第九十八話 英雄二人
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建安二十二年 春
雍州 五丈原の地にて劉備と曹操が対峙していた。
蜀軍 十万
大将 劉備
将軍 張飛 趙雲 馬超 黄権 霍峻
武将 馮習 張南 馬岱 龐徳 馬謖 厳顔
軍師 諸葛亮 法正 陸遜
劉備軍にはこの他後方の天水に呉懿、安定に張衛、南安に李厳が居る。
魏軍 十八万
大将 曹操
将軍 夏候淵 曹洪 張郃 徐晃
武将 曹休 曹真 張既 成公英 郭淮 杜襲
軍師 賈詡
護衛 許褚
蜀軍十万に対して魏軍十八万。
数では圧倒的に曹操が優位ではあったが、地形的には劉備が優位である。
蜀軍は五丈原の高台に布陣し、対する魏軍は渭水北岸に布陣している。
魏軍が蜀軍を攻めるには渭水を渡り、さらに高台に向けて進軍しなければならず、そうなると蜀軍は魏軍の進軍ルートを見極めて容易に対処出来る。
しかし、蜀軍もまた魏軍を容易に攻める事は出来ない布陣でもある。
これは持久戦を見越しての布陣である。
この蜀軍の布陣は守勢を得意とする孔明の策を入れた布陣であった。
史実において孔明は自ら攻めると言う事はほとんどなく、主に敵を挑発して自分達に有利な地形に誘い出してから撃退する戦法を取っていた。
これは戦の主導権を常に握っていたと言う事でもある。
では、今回の戦場での主導権は誰が握っているのか?
それは劉備達蜀軍である。
戦で重要なのは主導権がどちらにあるのかと言う事だ。
しかし、攻める蜀軍は攻勢に出られない。
それは魏軍の方が圧倒的に兵数が多く、しかも率いるのはあの曹操である。
どのような策を立てても、曹操の前では無意味かも知れないのだ。
攻めるに攻められない蜀軍に対して、魏軍はどうか?
こちらは早めに決着を着けたいと思っていた。
その原因は兵糧の少なさに有った。
魏軍が動かせる兵数は最大で五十万近い。
その五十万の中から常に動員で出来るのは四十万ぐらいで、その半数を各地の最前線に回している。
残りの二十万は主力として曹操自ら動かすのである。
そして、四十万人の兵を動かすには大量の兵糧が必要だ。
最前線に備蓄されている兵糧はあるが、それだけでは足りない。
大量の兵達を養うには大量の兵糧が必要で、それを最前線に運ぶのに必要なのは『牛車』だ。
史実での魏軍の遠征は、主に収穫の終わった秋から冬にかけてが多い。
これは大量の牛車を使えるのは、収穫を終えた秋冬シーズンしか無いからだ。そして今は春である。使える牛車の数が限られて、輸送される兵糧の量が日々少なくなっているのだ。
故に魏軍は兵糧に不安がある。
このまま長期戦になれば魏軍は撤退する他、手はないのだ。
そして曹操はこの状況を打開する為に動く。
「会見、ですと?」
「そうだ。曹操は私と会って話がしたいらしい」
法正の問に劉備は答える。
「今さら曹操と会って、何を話すってんだ!そんな事する必要はねえだろうが」
「益徳殿の言われる通りです。私は会見には反対です」
荒れる張飛に冷静な趙雲。
「曹操の狙いは何でしょうか?」
「おそらくは決戦の日時を告げる為でしょうな? もしくは和睦もあり得るかも知れません」
霍峻の問に黄権が答える。
「黄権殿の言われる通りでしょう。魏軍の兵糧の残りは少ないと見るべきです。曹操の取る手段は二つ。決戦か、和睦か。この二つの選択しか有りますまい」
「……」
孔明の説明に無言で頷く陸遜。
「私は曹操と会おうと思う」
「待ってくれ兄者! 本気か?」
