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第十三話 張飛無双

 劉備に囮役を命じられた俺は長坂の坂道をゆっくりと歩んでいた。


 長坂とはその名の通りで、緩やかに続いている長い長い坂道を指している。

 既に劉備達は先行して長坂の橋を渡っているようだが、俺達は民の足に合わせて歩を進めている為に橋まではまだたどり着いていない。

 心の中は焦りでいっぱいだった。


「橋を渡った後はどうなさいますか?」


「民を解散させてそのどさくさに紛れて俺達も散り散りに逃げようと思うけど。駄目かな?」


 徐庶の問に答えて、ハッとする。

 これでは行き当たりばったりじゃないか!

 こんな時に劉封の記憶が甦れば、どうやってこの戦いで生き残ったのか分かると言うのに。


「それだとどうやって再び集まれば良いのか分からないね」


 ぐはっ!正にその通りです。

 関平の言葉の刃が俺を貫く。

 結構関平も容赦ないんだよね。


「民の中に紛れてしまえば良いのでは? その後何処かで再び集まるのです。それか直接劉備様の下に向かうかすれば宜しかろうと存ずるが」


 それだ! 陳到さん良いことおっしゃる!


「それでは民を巻き沿いにしてしまいますな。民に匿って貰うと言うのは悪く有りませんが、それは曹操軍を追い払った後が宜しいと思いますが」


 徐庶の言う通りだ。

 俺達が民の中に居ると知れると民に犠牲が出る。

 それは避けないと行けない。


「そうだね。民に犠牲を出すのは避けないとな。父上もそれは望んでは居ない。後、合流する場所は決まっている」


「それは何処です? 江陵ではないのですか?」


「ここで追い付かれている時点で、江陵に向かうのは無理ですな。劉備様とは江夏、或いは夏口で落ち合う予定です」


 陳到の問いに俺に代わって徐庶が答えてくれた。


「何れにせよ。長坂を越えなければ始まらないさ」


 俺の言葉でその場は締めくくった。


 そして俺達が進まない民の行列を見ながら坂道を歩んでいた頃、殿の張飛はとんでもない目に会っていた。


 ※※※※※※


「おうおうおう。こりゃあ絶景じぁあねえか!」


 張飛の目の前には大勢の人の群れが出来ていた。

 だがそれは荊州の避難民ではない。

 張飛の目の前に居るのは曹操軍であった。


「益徳殿、まだ増えております」


「そうか。こんだけの兵に囲まれるのはいつ以来だっけな?」


「私は存じませぬ」


 張飛の問に真顔で答える廖化。


「おう、そうだ! 確かあれは袁紹(えんしょう)んところに居た時だったか。でもありゃあ味方で囲まれてたっけなあ~」


「そうですか」


「おうよ。しかし誰が率いていやがんだ。ちょっとは顔を見せやがれってんだ!」


 張飛は廖化と話ながらも近づいてくる曹操軍の警戒を怠らなかった。

 そんな張飛の姿を遠方で見ている者がいた。


「ふぅ、張飛が居るとは。てっきり奴は劉備の近くに居ると思ったんだがな」


(とん)将軍。このままで宜しいのですか? 見れば奴らは数百と見えます。数では我らが遥かに勝っておりますれば、本隊が来る前に追い払えるのでは有りませんか?」


 夏候惇(かこうとん)は副官の言葉に何を言っていると言う顔をした。


「お前はあれと殺り合えと言うのか? 俺はごめんだ。あれとまともに殺り合うつもりは毛頭ないぞ」


「しかしこのままでは」


 副官の言葉を手を差し出して遮る夏候惇。


「このままで良い訳ではないが、せめて民が離れるまではこのままだ。威嚇するだけで民は萎縮する。そうすれば民も奴らから離れるだろう。それから兵を出しても良いだろう」


 夏候惇としては無駄な犠牲を出すつもりはない。

 既に数千の兵が迂回して江陵に向かっているのだ。

 ここで張飛に突っ掛かって虎を怒らせる必要はない。

 夏候惇はそう思っていた。

 しかし、そうは思わない者も居る。


「将軍。軍を動かすべきです」


 夏候惇が声のするほうを振り返ると、そこには賈詡(かく)がいた。


「おい。それは無茶な相談だな。虎に餌をやるようなもんだ。止めておけ」


「遠巻きに兵を動かし民を威圧し、張飛から民を引き離すのです。そして一斉に掛かれば如何な豪傑でも一溜まりも有りますまい」


「それは典韋(てんい)の事を言っているのか?」


「そ、それは……」


 典韋は賈詡が曹操を謀殺しようとして亡くなった豪傑である。

 夏候惇の中には賈詡に対するわだかまりは既になかったが、思わず口に出してしまったのだ。


 賈詡の発言を退けた夏候惇ではあるが、彼もまた不満がない訳ではなかった。

 そして彼の配下もそれは感じてはいたが、我慢していた。

 しかし我慢しきれなかった者達も居る。


 それは夏候惇よりも遅れてやってきた者達だ。

 彼らは手柄を立てる好機と思い兵を動かした。

 彼らは何よりも手柄を立てたかった。

 なぜなら彼らは元劉表の配下の者達であったからだ。


 そして目の前の張飛達を見て侮ったのだ。


 彼らは張飛の噂を知っていても彼が戦っていたところを見た事がないので、噂の信憑性を疑っていた。

 噂には尾ひれが付く。

 だから彼らは張飛の噂は誇張された物だと思ったのだ。

 しかしそれは間違いだ。


 噂はただの噂だ。だがそれは誇張された噂ではない。


『万の軍勢を相手に出来る武を持つ者』


「がははは、がははは。もっとだ。もっと掛かってこい!!」


 張飛に襲い掛かった者達はその原型を留めていなかった。

 張飛はその手に持つ矛を振り回し素手で殴り、馬に踏ませた。

 そして辺り一面至るところに骸が転がっていた。


 一時は数の優位で楽観的な考えであった将もここで退いては後がないと感じて兵に激を飛ばす。


「くっ、怯むな!掛かれい!」


 オ、オオオォォー!


 将の命に怯えていた兵達が意を決して立ち向かう。


 張飛はジリジリと下がりながらそれらの相手をした。


 長坂は緩い坂道では有るが道幅はそれほど広くない。それでも張飛一人では全ての兵を相手にする事は出来ない。張飛の脇を避けた兵達が居るのは自然な事だ。

 そして張飛を避けた者達は廖化達が相手にしたが、張飛を避けた兵達が一人二人とあっては楽な戦いであった。


 それを見ていた夏候惇は後続が続かないように注意するしかなかったが、その必要も無かった。

 張飛の周りの惨状を見れば、誰が好き好んで地獄に向かおうと言うのか?

 彼らは張飛を遠巻きに見ているしか無かったのだ。

 そしてこの惨状を生み出した劉表配下の者達は張飛によって、そこらに転がる骸と化していた。


「強いな。以前よりももっと強くなっている。子孝が殺られるわけだ」


 曹仁はまだ死んでない。


 そして、日が落ち始めていた。


「惇将軍。張飛の後ろに橋が見えます」


 夕日を背にした張飛の後ろに橋が見えた曹操軍は、橋向こうに軍勢が居る事を確認した。


「どうやらここで迎え撃つつもりか?」


 長坂の戦いはまだまだ続く。


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