第百話 五丈原の戦い 後編
百話到達です。皆様の応援でここまで来ました。
ありがとうございます。
建安二十二年 春
後に五丈原の戦いと言われる戦いは、攻める曹操に対して守備に徹する劉備と言う、攻守逆転した展開になっていた。
本来なら長安を目指して進軍していた劉備率いる蜀軍が攻め、その蜀軍を撃退する為に長安を発した曹操率いる魏軍が守ると言うのが普通だ。
しかし、実際は五丈原の高台の陣地に籠る蜀軍に対して、渭水を背にして攻める魏軍の姿があった。
曹操は当初、各将達に指揮を任せて静観していたが、陣地に籠る蜀軍を攻める魏軍が尽く撃退された事でイライラが募っていた。
「ええい。出てこんのか劉備は」
「夏候将軍に徐将軍が挑発を繰り返しておりますが出てきません」
伝令から報告を受けた曹操は冷静を装っていたが口からは焦りが漏れていた。
曹操は蜀軍に対して挑発行為を繰り返し、陣地から出て来るように仕向けるが、それに乗るようなマヌケは蜀軍には居なかった。
「張飛なら出て来ると思ったのだがな」
「確かに。しかし出て来ませんな。よく抑えが効いております。如何しますか、公?」
賈詡の問いに顎を撫でながら考える曹操。
参謀で有る賈詡は曹操から問われるまでは助言しない。
賈詡もまた曹操がどのような策を用いるのか、楽しみにしているのだ。
その為、悩む曹操を見て賈詡の顔は笑みを浮かべていた。
そして、曹操はいつも賈詡の思い付かない策を捻り出すのだ。
「ふむ、そろそろか」
「公?」
「孔明とやらの考え等お見通しよ。奴は古来の戦をなぞるのみ。籠るだけでは戦に勝てぬ。ならば」
「別の軍、ですか?」
「そうだ。しかし、劉備ならばその手を使わぬだろうがな」
「公は劉備の事なら何でも知っているのですな?」
「奴もそうだ。ははは」
曹操は笑った。
その曹操を見て賈詡は苦笑する。
曹操は劉備を認めている。
そして劉備もまた曹操を認めている。
この二人が同じ道を歩んでいれば、どのような未来が見えたであろうかと賈詡は夢想せずには要られなかった。
「では、お任せ願えますか」
「既に張郃を向かわせている」
賈詡はゴクリと唾を飲み込む。
これだ。これこそ曹孟徳よ。
賈詡の思惑のさらに上を行く男。
それが曹孟徳なのだ。
賈詡の胸は熱く鼓動していた。
「つまらぬ戦よ」
賈詡が熱くなっているのに対して曹操は冷めていた。
先ほどまでは焦っていた筈なのに、相手の思惑が自分の思考の先を行っていないと分かると、冷静さを取り戻していた。
全ては曹操の思惑通りの展開であった。
「孟起殿。ここを抜ければ着きますぞ」
「待っていろ曹操。この手で必ず」
先行する馬岱から報告を受けた馬超は槍を持つ手に自然と力が入る。
馬超は羌族の協力を受け三万の兵を率いて、南安、安定を通り、遠回りで魏軍の背後を突くように孔明の命を受けていた。
孔明は曹操の注意を自分達に引き付けて置いて、雍州を知り尽くしている馬超にその背後を突かせる策を取ったのだ。
これは南糸の戦いで劉封達が取った策の更にスケールアップした物だ。
そしてその策は半ば成功した。
馬超は魏軍の背後に回る事が出来たが、その眼前には張郃率いる魏軍の姿があった。
「馬鹿な? この辺りに魏軍の姿は無かった筈だぞ!」
馬超の驚きは当然であった。
そもそもここまで来るのに魏軍の抵抗を全く受けておらず、馬超の軍の存在は魏軍には分からなかった筈なのだ。
それなのに……
「またか。また曹操か!」
「孟起殿。ここは兵を退くべきです。向こうは我らを待ち構えている様子。このまま向かっては」
「黙れ!」
龐徳の進言に馬超は耳を貸さなかった。
馬超に有るのは曹操に対する怒りだけだ。
「この程度の兵でこの馬超を止められると思ったか! 我に続けえぃー!」
「孟起殿!」
