第二十一話 孫呉会談
なんでこうなった?
俺は今、柴桑の御殿の中を朝服姿で歩いている。
帯剣していないのが久しぶりなので腰が軽く、そして心許ない。
御殿のくそ長い庭の左右にはズラリと並んでいる完全武装の兵達、そして彼らから感じる威圧感に少しビビる。
庭を抜けて御殿の中に入ると左右に朝服姿の者達がズラリと並んでいる。
その者達の目が俺達をギロリと睨んでいる。
その目からは友好的な感じがまるでしない。
完全にアウェイじゃないですか!
そんなアウェイの地の中央に鎮座する男が一人。
見た目まだ若く、背は普通かな?
少し赤みがかった髪に緑色っぽく見える目が、俺達を品定めをしているようにじっとこちらを見ている。
あれが孫権か?
俺の前を歩いていた周瑜と魯粛が止まる。
そして周瑜が一歩前に出る。
「我が主孫仲謀様に進言つかまつりまする」
「周瑜よ。それは荊州に居る曹軍に対する事かの?」
孫権の左側に居る老人が立ち上がり周瑜を指差す。
老人は声に張りがあり背がシャキッとしている。
その目は周瑜ではなくて俺と隣の孔明を見ている。
「しかり。曹軍の侵攻に対するに降伏するか。または徹底抗戦するのか。そのどちらかと我ら孫呉の考えは割れておりました。今回はそれに対して我が主の意思を問いたく思います」
「それはおかしな事を言うのう周瑜よ。先だって我ら孫呉の意は降伏と決まったではないか?」
え、そうなの? もう決まってたの?
「それは貴方達文官の意ではないですか。我ら武官は違いますぞ。そうであるな。我が孫呉の兵よ!」
「「「おおぉぉー!曹軍討つべし!曹軍討つべし!」」」
うわぁ~、うるせえー。
この兵達の声は周瑜が手を上げると収まった。
「曹軍の脅威に対するに我が孫呉が生き残るには戦うしか有りませぬ。その為には夏口にて曹軍と対峙する劉備殿との盟を結ぶのが上策と献じます」
「語るに落ちたの周瑜。よりによって劉備との盟だと。奴と盟を結ぶ等およそ正気とは思えぬ」
「しかり。奴と結んだ者達の末路を見れば奴を信用する事は出来ぬ」
「劉備は信の置ける人物に非ず。盟を結ぶに値せぬ」
老人を筆頭に次々に劉備を非難する声が上がる。
まあ分からんでもないよ。
劉備の半生は流浪の毎日で各地を巡ってきた。
各地の群雄に言い方は悪いが寄生してきたのだ。
そしてしぶとく生き残ってきた。
そんな劉備に信用が有るとは言えない。
それにしてもあの老人がもしかして張昭かな?
物凄く顎髭が長くて、床に届いている。
その顎髭を触りながら張昭は周瑜と魯粛に劉備との盟に利無しと論破しに掛かっている。
魯粛は荊州で見た劉備に従う数十万の民の事を話している。
数十万ではなくて十数万なんだけどな。
それにしても中央の孫権は何も話さないんだな。
ただじっとこちらを見てるだけで黙っている。
彼の中では既に曹操と戦うのは決まっている筈だ。
なのに何も言わないのは何でだろう?
「民の意思などどうと言う事はない。民が劉備に付いていったのは曹軍の武を恐れたからに相違ない」
「それは貴方達だ! 曹軍の武に恐れをなして、我が主に降伏を迫るとは。これまでの孫家の恩を受けた者達の言とは思えん。我が主よ。これが彼らの考えです。己の保身しか考えぬやからです。彼らの言に惑わされてはなりません!」
魯粛は思っていたよりも熱い男なんだな。
もっと冷静な人物だと思ってたんだけどな?
それにしても俺達の後ろに居る兵を従える将達の威圧感が半端ない。
今にも文官達に襲い掛からんとしているみたいだ。
でもそんな彼らの威圧を屁とも思ってないのが張昭だ。
「魯粛よ。そなたの言こそ詭弁。我らが主を危険に晒すつもりか!それに周瑜よ。お主らの後ろに居る二人は誰だ。まさか劉備の臣では在るまいな?」
そら来たぞ。俺達の出番だな。
でもこんなアウェイで発言しても無理だろう。誰も俺達の言葉をまともに聞いてくれる筈がない。
よくこんな状態で正史の孔明は同盟の話をまとめる事が出来たな?
孔明の弁舌はやっぱり凄かったのかな?
でも俺もこの雰囲気に大分慣れたな。
もっと緊張すると思ったがそんな事は無かった。
これは生き死にの緊張感がないからなのかな?
長坂での曹操と対面した緊張感に比べたら全然大した事ない。
「張昭殿。こちらの二人は劉備殿の使者です。諸葛孔明殿と劉孝徳殿です。曹軍に対するにこの二人の言もお聞き願いたい」
やっぱり張昭か!
それにそう来たか周瑜! 俺達に丸投げですか?
どうしてこの時代の人達は困ったら丸投げするのよ!
俺は周りを見渡した後に発言した。
「我が名は劉孝徳と申します。我が主劉玄徳の名代としてこちらに参りました。盟に関しては隣の諸葛孔明が説明致します」
ははは。こんな事も有ろうかと既に孔明とは段取りを決めていたのだ。
正直俺には相手を論破するほどの言葉なんか言える訳がない。
餅は餅屋だ。ここは孔明の出番だ。
俺がここに居るのは劉備の名代だとするのが一番なのだ。
孔明も納得してるからな。
何も問題はない。
「劉備様が臣。諸葛孔明と申します」
孔明が話出すと待ってましたと言わんばかりに孫呉の連中は質問を畳み掛ける。
この辺りは演義と同じ流れだな。
孔明は一人、また一人と論破していく。
慌てた様子もなく淡々と論を重ねていく。
そして孔明に論破された人達の悔しそうな顔。
あ、これはちょっと気持ち良いかも。
「では、曹軍に必ず勝てると言いたいのか!」
最後に残ったのは張昭だがその顔には今までの余裕の有る態度は無くなっていた。
「それに関しては劉孝徳殿が御答えしてくれましょう」
へ? 何を言っているの孔明さん。
そんなの段取りにはなかったじゃないですか?
俺が驚いた顔をして孔明を見ると彼は羽扇で口元を隠すが目は笑っていた。
あっ、こいつ。やりやがったな。
ふーん。そう来たか。
「それは孫呉の皆様。いえ、そこに鎮座されている孫権殿次第です」
俺がそう言うと皆の視線が孫権に注がれる。
さあ、孫権。
あんたの出番だぞ!
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