第二十話 論客三人とオマケ
赤壁篇スタートです
夏口から船に乗って向かうは孫呉の拠点柴桑
長江は広すぎる。
船で移動してると分かるがこれは河と言えるのだろうか?
この広さ、長さは日本では味わえない。
やはり大陸はスケールが違う。
そして孫呉の拠点柴桑もまた想像していた物とは違った。
荊州襄陽とは違った赴きの有る都市だ。
柴桑の中心に有る御殿がこれまた広くて大きい。
この御殿の広さと来たら、なんて無駄の塊なんだと思わずにいられない。
これは来客を威圧する為のものなんだと分かるがいやはやなんて趣味の悪い建物だ。
魯粛の案内で柴桑を見て回っているが、驚きよりも呆れるところが多い。
それに人の群れの中に一風変わった人達がいた。
おそらく南方の人なんだろうと思われる褐色の肌を持つ人々とこれまた珍しい赤毛の人が見える。
国際色豊かな土地だと言えよう。
そして案内された最後の場所が都督周瑜の屋敷であった。
まずは抗戦派筆頭の周瑜に会って孫権説得の策を考えるらしい。
周瑜 公瑾
正史では赤壁で曹操を破ると江陵で曹仁と一年間戦いこれを退け、その後益州劉璋を攻める準備の途中で亡くなっている。
彼が亡くならなければ、劉備の益州入りは無くなり天下三分は無かったかも知れない。
その代わり演義では孔明に翻弄されまくって最後は憤死する様は、孔明の咬ませ犬みたいな扱いで哀れな人物だ。
英雄の一人なんだけど可哀想な人なんだよ。
俺は蜀ファンだが周瑜は嫌いじゃない。
でも好きじゃない。その理由が目の前に居る女性だ。
小喬と言う呉随一の絶世の美女だ。
曹操が銅雀台で大喬、小喬と一緒にとか何とか詩を歌っている。
ちなみに大喬は小喬の姉ね。
曹操にもその名を知られるほどの美女で更に音楽に精通している教養人でもある。
周瑜はそんな美人を奥さんにしているのだ。
しかもこの屋敷には姉の大喬まで居る。
こんな美人達と一緒に暮らせるとはリア充め!
「遠路よりお越しで御疲れでしょう。どうぞ奥でお休みくださいませ。ですがあいにく主人はまだ戻って来ておりません。しばらくこの屋敷にてお待ちくださいませ」
おお、声も良い。まさに美声で心地よく聞こえる。
やはり周瑜は好きになれないな!
小喬さん自らの案内で屋敷の中に入れて貰った。
ここ周瑜の屋敷は柴桑でも一二を争うほどの豪邸だ。
部屋の飾りつけも洒落ている。
周瑜のセンスなのか小喬さんによる物なのか分からないが、とにかく部屋の雰囲気が明るくカラフルだ。そして、小物の置き方にも気を配っているのだろう。さりげなく置かれている調度品に目がいってしまう。
自分では決して出来ない部屋作りだな。
俺と孔明は魯粛と一緒の部屋に通されて趙雲は隣の部屋で待機する事になった。
広い部屋に男三人が向かい合って座っていると、隣では笛の音と琴と思われる音が鳴っている。
小喬さんが鳴らしているのかな?
なんとも雅な気分にさせられる。
しかし俺達の話している内容は雅とはかけ離れている。
「周瑜殿が戻られる前に、恭順を唱える者達の事を……」
「いや、それは結構。言われずとも分かります。張昭殿、顧雍殿らですな」
さすがは孔明。どこまで呉の内情を掴んでいるのか分からないが、その情報力は何処から来ているのか?
「そこまで御存知とは。既に我らの内情を掴んでおられるのか?」
「いえ、そのような事はありません。文官の方々で有れば戦うと言うよりは、まずは戦わずに済む方法を考えられるでしょう。ならば文官の長で有られる張昭殿が恭順を唱えられるのは至極当然です。私も彼らの立場で有ったなら同じ事を献じたでしょう」
戦わずに済む方法か。
確かに曹操と戦わないで要られるならそれに越した事はないな。
でも俺達劉備軍ではそれは出来ない事なんだよ。
「これは異なことを仰る。では何故劉備殿は曹操にあらがうのか?」
「それを論じるには、外に居られる御仁も一緒にどうでしょうか?」
「うん? 外?」
俺は閉じられた戸を見る。
しかし人の影は見えない。
誰か聞き耳を立てて居たのか?
