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第百五話 敗戦の責任

 建安二十二年 春


 五丈原の戦いの決着はついた。


 蜀の負けである。


 ただの負けではない。

 全軍の三分の一を失う大敗。

 さらに張飛、趙雲、馬超らは負傷し、劉備は危うく殺されそうになり敗走する事になった。


 蜀軍は正に最悪と言う状態ではあったが、同時にそれらを吹き飛ばす吉報もあった。


 劉封の生還である。


 そして劉封の生還と同時に、魏延が夏候淵を討つと言う大功を上げた事が伝わると蜀の将兵は湧いた。

 その報は暗く沈んだ蜀軍に光を与える報せであった。


 そして蜀軍は一部の兵を五丈原に残して大部分は漢中まで退いた。



 一方で、夏候淵を失った曹操は蜀軍を追撃する事をしなかった。

 それは魏軍の兵糧が尽きた為である。

 そんな状態でも魏軍の将兵の多くは夏候淵の敵を討つ事を主張したが、曹操が首を縦に振る事はなかった。


 曹操は夏候淵を失った衝撃に加えて、劉封の存在を重く受け止めていた。


「ああ、劉備が、玄徳が羨ましい。あれが居る限り、我が息子達ではあれに勝てはしないだろう。残念だ」


 曹操のらしくない言葉を聞いた賈詡は彼を励ますように声をかける。


「公。如何に劉封が有能であろうと公のご子息があれに負けているとは思えませぬ。それにそもそも我が漢があの賊徒に負ける筈が有りませぬ。再度兵を上げて賊徒を打ち破りましょうぞ!」


「文和よ。子桓(しかん)(曹丕(そうひ))にあれほどの兵を統べる事が出来ようか?子建(しけん)(曹植(そうしょく))にあれほどの謀才が有ろうか?子文(しぶん)(曹彰(そうしょう))にあれほどの剛勇が有ろうか? とても奴に敵うとは思えぬ。益州を得るのはあれが死んだ後になるだろう」


 曹操の嘆息を吐く姿を見て賈詡は思う。


 夏候淵を失った事で気弱に成られておられる。以前の覇気溢れる姿ではない。


 魏軍の、曹操の足は長安に向かい、またその背は多くの将兵達に小さい背がさらに小さく見えたと言われた。




 ※※※※※※



 漢中に戻った俺は劉備に兵の全権を与えられた。


 俺に与えられた使命は蜀軍の再建である。


 そして同時に論功行賞を行うように言われた。


「俺が行って良いのですか?」


「私はもう疲れた。後はお前に託そうと思う。思うようにやると良い」


 事実上の引退宣言であり、俺が公式に後継に選ばれた瞬間でもあった。


 劉備は漢中に戻るまでに大分老けて見えた。

 心労が酷いのだろう。

 曹操と決着を着けると意気込んでいたあの頃の姿とは、比べられないほど元気がない。


「分かりました。お任せください」


 俺がそう言うと劉備は満足した笑みを浮かべて私室に向かった。



 そして、大広間に皆を集めてから俺の主導で論功行賞が行われる。


 俺は玉座に座り左右に家臣達が並んでいるのを見渡した。

 そこには俺を支えてくれた面々が満面の笑みを浮かべている。

 それを見て俺も少し頬が緩んだ。


「ううん。うん!」


 あっ、一人だけ笑ってなかった。


「では、先の戦いでの皆の功に報いたいと思う。劉巴よ。頼む」


 一人笑ってなかった劉巴は俺の前に出て来て巻物を広げると読み上げる。

 この論功行賞の場を整えたのは成都に残っていた劉巴だ。


 まず、宛の援軍に駆けつけた関羽と、上庸にて于禁を討ち取った関平の功が読み上げられた。


 それを聞いた皆は驚いた。


 実は関羽や関平の事を皆はこの時まで知らなかったのだ。


 さらに上庸の戦いで戦死した呉蘭の事が告げられると皆衝撃を受けていた。


 呉蘭の死は前もって知っていたが改めて聞かされると彼を思って思わず涙が出てしまった。


 そして劉巴は次々と先の戦いの報告を続ける。


 それは淡々としていて機械的であったが、周りはその報告に喜んだり悲しんだりしていた。


「関羽将軍にはそのまま荊州南郡都督を任せ、関平殿には魏興郡上庸郡を任せる事とする。また、涼州刺史に黄権将軍を都督は馬超将軍とする。さらに雍州刺史に呉懿将軍を都督は魏延殿とする」


 魏延が都督に任命されると場がどよめいた。


 魏延は夏候淵を討ったと言う大功がある。

 都督に任命されてもおかしくはないだろう。

 でも最前線を任せても大丈夫だろうか?


