第百二話 関の脅威
劉備と曹操が雍州五丈原で戦っていた頃、他の戦場では……
淮南郡合肥を攻めていた孫権は……
「お、お逃げくだされいー! 殿~」
「また来たぞー!」
「張遼だ! 張遼が来たー!」
魏軍張遼 文遠の猛威に晒されていた。
張遼は呉軍が合肥を包囲する前に打って出た。
その数、わずか八百。
張遼は闇夜に紛れて呉軍陣地の深くまで侵入し、朝方に奇襲を決行する。
これに呉軍は大いに混乱し、牙門旗(大将旗)を奪われる失態を犯す。
後に呉軍は旗を奪い返し、さらに張遼を包囲するもこれを突破される。
しかし、張遼の部下の多くが包囲されたままで有った。
彼はそれを知ると再び包囲陣の中に突撃して部下を救いだす。
張遼の武は呉軍を圧倒したのだ。
だが、孫権もやられっぱなしではない。
張遼に襲われた事を些事と捉え、悠々と行軍して合肥を包囲してこれを攻めた。
その数、十万。
しかし、実態は八万にも満たない数である。
対する合肥に籠る魏軍は数千しか居なかった。
そして孫権は合肥を包囲する事僅か十日で撤退した。
その撤退理由は疫病が蔓延した為と有る。
十日である。
わずか十日。
劉備と曹操が三ヶ月近く戦っていたのに対して、孫権は合肥攻めをわずか十日で見切りを着けたのだ。
何しに来たんだこの男は?
疫病が十日で蔓延する軍隊っておかしくない?
そして撤退する呉軍に再び張遼が襲い掛かる。
「げぇ、張遼だ!張遼が来たぞー!」
呉軍は張の旗を見ただけで逃げ出す者が続出する。
孫権は凌統に殿を任せて逃走。
凌統は孫権の期待に応えて張遼の追撃を食い止めた。
凌統の部下三百人は全員死亡し、本人も重傷を負うも撤退に成功する。
この無様な呉軍の逃走振りに魏軍の多くは張遼の武の凄さよと彼を褒め称えた。
そして張遼に名を成さしめた孫権はこれを笑って流した。
だが、内心は腸が煮え繰り返る思いである。
孫権は凌統の奮戦振りを称賛し『魏軍に張遼有るも我が軍には凌統有り』と内外に喧伝した。
負け惜しみである。
孫権が合肥で張遼に負けた頃、荊州北部の宛を攻めていた周瑜はこれを攻め落としていた。
宛を守っていたのは魏軍の宿将曹仁である。
曹仁は周瑜の猛攻によく耐えた。
攻め寄せる呉軍周瑜の兵数四万に対して、魏軍曹仁は二万。
倍する敵に終始余裕を見せていた曹仁ではあったが、周瑜の巧みな用兵に翻弄されて兵の数を損う。
さらに周瑜はこの宛攻めを用意周到に準備していた。
大量の攻城兵器を用意した周瑜はこれを使い宛を攻める。
さらにさらに周瑜には奥の手が有った。
「そ、曹将軍。あ、あれを」
「何だ。どうした?」
兵の指差す先を見て曹仁は絶句する。
「か、関羽だ。関羽が来たぞー!」
「関羽だと? 駄目だ。もう駄目だ~」
関の旗を見た魏軍の兵達は絶望した。
関羽。
魏軍の中で関羽の名前を知らぬ者は居ない。
そしてその強さもまた、有名だ。
「曹仁よ。投降しろ」
関羽は尊大に曹仁に降伏勧告する。
「く、関羽。貴様に降伏して堪るかー!」
曹仁はよく戦ったが、関羽の姿を見た兵達は戦意を喪失していた。
曹仁は最早籠城しても勝てぬと判断すると兵を纏めて宛より撤退する。
周瑜はこれを追わなかった。
関羽の援軍を得て周瑜は宛を落とした。
「関羽殿。援軍感謝します」
「周瑜殿には借りが有る。それを返しに来たのみ」
周瑜の感謝の言葉に対して、関羽は素っ気なかった。
それを見ていた呉の将は関羽を睨むも彼は気にしなかったし、周瑜も気にしなかった。
「これから上庸に向かうのですか?」
「そうだな。しかし、もう終わっているだろうがな」
関羽の視線は上庸を向き、その顔には笑みが見えた。
それを見た周瑜もまた笑みを溢す。
「では、武運を」
