劉備達を素通りして俺達は周瑜の待つ『赤壁』に着いた。
そうここは赤壁。
劉備と曹操と孫権の運命のターニングポイント。
それが赤壁だ。
ちなみに何で赤壁と呼ばれているのかと言われると、崖の表面が赤いからだ。
実はここは鉄が取れる採掘場で崖の表面が赤いのは鉄が酸化しているためで、ここでは簡単な採掘方法で鉄を入手出来るのだ。
この時代の製鉄技術は結構凄い。
磁器を作る過程で高温炉が作られ、青銅器の作成も早くから行われていたので前漢の頃には良質な鉄が造られていた。
そして後漢の頃にはさらに製鉄技術が発達して槍が造られたのだ。
細身で取り扱いが容易い武器の登場で戦場は変わった。
今では槍が武将の持つスタンダードな武器になっているのだ。
重さで叩き切る大刀や扱いの難しい矛は槍にとって変わられ始めている。
俺が使っているのも槍だしな。
俺も大刀や矛を使って練習したが、そもそも大刀は重すぎて振り回せず、矛も重心が先端部分に片寄るので扱いずらい。
槍が一番扱い易いし、殺傷力でも大刀や矛に負けていない。
おっと話がずれたな。
そんな鉄が取れる場所の近くには船着き場が作られているので陣を張るにはもってこいだ。
だから赤壁に周瑜が陣を張るのは利に叶っている。
そしてその陣には孫呉の旗と周の旗が立っていた。
「良く来てくれた。待っていたぞ!」
周瑜は笑みを浮かべて歓迎してくれた。
俺達を天幕に案内すると早速本題に取り掛かる。
「君達を予定よりも早く呼び出したのはすまないと思っている。だがこちらも困った状況に追い込まれていてね」
イケメンスマイルで頼めば何でも通ると思ったら大間違いだぞ!
「それでどのような状況なのです?」
「うむ。状況は彼が説明する。入ってこい呂蒙!」
おっと、呂蒙だと?
「は、失礼、します」
天幕の外で返事をした男はガチガチに緊張しているのか。
ロボットのような動きでカクカクしながら入ってきた。
それを見て俺は思わず笑いそうになった。
「孝徳殿と孔明殿は初対面だったな。彼は呂蒙と言ってね。私の下で色々と勉強しているのだよ」
「呂蒙殿は勉強家でしてね。最初に会った時は武に目を見張る物は有りましたが、兵法はからっきしでした。ですがしばらくして会った時には孫子を読んでいたのですよ。今も何かしら読んで勉強しています。そうだよな子明」
魯粛の説明に顔を真っ赤にする呂蒙。
「あ、いや。お恥ずかしい。私のように才無き者は書を読んで勉強せねば、一軍の将には成れませんから」
「ははは。こう言っているが本当は我が主から勉強しろ! と言われて仕方なくやっていたのだ。そして後日呼ばれて勉強しているかと問われたら、忙しくて出来ないと言ったのだ。そうしたらこれまた酷く叱られてな。今では肌身離さず書を持つようになったのだ。まあ、勉学が身に付いているかどうかは私が監督しているのだがね。ははは」
呉下の阿蒙に非ずか。
しかし、呂蒙は恵まれてるよな。
孫権と直接面識を得るほど親しく、それに主君に反論までして叱られるだけですむ。
そして、周瑜の下で実地で兵法を叩き込まれるんだからな。
そりゃあ、優秀な指揮官に成っても不思議じゃないよ。
いや、本人の頑張りも有るけどさ。
でも話を聞く限りだと三度目に孫権と会って勉強してませんと言ったら、あの孫権の事だから『俺の話を聞いてなかったのか?斬り殺すぞ貴様ー!』とか言って剣を振り回してそうだ。
きっと強迫観念に囚われて必死に勉強してるんだろうな。
ある意味可哀想だとも思う。
しかしこいつも俺の死に関係してる人物なんだよな。
俺の死に関係してる人物がこの場には三人居る。
なんとも不思議な感じだ。
きっと二度とこの面子と会う機会は無いだろう。
そう思うと本当に貴重だな。
でも俺一人場違い感が半端ない。
歴代の呉の司令官と蜀の丞相が居るこの空間に、戦に負けて死刑になった男が一緒って何の罰ゲームだよ。
何で俺はここに居るんだ?
そう思いながら呂蒙から状況説明を聞く。
「……と言う訳で、現在我が軍は軍事物資が不足しております。取分け矢が不足しているのです」
あ、もしかしてこれって。
「取り急ぎ来て貰ったのは軍事物資に関しての相談だよ。私が想定した以上に矢の消耗が激しくてね。魯粛に頼んでいた量ではまだ足りないのだ。決戦まではまだまだ時間が掛かる。しかし、このままではこちらの物資が足りない。それを向こうに気取られる訳には行かなくてね。そこで物資を集めている君達の意見を聞きたいと思ったのだ。どうかな?」
はい、分かりました。
これってあれですよね。
演義の十万本の矢のイベントですよね。
何でこの世界でそれをやらないと行けないんだよ!
あれは物語だよ!
本当に出来る訳ないじゃないか!
「私の意見をよろしいですか?」
やめて孔明。何も言わないで!
「どうぞ」
嫌だー!止めろー!
俺の心の絶叫はこの時誰にも聞こえなかったと思う。
「では、矢の補充が出来ると?」
「左様です。我らにお任せを」
安請け合いしてんじゃねえ!
「こ、孔明?」
「大丈夫です。孝徳殿と私なら出来ますよ」
何良い笑顔してやがんだよ!
「わ、私もお手伝いさせて下さい!」
陸遜さん。止めた方が良いと思いますよ。
「では陸遜殿の手もお借りしましょう」
こうして俺達はあのイベントに取り組む事になった。
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