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第百三話 その名は……

お待たせしました

 建案二十二年 春


 曹魏に対する三つの同時進行作戦のうち、淮南郡合肥は失敗に終わり、南陽郡宛は陥落し、残る戦場は一つ。


 五丈原の戦いは終わりを迎えていた。


 その終わりは蜀にとって最悪の形になろうとしていた。


 先行した張飛と趙雲は魏軍に囲まれ、後続の黄権、馬謖も伏兵にあって足を止められ、そして、劉備は曹操の放った矢、夏候淵の強襲を受けていた。


 その頃、後方に居た孔明は……


「ふふふ。そろそろですかね」


 渭水の川を前に劉備襲撃の報を今か今かと待っていた。


 そう、孔明は曹操の襲撃を予想していたのだ。


 孔明は最初から曹操の退却が自分達、ひいては劉備を誘い出す罠だと看破していた。

 そして曹操の罠と分かっていながら劉備達を送り出したのだ。


「張飛と趙雲は生きて戻れるでしょう。黄権も薄々感じていた筈、馬謖は間に合う筈もない。そして私はここに居る。誰も劉備を助けられない。さぁ、早く報せに来るのです。手遅れだと言う報せを……」


 曹操の罠は孔明の罠で有ったのだ。


 だが、孔明は忘れている。


 いや、気付いていなかった。


 彼らの存在を。


 法正と陸遜の存在を。




「死ねえー! 劉備!」


 夏候淵は標的を劉備一人に狙い定めて直進していた。

 劉備を守る親衛隊がそれに気付いて慌てて劉備の前に壁を作るも、夏候淵はそれを物ともせずに突き進む。


「どけ、邪魔をするな!」


「防げ、防げー!」「これ以上近寄らせるな!」


 必死で劉備を守る親衛隊、それに対して夏候淵と共に付いて来た魏軍の兵、その両者が激突する。


「玄徳公、御下がり下さい。早く!」


「わ、分かった」


 劉備は親衛隊に守られながら慌てて退却しようとするも、それを見逃す夏候淵ではなかった。


「劉備が逃げるぞ!回り込め!」


「「はは」」


 夏候淵の指示に後方に居た部隊が直ぐに反応する。

 逃げる劉備の後方に回り込む魏軍。


 劉備は退路を絶たれた。



「こ、孔明はまだ来ないのか?」


「軍師の部隊はまだ渡河しておりません」


 劉備は襲撃されると同時に孔明に救援要請を出していた。

 しかし、孔明はまだ渭水の前に待機している。

 孔明が渭水を渡る頃には全て終わっている事になる。


 すなわち劉備の死である。


「益徳は? 子龍はどうした? 黄権、黄権はなぜ来ない! 馬謖は何をしている!」


 劉備は少しパニックを起こしていた。


 絶対に安全だと思い込んでいたところに突然の襲撃、しかも相手は夏候淵。

 援軍は未だ現れず、後退しようにも出来ずにいる。

 落ち着けと言うほうが難しいだろう。


「ははは、耳長。さぁ、終わりだ!」


 夏候淵が弓を構え矢をつがえて弦を引き絞る。


 夏候淵は弓の名手である。


 多少の距離は有るものの、的を外す事は有り得ない。


「死ね!」


 夏候淵の矢が放たれると劉備の前に居た親衛隊の一人に当たり倒れる。


「く、外したか。だが、これで」


 夏候淵は再び弓矢を用いる。


 そして今度こそはと狙いを定める。



 一方の劉備は親衛隊が倒れたのを見て、次は自分だと意識する。


 すると今までパニックを起こしていたのが嘘のように頭が冷えて冴え初める。

 劉備はだてに修羅場を潜り抜けて来た訳ではない。

 こんな危ない状況は今まで何度となく有った。

 劉備にとってこれが当たり前の状況なのだ。


「かかってこい、夏候淵!」


 劉備は馬上で腰にさして有った剣をするりと抜いて構える。


 その覇気は往年の物で有り、王者の風格を思わせる。


 それを感じ取った夏候淵はゴクリと喉を鳴らす。


「この矢で仕止めてくれん!」


 夏候淵の矢が放たれる。


 真っ直ぐ劉備に向かって飛んで来る矢。


 それを劉備は剣で弾く。


 しかし、矢は弾かれてものの肩を掠めていた。


 劉備の肩から血が滴り落ちる。


 せめてもの救いは負傷したのが利き腕の右ではなく、左で有った事だろうか。


 だが、負傷した劉備は不適に笑った。


「ふふふ。こうして手傷を負うのは何年ぶりか? いや、もう十年以上なかったな。だが、戦いはこうでなくてはな!」


 俄然やる気を見せる劉備。


 怪我しておかしくなったのか?


 それとも何かおかしなスイッチが入ったのだろうか?