「うむ」
あくまで真摯に対応する周瑜に対して素っ気ない関羽。
関羽は決して呉を信用してはいない。
それを知っている周瑜。
火種は徐々に育ちつつ有った。
上庸の戦いは魏軍が城を落とすのに後一歩まで来ていた。
「于禁殿。そろそろかと」
「ふぅ、手間取ったな」
于禁と趙儼は攻め立てる上庸の城壁を見ていた。
朱霊を中心に魏軍は上庸を包囲して四方より攻め、既に三ヶ月余り。
蜀軍はよく持ち堪えたと言って良いだろう。
しかし、それも終わろうとしていた。
上庸守備を任されていた彭羕は城を放棄する事を決めていた。
「負傷兵は残す。ここを放棄した後、魏軍に降伏するようにな」
動かせない負傷兵は残すしかなかった。
「陳到殿には囮になってもらう。その間に本隊は撤退する。張翼、君が先頭だ」
「はは」
次々と指示を出す彭羕に皆が従っていた。
この籠城戦において彭羕は皆の信頼を勝ち取っていたのだ。
「間に合わなかったな。ちきしょうめ。もっとやり様が有った筈なんだがなぁ~。はぁ、仕方ないか。これもあれも上手く行くなんて虫が良すぎるか。すんません大将。期待に応えれずに」
彭羕の中には守り切れる自信が有ったが、上手く兵を用いる事が出来なかった。
籠城当初は各将が指示に従わない事が有り苦戦したが、日が経つにつれそれも無くなっていった。
しかし、初めの躓きが後々まで響いていた。
それが彼の誤算であった。
彭羕が指示を出し終わると城の外で、魏軍の怒声が聞こえて来た。
「いよいよか」
彭羕が覚悟を決めたその時、伝令が彼の下にやって来る。
その顔は満面の笑みを浮かべていた。
「援軍です! 関の旗が見えます。関将軍です!関羽殿が来てくれました!」
「はぁ、遅いよ。でも、良かった」
彭羕はホッとため息を漏らすが直ぐに真顔になり、伝令に指示を出す。
「外の援軍と呼応する。打って出るぞ!」
「はは」
魏軍本陣では于禁が苦い笑みを浮かべていた。
「時間が掛かり過ぎたな。関羽がやって来る前に終わらせたかった」
「于禁殿。如何に関羽でもこの包囲は崩せますまい。心配には及びませぬ」
趙儼の進言に于禁は首を横に振って否定する。
「関羽の名は我が軍では有名過ぎる。公が誉め過ぎたのが原因だが、それでもな。奴の武は一人で戦場をひっくり返すかも知れぬ。私が向かうしか在るまい。趙儼よ、本陣を頼むぞ」
「分かりました。お任せを」
于禁は兵を率いて関の旗の前に居る将の前に立つ。
その将を見て于禁は笑った。
「ははは、関羽が来たのかと思ったが違ったか。虎の威を借りて我らを謀るとはな。中々の知恵者よ。一応名を聞いておこうか?」
于禁には明らかに驕りがあった。
「我は関雲長が長子、名は関平 字は定国なり」
「関羽の息子か」
于禁は関平の名を聞いて落胆した。
「私は名乗った。そちらも名乗れよ」
「ふん、貴様に名乗る名前はないわ!」
于禁は関平に名乗る事なく向かって行く。
「無礼な」
関平の手に持つ矛に力が篭る。
関平も一騎、前に出て于禁を迎え撃つ。
于禁と関平が交差する。
于禁が振り返り笑みを浮かべる。
関平は肩に傷を負っていた。
「見事だ」
于禁はそう言うと倒れた。
「敵将、この関平が討ち取ったりー!」
「敵将討ち取ったりー!」「関定国殿が討ち取ったりー!」
関平が于禁を討ち取ると荊州兵がこれを連呼する。
于禁を討ち取られた魏軍は浮き足立ち、それに止めを差すべく関平は兵を動かす。
「私に続けえいー!」
おおぉぉー!
上庸の戦いは関平の活躍に寄って見事逆転。
蜀軍の勝利に終わった。
関平の字は定国としました。
明日は外伝を更新します。
別作品と成りますのでご注意を。
来年も劉封を宜しくお願い致しますm(__)m