第百七話 決着
孔明の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。
李厳の証言に皆が驚いていた。
「孔明は劉将軍のみならず、玄徳様も一緒に葬ると言っておりました」
「だ、黙れ!」
「後は阿斗様を担ぎ上げるだけだとも」
「何をバカな事を!こやつの言うことは嘘です。私がそのような事を言う筈がありません!」
李厳の言葉に慌てて反論する孔明。
これほど慌てる孔明の姿は初めてだ。
李厳の言葉がでたらめとも思えない。
実際、俺達の居ないところでそんな事を言っていたのではないか?
「孔明。ここまでだな」
「な、何を!こやつを信じるのか!私ではなくこやつを!」
場が完全に白けている。
孔明が何か言えば言うほど、周りが哀れな者を見ている感じがする。
「ぶふ、ぶははは。こりゃ~良い見世もんだ。ぶはははは」
「確かに、哀れですね」
益徳は笑いすぎだ。子龍もはっきり言い過ぎ。
でも、もっと言ってやりなさい!
「き、貴様ら!」
笑われた孔明は二人を睨むが、睨まれた二人は気にしていない。
それどころか。
「もう良いだろう孝徳。とっとと終わらせろ」
「そうですな。これ以上は聞くに堪えません」
二人が俺に孔明に引導を渡せと言う。
まぁおれもこれ以上は聞いていたくないし、見たくもない。
孔明派閥の連中も何か諦めたような顔をしているし、これまでだな。
俺が劉巴を見ると、劉巴が首を縦に振る。
「連れていけ」
「ま、待て!こやつの証言だけで私を裁くのか!私が殺害を命じた証拠はないのだぞ!こやつの証言だけでは不十分で有ろうが!そうではないか許靖殿!」
孔明派閥の重鎮で有る許靖に助けを求める孔明。
無駄な足掻きを。
「然り。この件、蜀科に照らし合わせれば、孔明を裁くにはまだ足りん!」
はん、おまえも泥舟に乗りたいのか許靖よ?
孔明と一緒にお前も牢屋に入れてやろうか?
許靖は名の知れた名士だ。
だが、ただそれだけだ。
劉備に足りない名声を許靖が持っていたので、彼を重用したのだが正直に言えば、こいつは居ても居なくてもどうでも良い人材だった。
仕事もろくにせずに、腐れ儒者のように正論の言葉を吐くだけ、それが為になるのなら良いのだが、そんな事は全くない。
俺は前世も今も許靖が嫌いだ!
この場で許靖もどうにか出来ないだろうか?
俺が許靖を睨んでいたら、劉巴が孔明の前に出た。
「証拠なら有る」
「ふん、そうだろう。証拠など有りは…… は? 有るのか!?」
え、有るの!?
劉巴の答えに許靖が狼狽えるが、他の連中も同じだ。
もちろん俺も驚いた!
「そんな筈はない!そんな物は有りはしない!」
孔明が必死に否定すると劉巴はニヤリと笑って懐から竹簡を取り出す。
「建安十七年 我が君に献策致し事、以下の如く……」
劉巴が読み上げる竹簡は、これまで孔明が俺に対して行っていた数々の妨害行動と、排除の為の謀を事細かく書いてある物だった。
「バカな、そんなバカな、でたらめだ!それは証拠ではない。でっち上げに過ぎん!」
孔明が否定すると、劉巴は読むのを止めて竹簡を孔明に見せる。
「これ、は、まさか。そんな物、を。う、う~」
孔明は目を見開きそれを見ると、踞り声無き声を出していた。
「それを見せよ!」
「どうぞ」
許靖は劉巴から竹簡を乱暴に奪い取ると、それに目を通す。
「そうか、そうなのか。は、は、ははは」
力ない笑いを出した後に許靖は膝をついた。
「子初?」
俺には分からない事だらけだ。
「二人を連れていけ」
孔明と許靖の二人が衛兵に連れて行かれる。
そして、孔明が徐庶の前を通った時、二人は何か話をしたように見えた。
「負けたよ。元直」
「馬鹿者め!」
俺のところまでは二人の声は届かなかった。
その後、広間には俺と劉巴、法正に陸遜、そして徐庶が残った。
「証拠が有ったなら、最初から出せよ子初!」
「切り札は最後まで残しておくものだ」
何が切り札だよ!