 劉備の変わりように親衛隊も困惑していた。

 しかし彼らは彼らの務めを果たそうとする。


「御下がり下さい、玄徳公!」


「ここは我らにお任せを!」


 再び劉備の前に壁を作る親衛隊。


 それに対して夏候淵は必殺の矢を弾かれた事で直接手を下す事に切り替えた。


「どけ、どけえいー!」


 劉備に近づく夏候淵。


 劉備の周りは彼を守る親衛隊と夏候淵の部隊が入り乱れての乱戦模様に成っていた。


 そして戦況は夏候淵に有利に働いていた。


 数は蜀軍が多かったが、劉備と親衛隊が孤立してしまい、さらに夏候淵の部隊が劉備の部隊を前後から挟み撃ちにしている為に後手に回ってしまう。



 そしてとうとう夏候淵が劉備の前にやって来てしまう。


「劉備!」「夏候淵!」


 夏候淵は馬上にて大刀を大上段から振り下ろす。

 それを劉備は両手で剣を持って受け止める。

 ギリギリと上から覆い被さるように力を込める夏候淵に劉備は堪えきれずに落馬してしまう。

 そして、つられるように夏候淵も馬から落ちてしまう。


 二人は同時に立ち上がりそれぞれ構える。


 ジリジリと距離を縮める夏候淵。


 それに対して劉備は堂々と構えて待ち構える。


「これで終わりだ、劉備!」


「それを決めるのはお前ではないぞ、夏候淵!」


 迫る夏候淵に構える劉備。


 二人が激突する正にその時!


「ちょっと待ったー!」


「は?」「何だ?」


 二人が声のする方を見ると大勢の兵と一人馬上の男が居た。


 その男は劉備の見知っている人物であった。


「ま、まさか!?」


「誰だ貴様はー!」


 吠える夏候淵に男は答える。


「我が名は劉封 字は孝徳 劉備 玄徳が長子にてその後継者なり」


 堂々と名乗りを上げたのは上庸で亡くなった筈の劉封だった。


「こ、孝徳!」


「遅くなりました父上!今、お助けします!」


 劉備に駆け寄ろうとする劉封に対して夏候淵が立ちはだかる。


「貴様が劉封か!死んだと聞いたが生きていたか。なら、もう一度死ぬがいい!」


 劉備から劉封に狙いを変えた夏候淵。


 夏候淵は馬上の劉封に対して臆する事なく向かっていく。


「ま、待て夏候淵!」


「ははは。劉備、貴様の目の前で息子を殺してやる。その後は貴様の番だ!」


 夏候淵は劉備に振り向く事なく劉封と対峙する。

 その姿に危険を感じた劉備は劉封に向かって叫ぶ。


「孝徳。止めろ!来るな!」


 そんな劉備の叫びに劉封はニヤリと笑った。

 その顔を見た劉備は驚き、夏候淵は侮りと感じた。


 夏候淵は歴戦の勇士で自らの手で数多の敵将を葬ってきた。

 その彼からしたら劉封は無鉄砲な若造だ。

 相手の力量も知らない若造に侮られたと感じた夏候淵は激怒する。


「この若造が!死ねぃー!」


「お前がな」


 劉封はそう言うと右に逸れる。

 そしてその後ろには弩兵が勢揃いしていた。


「なっ!」


「放てー!」


 後方に控えていた王平の号令の下、一斉に矢が放たれる。


 夏候淵に向かって飛んで行く矢の数は多くはない。

 なぜなら夏候淵の後方には劉備が居るため、大量の矢を放てばその矢が劉備に当たるかもしれなかったからだ。

 しかし、夏候淵は突然の事で、飛んで来る矢を避けきれず幾つかの矢を受けてしまう。


「ぐ、抜かった」


 矢を受けて倒れそうになる夏候淵だったが、大刀を地面に刺してそれを支えにしてかろうじて倒れるのを防いだ。


 だが、その隙を逃さなかった者が居る。


「貰ったー!」


 劉封率いる兵の中から飛び出した魏延が夏候淵に止めを刺す。


「この、俺が、こんな、馬鹿な」


「夏候淵討ち取ったりー!」


「魏延が夏候淵を討ち取ったぞー!」「敵将を討ち取ったぞー!」


 魏延が夏候淵を討ち取ったのを見て兵達が連呼する。


「それ、掃討しろー!」


「この魏延が相手するぞー!我と思う者は掛かってこいやー!」


 王平、魏延が残りの魏軍の掃討を始める。

 しかし、夏候淵を討ち取られた魏軍は直ぐに逃走する。

 その魏軍の逃走を見て王平、魏延は深追いする事はなかった。



 こうして劉備の危機は去ったので有った。


 兵達の歓声が聞こえる中、親子が対面を果たす。


「ただいま戻りました父上。大丈夫ですか?」


「この、馬鹿者が」


 二人は笑って抱き合った。


真打ち登場!


誤字、脱字、感想等有りましたら宜しくお願い致します


応援宜しくお願いします

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