「私は反対です。このまま時が過ぎれば補給が続かない魏軍は必ず撤退します。そしてこの地より西を確実に我が軍の領土とすべきです!」
張飛は吠えて、先ほどまで無言だった陸遜は劉備を強く諌める。
「私は会うべきだと思います」
「孔明。てめえ~」
孔明を睨む張飛。
張飛は本心は戦いたかった。
五丈原に陣を敷いた時に劉備は孔明の策を採用して持久策を取った。
その後曹操がやって来た時、張飛は劉封を殺した曹操を前にして、今にも飛び出そうとした。
しかし、張飛は先の夏候淵を討ち取る策に失敗していたので自重し、それに法正や陸遜に強く止められて思い止まったのだ。
それなのに孔明は劉備に曹操に会うように薦めている。
張飛は孔明に掴みかかろうとした。
「益徳。止めろ。私は曹操に会う。これは決定だ」
劉備の静かな、それでいて力強い声に張飛の動きは止まった。そして恨めしそうに劉備を見る張飛。
「しかしよう~」
「心配ならお前も来い」
「おう。分かったぜ!曹操は俺がぶっ殺してやる」
はぁ、皆のため息が聞こえた。
渭水に浮かぶ二艘の船上で因縁の二人は出会う。
二人の後方には互いの家臣が控えていたが、その距離は遠い。
二人が会うのはおよそ二十年ぶりの事であった。
「久しいな。玄徳」
「お前もな。孟徳」
字で呼び合う程の仲である二人。
いつからか彼らの心の距離は遠く離れた。
それでも二人は顔を合わせると笑顔であった。
「覚えているか。我が邸で語り合った時の事を?」
「覚えている。英雄がどうのと言っていたな」
「そうだ。あの時我は英雄と呼べるのは我と貴様だと言った。お前は雷に驚いたふりをしたが、やはり貴様は英雄だったな」
「ふ、ふははは」
「はははは」
劉備が笑うと曹操もつられて笑った。
「玄徳。お前が去った後、お前が側に居ればと何度思ったか。お前に分かるか!」
「そ、そうなのか?」
「そうだ! お前が側に居れば我がこれほど苦労する事も無かったのだ。なぜ、我の側を離れた!答えろ!」
劉備はキョトンとした顔をしたが直ぐに真顔になった。
「俺はお前が恐ろしかった」
「恐ろしい? 我がか?」
「そうだ。あの頃の俺は何も持っていなかった。なのにお前は俺を迎え入れた。そしてお前は俺を遇してくれた。それも過分な程に! 俺はお前に厚遇を受ける度に恐ろしかったよ。俺はお前や皆が言うような英雄じゃないのにな。なのにお前は……」
劉備の言葉を聞いて曹操は驚いていた。
「そうか。だが我はお前が怖かったぞ。お前はただそこに居るだけなのに人が集まり、彼らはお前を助ける。我には考えられない事だった。だから我はお前を欲した。お前の仁徳が欲しかったのだ!」
劉備と曹操はお互いを見た。
「お前が俺を必要だとは思わなかったな」
「我も良かれと思った事が裏目に出るとはな」
「「はははは」」
「玄徳よ。今一度機会を与える。我に降り、我の下に来い!」
「断る!」
「変わらんか?」
「当たり前だ。お前は俺を知っているだろう?」
「そうだったな。お前は信念を曲げる男ではなかったな。だが、お前も我を知っているだろう?」
「ああ、しつこいからな。お前は」
「「はははは」」
「楽しかったぞ。劉備」
「俺もだ。曹操」
劉備と曹操は別れた。
お互いがお互いを理解していた。
決して歩み寄る事はないと。
しかし、話をしたかった。
これが最後になると分かっていたから。
同じ時代に数多の群雄が集い、そして最後に残ったのがこの二人。
劉備と曹操。
最後に残るのはただ一人。
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