第十九話 魯粛との会談
曹操軍の追撃を振り切った俺達は劉備達の待つ夏口に来ていた。
夏口は江夏よりも東に有り荊州と揚州の境にある土地だ。
なぜこの地に居るのかと言われると……
「劉備殿。我ら孫呉との同盟を!。出来ぬので有れば曹操に殺されるよりも、我らに滅ぼされるが先になるのみです」
こんな過激な事を言っているのは孫権の配下魯粛である。
俺達が命からがら逃げてきたのを知ってやって来たのだ。
いや、本当はもっと早くに接触してきていた。
魯粛は俺達が襄陽から逃げ出していた時には既に使者を派遣していたのだ。
魯粛はこの時歳は三十の半ばくらいだったと思う。
顔は自信に満ちて目はギラギラしている。
こいつもイケメンだな。
髪はちょっと天然パーマになっているのか、冠からはみ出している髪が癖毛で笑える。
俺はそれを見て笑いを堪えていたが、会談の内容を聞いて行くうちに顔が青くなった。
夏口には城が無く天幕を張って重臣一同で魯粛を迎えていた。
中央に居る劉備に魯粛が熱心に同盟の理を説いている。
結論は既に出ているが直ぐに応じると足下を見られる。
なるべく劉備軍を高く買って貰わないと意味がないのだ。
ないのだが、魯粛の上からの提案に関羽と張飛は爆発寸前だ。
関羽は顔を真っ赤にして、張飛は虎髭がビンビンになっている。
両者とも魯粛を射殺さんばかりに睨んでいる。
そんな二人の殺気は隣席している俺達も感じていた。
そんな露骨な殺気を魯粛は感じている筈なのに全く意に介していないようだ。
もっとも劉備が関羽達を目で牽制しているので二人は暴発出来ないし、それを魯粛は見抜いている。
そして、その魯粛の言いたい放題の言葉を受けた劉備は怒る訳でもなくただ聞き流しているようだ。
そんな事は言われなくても分かっていると言うような余裕の態度を貫く劉備。
かっこい〜
大将というのはあんな風にドンと構えるもんなんだな、と感心していたら劉備が孔明に何かを促すような視線を向けていた。
すると孔明は。
「我が主に代わりまして私が御答え致しましょう」
魯粛の提案に孔明が答える。
今日の孔明は綸巾を被り羽扇を持っている。
武候祠で見た像とそっくりの格好だ。
あれが孔明の正装ようだ。
これからはこの格好のままなのかな?
「我らはこれから南下して長沙に居る呉巨殿を頼る所存。孫呉との盟を結ぶ必要は有りませぬ」
長沙は俺(劉封)の故郷だ。
呉巨はそこの守備を任されている武将に過ぎない。
本当は俺の実家で有る寇氏を頼る事になる筈だ。
でも寇氏は長沙の仮の支配者なんだよ。
長沙を支配しているのは長沙王劉氏なんだ。
そして驚きの事実が有る。
俺の姓は寇氏ではなくて本当は劉氏なんだ!