龐徳が馬超を止めるが彼は軍の先頭に立って魏軍に突っ込んだ。
「ええい仕方なし。我らも続くぞ!」
馬超の突撃に続く蜀軍。
しかしそれは無謀な行いであった。
「愚かな」
張郃は静かに呟いた。
馬超は曹操憎しの思いから周りが見えて居なかった。
馬超率いる蜀軍は張郃の敷いた包囲陣に突っ込み壊滅した。
馬超は重傷を負ったが龐徳と馬岱に助けられて兵を退くことが出来た。
「くそ、くそ、くそー! 俺は親兄弟の敵も討てないのか! 曹操ー!」
馬超の無念な叫びを龐徳と馬岱が沈痛な思いで聞いていた。
「申し上げます。張将軍が馬超率いる軍勢を撃退致しました」
「そうか」
伝令の報告を聞いた曹操であったがそれほど興味を持って居なかった。
曹操にとってその報告は予測通りであったからだ。
だから驚くほどの事ではなかった。
「して、馬超はどうした?」
しかし参謀である賈詡は違う。
馬超は生きていればしつこく曹操を狙う。
それを知っている賈詡は馬超がどうなったか気になっていた。
「馬超は手傷は負ったようですが、逃げ延びたそうです」
「生きているのか。厄介な」
賈詡は馬超を討ち漏らした事を残念に思った。
馬超ほどの猛将を討ち取る機会は少ない。
その少ない機会を逃したのだ。
「放っておけ」
「公!」
しかし、狙われる曹操は馬超をそれほどの脅威だとは思って居なかった。
「馬超に興味等無い。それよりも」
「劉備ですか?」
曹操はフッと笑う。
それを見て賈詡は思う。
馬超に狙われる事を何とも思わないのに、劉備には最大限の注意を払っている。
馬超よりは劉備。
その考えに賈詡は反発する。
「劉備よりも馬超です。張将軍にはこのまま馬超を追わせて仕留めるべきです!」
「文和」
曹操が賈詡を睨む。
普通の者なら曹操に睨まれてはその場に立っては居れない。
しかし、賈詡は曹操に睨まれても動じない。
賈詡は逆に曹操を睨み返す。
「馬超は危険です!この機会を逃すべきでは有りません。直ぐに追撃を!」
「追えば儁乂が危ない。分かるだろう?」
困った奴だと言う顔で曹操は賈詡を見る。
「まさか?」
「我なら馬超に後続を付ける。あれは前しか見ないからな。追えばその後続に殺られる可能性も有る。そんな危険は容認出来んよ。文和よ。お前でも読み違える事が有るのだな。ははは」
この曹操の読みは当たっていた。
騎兵ばかりの馬超の後方には歩兵を中心にした呉懿の軍勢が続いていた。
もし、張郃が馬超を追撃していたら呉懿とぶつかった筈だ。
勝敗は分からないが双方にそれなりの被害が出ていただろう。
「ですが公よ。このままでは」
「ふむ。そうだな」
賈詡は馬超を破り、そのままの勢いで安定郡を平定し、戦局の打開を図るべきと考えた。
しかしそれは曹操に否定された。
曹操は雍州を取り返すのは簡単だと思っている。
今、無理をして張郃を失うのを恐れたのだ。
だが、このまま蜀軍と睨みあって居ては要られない事情が魏軍には有った。
兵糧の残りが少なくなっているのだ。
戦局は魏軍に有利では有ったが、曹操は決断を迫られていた。
「申し上げます。魏軍が動きました」
蜀軍本陣に伝令が飛び込んできた。
「どちらに動きましたか?」
孔明の問いに伝令は答える。
「東です」
待ちに待ったこの報告に劉備は満面の笑みを浮かべる。
「そうか」
「我が君。直ぐに追撃を」
「うむ」
孔明の問いに劉備は力強く頷く。
「全軍に伝令。撤退する魏軍を追撃する!」
孔明の命を受けて伝令が各陣所に向かう。
劉備は遂に曹操に勝てると確信した。
そしてその劉備の姿を見て孔明も笑みを浮かべた。
百話記念と一万ポイント達成記念で外伝を年始に御届けします。
誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします
応援よろしくお願いします