「証拠の竹簡にも驚きましたが、いつの間に李厳殿を味方に付けたのですか?何度か話をしましたが全く駄目だったのに……」
そうだよ! 李厳はどうやったんだよ!
「李厳は私が説得(脅迫)しました」
自信満々に答える法正。
おい、何か違う言葉が聞こえたぞ!
「後学までに、孝直殿の手腕をお教え願いたいのですが?」
止めて陸遜!お前はそれ以上黒くならないで!
「なに、李厳は実は小心者なのですよ。ですから自らの地位、もしくは命が危ぶまれれば……」
ああ、そう言う事ね。
確かに李厳は保身にかけてはピカ一だからな。
まぁ、それが原因で史実では庶民に落とされたけどな。
「なるほど、なるほど。勉強になります」
お願いだから法正に似ないでね陸遜。
「李厳の事はもういい! それよりもあの竹簡はどうやったんだ!」
あの竹簡を見て孔明と許靖は諦めたんだよな。
あれはどうやったんだ?
「あれは、……私が用意した」
元直。
「孔明はよく記録を残す。ほんの些細な事を漏らさず書き残すのだ。そして、それを保管している。誰にも知られないように……」
「誰も知らないなら見つけようがないのでは?それとも元直殿には場所を教えていたのですか?」
陸遜の問いは最もだ。
隠して有るの物をどうやって見つけたんだ?
「あれは私が書いた物だ。孔明ならこう書くだろうと思ってな。昔はよく二人で話し合い、それを記録したものだ。天を安んじる。漢の未来を語ってな」
あの竹簡は徐庶の贋作なのか!?
「するとあれは偽物? ですが孔明と許靖はあれを本物だと思った、のですか?」
孔明ならあれが偽物だと思ってもおかしくない筈だ。
なのにどうして?
「許靖はともかく、孔明は分かっていたかも知れん。分かっていて受け入れたのだ。あれにはそう言うところがある」
変にプライドが高いもんな孔明は。
「もうそれくらいで良いだろう。それよりもあの者達の処分だがな」
劉巴が手を叩いて場を仕切る。
これって俺の仕事じゃないかな?
「主犯の孔明は当然、処刑ですな。そしてそれに加担した楊儀、孟獲も同様」
まぁ、そうなるわな。
「許靖はどうするのです?」
「庶民に落とす。あれは今回の事には関わってはいないが、そのままと言う訳にはいかん」
陸遜の問いに劉巴は即座に答える。
「見せしめ、ですか?」
法正が劉巴を見て問う。
「これ以上は必要ない。残った者達には今以上に働いて貰わねば困る」
そうだよな。
これ以上味方を減らすのは得策じゃないもんな。
じゃないと劉巴と法正が過労死してしまうかも知れないしな。
「それで良いな。孝徳?」
「これで終わりだよな、子初?」
俺はこれ以上、身内の犠牲を出したくない。
だから劉巴に念押しする。
「ああ、これで終わりだ。いや、違うな。始まりだ。これから始まるのだ。天下を統べる戦いがな?」
ああ、そうだな。
これで前だけを見て戦える。
これからだ!
「天下を統べる。そうだな。俺とお前達となら出来る筈だ。いや、必ずやり遂げるぞ!」
「「「はは」」」
これから劉封の、俺の本当の戦いが始まるんだ!
薄暗い牢に押し込められた孔明。
彼は数日後には処刑される事が決まっていた。
そんな彼にある人物が面会に来ていた。
「来たか」
「孔明」
「元直」
孔明と徐庶。
二人は何を話すのか?
次で最後 ……多分
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