史実では俺は長沙の有力者寇氏の生まれで母が長沙王劉氏の出身と成っている。
でも実際は逆なんだ。
俺の父が劉氏で母が寇氏なんだ。
何で史実と逆に成っているのか分からないが、この世界ではそうなっているのだ。
だから俺(劉封)は堂々と劉氏を名乗れるのだ。
しかも劉備と違って長沙王劉氏は名門中の名門だ。
血筋で言えば劉備よりも俺の方が今の皇帝に近い。
俺が劉備の後継者に選ばれた理由の一つがこの血筋なのだろう。
この後漢時代では養子は同じ姓の人間しか取らないというルールが有る。
しかし、史実の劉封(俺)は劉備とは姓が違うのに養子になった。
ルール違反をしてまで養子を取る必要はない筈なのだ。
でも俺が劉氏で有れば話は違ってくる。
俺は寇氏からの養子という形で劉備の養子になった。
本当の姓は劉氏なのにだ。
これはおそらく劉備の面子の問題なのかも知れないし、俺の知らない大人の事情が絡んでいるのだろう。
本当のところは分からない。でも、俺(劉封)の記憶が戻れば真実が分かるかもしれない。
「呉巨を頼られても直ぐに曹操に追われる事になるだけですぞ!」
「では、その後は交趾の士燮殿を頼る事に致しましょう」
「士燮は我ら孫呉に呑み込まれるだけです。その時はあなた方はどうなりましょうや?」
「そうですな。では……」
その後ものらりくらりと孔明は魯粛の論を交わしていた。
要は孫権の世話にはならないよと言いたいらしい。
これでは話の着地点が見えない。
しかし魯粛の論が止まった時を見計らって孔明が反撃する。
「先程から魯粛殿は孫呉と結ぶべしと言われますが、それは本当に孫権殿が望んでいる事でしょうか。我らと盟を結びたいのは魯粛殿の御一存では有りますまいな?」
「そ、それは……」
あ、図星なのか?
「そもそも孫呉の臣の中で貴方の名前を聞き及んだ事が御座いませぬ。貴方の言葉は孫権殿の下に届きましょうか?」
魯粛ってこの時はまだ有名じゃないのか?
「ごほん。我が孫呉の窮状を申し上げれば、既に態勢は曹操への恭順が占めております。ですが私はまだ勝ち目が有ると思っております」
「それが我が主との盟ですか?」
「左様です。荊州の民数十万が劉備殿に寄せる思い。それは曹操に対抗するに十分な物です。何卒我ら、いえ。私の提言をお聞き届け頂きたい!」
おっと、内情を知っている俺でもこれは無茶な相談だ。
でもこれに乗らないと劉備が浮上する目はない。
どうする。ここで俺が出ても良いものなのか?
それとも傍観するか?
「魯粛殿。貴方の言は分かった。貴方の言葉には信が有る。私は貴方の言葉に乗るとしよう」
「劉備殿!」
「孔明、魯粛殿と共に孫権殿に会い盟を結んでくるのだ。良いな?」
「はは、我が主のお望みのままに」
でしゃばる必要は無かったな。
まあ、ここでの俺の出番は全くないからな。
後は流れに身を任せれば何の心配もない。
赤壁での勝利は約束されている。
その後の行動を考えないとな。
でも今はゆっくりと休みたい。
肉体的にも精神的にも疲れている。
早く床に向かいたい。
魯粛は顔に笑みを浮かべながら天幕を出ていった。
よし、これでお開きだ。
「では孔明。頼むぞ」
「はい、お任せを。ところで私の護衛ですが」
「うむ。誰がよい」
「では、趙雲殿と…… 劉封殿をお願い致します」
「は?」
あっと、いかん! 思わず間抜けな声を出してしまった。
それに声を出した事で注目を集めてしまった。
は、恥ずかしい。
「分かった。では子龍に孝徳、孔明を頼むぞ」
「は、お任せあれ」
「え、あ。は、はい」
俺は趙雲と同じように拱手して答えた。
なんで俺なんだよ!
趙雲はともかく俺を選んでどうするんだよ!
ここは陳到が適任じゃないのか?
それか、関平だろ!
はぁ、嫌だなあ~。
何が嫌だって敵地に乗り込むんだよ。
それも孔明と一緒ってのが不安だ。
いやまて、矢面に立つのは孔明だ!
俺じゃない。俺は孔明の後ろに控えていればいい。
それに趙雲が一緒なんだ。
何も恐れる必要はないよな。
うん、大丈夫大丈夫。何も心配する事はない。
建安十三年 夏
劉備 孔明を使者とし 孫権の下に向かわす
護衛として 趙雲 劉封が帯同す
これにて一章は終了です
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