戸口を見ていた俺だが、突然隣から話しかけられた。
「これは失礼致した。急ぎ戻り隣で着替えていたら話声が聞こえたもので、思わず聞き入ってしまった」
声のする隣を見てみるとそこには長髪の男性が立っていた。
いつの間に部屋に居たんだ!
全く気づかなかったぞ!
しかし、この人は男性なのか?
切れ長の目に整った鼻、薄く惹いた紅の唇。
華奢に見える体格。
男と言うよりは女と言った方がしっくりくる。
それに声色がこれまた色っぽく聞こえるイケボだ。
「私は周公瑾。この屋敷の主です」
この人が周瑜か!?
孔明とはまた違った知的イケメンだな。
でも小喬さんと並んだら美人姉妹に見えるかもしれない。着ている服で違うと分かるけど。
「これはこれは、私は『諸葛 孔明』と申します。以後良しなに」
孔明が立って挨拶したので、俺も慌て立ち上がる。
「私は『劉 孝徳』と申します」
「ほう、これはこれは。荊州では有名な伏龍と劉備殿の養子殿ですな。我が屋敷によくぞお越し下さいました。歓迎致しますぞ」
大げさに両手を広げて歓待の意を表す周瑜。
そして俺達の前に座る。
その所作一つ一つがまた無駄のない動きだ。
相当出来るなこの人。
それにしてもあんまり緊張しないな?
見た目が女性に見えるから別な感じで緊張するけど。
「では、先程の子敬の質問に御答え願おうか?」
「分かりました。御答え致しましょう」
そこからは孔明、周瑜、魯粛の三人の論戦が始まった。
俺はと言うと、全く相手にして貰えなかった。
グス、泣くぞこの野郎!
俺だけのけ者にしやがって!
しかし話してる内容は正史や演義を知っていれば答えられる内容ばかり。
大して珍しい事を話している訳ではない。
有る意味では退屈な場だと言える。
孔明が劉備の志を説き、周瑜が曹操軍の強さを聞き、魯粛が荊州で見聞きした事を話している。
白熱する三人の口論とは裏腹に俺は一人隣で鳴っている音楽を楽しんでいた。
「孝徳殿。貴方はどう思われますか?」
うん、何?
突然周瑜が俺に話を振ってきた。
「え、えっと。あの、その」
俺は隣の孔明に耳打ちして周瑜の質問内容を聞いた。
『曹操に勝てるのかどうかを聞いたのです』
なんだ、そんな事か。それなら簡単だ。
「ごほん。曹操は荊州の兵を吸収してその兵力は三十万ぐらいだと思われます。対してこちらは我が軍二万、孫呉がおそらく八万ほどかと推測します。もっとも実数はもっと少ないと思いますが、兵の数では圧倒的に曹操が有利です。ですが曹操軍は混成軍でその統制は難しく、また、慣れない船戦にどれほどの脅威がありましょうか? それに北方の人が南方の風土に慣れるのに日数が掛かりましょう。おそらく病に倒れる者が多いと思われます。後は決戦の地を選び、陸は我が軍、江は孫呉の軍で連携すれば勝てましょう。曹操軍など恐れる必要はありません」
おっと、ちょっと調子に乗ってしゃべり過ぎたかな?
「な、なるほど。孝徳殿の見識の深さには恐れ入るばかりです。どうかその見識を我が主の前で披露して頂きたい」
あ、あれ?
「これで我が主を説得出来ましょう。それにしてもさすがは劉備殿の養子に成られるだけの事は御座いますな」
えっと、魯粛、さん?
「私も我が主に無理を言って連れてきた甲斐が有りました。これで同盟はおろか戦の道筋も立ちましたな。ははは」
何を笑ってるんだよ、孔明!
「では急ぎ謁見の場を整えますので。しからばごめん」
あっ、待って周瑜さん!
「今日は良き酒が飲めそうですよ。ははは」
「それは良かった。ははは」
何を二人とも笑ってるんだ。
ま、まずい。俺の役目は護衛であって論客の役目ではないのに。
なんでこうなったんだ!
二人が笑っている間、俺は頭を抱えていて、屋敷には笑い声と雅な音が鳴り響いていた。
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