 そこで劉巴が魏延に問う。


「魏延殿に問う。その方は雍州の守備を如何にするのか?」


 すると魏延は胸を張って答えた。


「曹操が天下の兵を挙げて攻め寄せて来たならば、我が君のためにこれを防ぎ、曹操配下の将軍が10万の兵でやって来るならば、これを破りましょう。我が全霊を持って我が君の期待に応えまする」


 それを聞いた皆が魏延の言葉に感じ入ったように見えた。


 俺もその返事を聞いて少し安心したが、ちょっと不安にも思った。

 魏延の武を疑う訳ではないが、調子に乗ると思わぬしっぺ返しを受ける事もある。俺のようにな。

 だからそうならないように魏延の副将や参謀には誰を付けるべきか、よく考えておこう。


 後、黄権、呉懿の抜擢は順当と言えた。


 黄権は五丈原では冷静な判断を下して兵の損失を最小限に食い止め、後続の馬謖を劉備の救援に向かわせている。その為、彼は白だ。

 あいつの謀略に関わっていなかった。


 呉懿は馬超の後続として軍を進めて張郃を牽制して、その軍を釘付けにしていた。

 張郃の軍が伏兵に加わっていたら、被害はもっと大きかったに違いない。

 彼の働きは目立たないがその功は大きいと言える。


 馬超は涼州のスターなので彼を外す事は出来ない。

 しかし今の彼は負傷して動けないので当分の間は大人しくして傷を癒して貰いたい。

 彼にはまだまだ働いて欲しいからな。


 そしてそして、まさかまさか関平が于禁を討つ大功を上げるとは思わなかった。


 本来なら二郡統治どころか、もっと上の褒賞を与えるべきではあるのだが、ひとまずは今与えられる物を与える事にしておく。


 本当は直接会って功を労いたいけどな。


 だが、再会する日は近いだろう。



 そして、論功行賞の結果は……


 涼州には黄権を置き、さらに彼には馬超の手綱を任せる。呉懿は雍州半分の統治を任せて防衛は魏延に任せる。

 荊州の要所は関親子が睨みを効かせている。


 これでひとまずは大丈夫。


 そして五丈原の東、武功と言う地に駐屯地を作り、魏軍の襲来に備える事とした。

 長安とは目と鼻の先ほどの近さだが、これより西の地に兵を置ける場所はない。

 五丈原は防衛に向いている土地とは言えないし、それにあそこは縁起が悪い。


 あそこには二度と兵を置くものかと思っている。


 再度の侵攻の為の布石を打ったところで、最後に残ったのは、奴の敗戦の責任問題と俺と劉備に対する謀反の容疑を裁く事であった。


「孔明をここに」


 俺がそう言うと兵に囲まれた状態で孔明が現れた。


 その顔は不安を感じておらず、むしろ自信に満ちていた。


「臣亮、参りました」


 孔明が礼をすると、張飛が『ちっ』と舌打ちする。

 張飛には前もって決して口を出さない。手を出さないと約束させている。


 でも、暴走したら止める気はないけどね。


「孔明よ。これよりお前の責任を問う事とする」


 劉巴がそう言うと孔明は不思議そうな顔をして答えた。


「責任ですと?」


「そうだ。責任だ。その方は先の戦いにおいて全軍の指揮を任された。ここでその責任を問う。正直に答えよ。よいな」


 劉巴は冷静に、しかし強い口調で先の戦いにおける孔明の失策を述べた。


 第一に、魏軍の伏兵の存在を予測出来なかった事。


 第二に、魏軍の伏兵に対して有効な手段を取らなかった事。


 第三に、劉備の後続として渭水を直ちに渡らなかった事。


 最後に俺と劉備の謀殺疑惑である。


 これらの失策をついて孔明には敗戦の責任を取って貰う事にした。


 劉巴が上記の事を言い終えると孔明は不敵に笑って反論した。


「魏軍の伏兵については我が君に注意するように何度も忠告しました。さらに趙雲殿、黄権殿にも同様に忠告しております。それは如何に?」


「張飛殿には忠告しなかったようだが?」


「それは張飛殿に言っても私の言を信用するとは思わなかったのです。その為に趙雲殿に張飛殿の支援を頼んだのです」


「では我が君を助ける為、渭水を直ぐに渡らなかったのは?」


「後続として万全の体制を整えて進軍する予定でした。しかし、我らが渭水を渡る前に全て終わっておりました。間に合わなかった事に関しては責任を感じておりますが、如何に私でも全てを予測出きる訳では有りませぬ」


 劉巴の厳しい追及に孔明はのらりくらりと交わしていた。


 それを聞いていてイライラしてきた。


 それに孔明の態度が気に入らない。


 なんであんなに堂々としてやがる?

 俺はお前が何を考えているのか分からない。

 もしかして自分は無罪だとでも思っているのか?


 それとも開き直っているのかこいつは?


「では、劉将軍を謀殺しようとした事に対しては?」


「私はそんな事をした覚えはない」


 はっきりと否定しやがった!


「孔明、お前はー!!」


 俺は思わず立ち上がって声を出してしまった。

 劉巴からは決して感情的になるなと言われていたが、我慢できなかった。

 しかし、劉巴が俺を睨んだ為に俺は玉座に座り直した。


 くそ、何でだよ!


「証人をこれに」


 劉巴は俺が座り直したのを見て、証人である孟獲を呼び出す。


 さぁ、これで言い訳は出来まい。


 俺は孔明を睨みつけた。


 しかし、孔明はやはり冷静なままだった。


真っ黒孔明は開き直る

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