銀河の皿
強くてじょうぶな「黒い皿」を作るおとこの陶芸家と、美しいがもろい「白い皿」を作るおんなの陶芸家のお話。
むかしむかしあるところに、一人のおとこの陶芸家がいました。
陶芸家とは、粘土をこねて窯で焼き、皿やつぼを作る人のことです。
おとこは毎日毎日、黒い土をこねては、真っ黒な皿をたくさん作っていました。
じょうぶで割れにくいということで、村の人々はもちろん、遠くの街の人たちもその皿をたくさん買っていました。
ある日の事。
村に若いおんながやってきました。
おんなは大きな荷物を背負っていました。
村人たちが「その荷物の中身はなんだい」とたずねると、おんなはそこから白い皿をとりだしました。
「まあ、なんてきれいなお皿でしょう」
それはまるで夜空に浮かぶお月さまのように、うつくしい皿でした。
表面がつるっとなめらかになっていて、太陽の下で見るときらきらと輝いてみえるのです。
いままでおとこの作った黒い、ごつごつした皿しか使ったことのない村人たちは、みなその皿を買いもとめました。
おとこの陶芸家のもとに、おんなの皿の評判が届いたのはその日のうちでした。
おとこは自分の皿に自信を持っていたので、気にせず黒い皿を作りつづけました。
またしばらくして、おんなが村にやってきました。
ですが、村人たちはみな怒っていました。おんなはびっくりして聞きました。
「どうしたのですか? みなさん、なぜ怒っているのですか?」
村人たちは言いました。
「なぜだって? これを見ろ。あんたから買った皿だが、使ってたらすぐに割れちまった。きれいで美しいが、こんなにすぐに壊れちまうんじゃどうしようもない」
「そうだそうだ。あのおとこの陶芸家が作ったものなら、こんなことにはならない」
そう言って、村人たちはくちぐちに割れた皿を持って文句を言いはじめました。
おんなは村人たちにていねいにあやまりました。
「ごめんなさい。いただいたお代はお返しします。ですからどうか、その人のことを教えてください。その人に会って、わたしとその人の作り方がどう違うのか見てみたいのです」
村人たちは、おとこの陶芸家の家をおんなに教えてやりました。
おとこは、村はずれの山のふもとに住んでいました。
「ごめんください。誰かいませんか?」
おんながおとこの家に向かって声をかけると、中から声がしました。
「なんだ。今おれは手が離せない。用があるならあとにしてくれ」
おんなは申し訳なさそうに、言いました。
「お忙しいところすみません。あなたが強くてじょうぶなお皿を作っていると聞いたのです。どうかそのお皿を作っているところを見せてください」
おんなが何度も頼みこむと、ようやくおとこは家から出てきました。
「お前が村でうわさになっていた、おんなの陶芸家か。どれ、どんなものを作っているのか見せてみろ」
おんなは自分の作った白い皿を差し出すと、おとこはそれをしげしげとながめました。
「なるほどな。おまえはこのように薄い皿が作れるのかもしれないが、じっさい使うとなると簡単に壊れてしまうだろう」
「あなたのお皿はどのようなものなのですか」
「おれの皿か? ちょっと待っていろ」
おとこはそう言って、家の中から黒い皿を持ってきました。
おとこの皿はおんなの皿とくらべると分厚くて、しっかりしたものでした。
「この皿はこの山でとれた黒い土を使っている。この土を使うと、これ以上は薄くできない。だからこんな形になっている。そのかわり、とてもじょうぶだ。おまえはいったいどんな土を使っているんだ」
「わたしは、わたしの村でとれた白い土を使っています。薄くして焼いても割れないのでこのような形にしていたのですが、見た目のことばかり気にして、使う人のことまでは考えていませんでした」
おんなはしゅんとして自分の皿を見つめていました。
けれど、何かを思い直したのか、顔をあげて男に言います。
「あの、お願いします。しばらくここにいさせてくださいませんか? あなたのもとで、もう一度さいしょから勉強し直したいのです」
急にそんなことを言いだしたので、おとこはとてもあわてました。
はじめは断る気でいました。けれど、おんながとても真剣に頼むので、少しの間だけならとゆるすことにしました。
そうして、おんなはおとこのもとで修業をすることになりました。
おんなはおとこと一緒に、黒い皿をたくさんつくっていきました。
おとこの作る皿は、おんなの作る皿ほどうつくしくはありませんでしたが、長持ちするので誰からも好かれていました。
「ちょっと曲がっていたりするが、そんなところも味がある」
売りに行く先々で、そんな言葉がかけられていました。
おんなは、皿が、まるでおとこそのもののようだと思いました。
不器用だが、芯が強くまじめな人間である。
おんなは一緒に生活するうちに、だんだんこのおとこのことが好きになっていきました。
ある日のこと。
おとこは山にまきを取りに行きました。枯れ木を斧で倒し、小さく割っていくのです。
まきは、窯で皿を焼くときにたくさん必要になります。
夢中になってまきを作っていると、いつのまにかお昼になっていました。
おとこは切株に腰をおろして、おんなに作ってもらった握り飯を食べることにしました。
「ああ、うまい。なんてうまい握り飯だ」
おとこは料理がからっきしでした。
いつも村人からもらった野菜や、獣の肉、木の実などを食べていたのです。
白米など高価でとても手に入らず、またじっさいに炊いたこともありませんでした。それでも、おんなと二人がかりで皿を作るようになって、ようやく米を買えるほどまでになったのです。
おとこはしみじみと思いました。
「ああ、おんなが来てくれて良かった」
家に戻ると、おんなは一人でせっせと皿を作っていました。
「おかえりなさい。まきはたくさんとれましたか?」
笑顔でそう言うおんなに、おとこは言いました。
「もう、ここへ来て長いが、おまえはいつ帰るんだ? もとの村に待っている者もいるだろう」
おんなは少し考えると言いました。
「そんな人などいません。どうして急にそんなことを言うんですか?」
「おまえは俺のもとでよく学び、よく働いた。もう、ここの黒い土でなくとも、おまえの白い土でもじょうぶな皿を作ることができるだろう。だから、もう修業は終わりだ。元の村に帰れ」
おとこがそう言うと、おんなは悲しい顔になりました。
「わかりました。あなたがそう言うのなら、そうします。今までいろいろ教えていただいて、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
おんなはそう言うと、おとこのもとを去っていきました。
おとこはあまり見目がよくありませんでした。
それゆえ、うつくしい顔のおんなを、一緒に住むようになってからじっと見るようになっていました。
また、おんなとともにいた時間はとても楽しく、幸せでした。
おいしい料理を作ってくれ、話し相手にもなってくれ、仕事も一緒にしてくれました。
けれど、修業が終わったらそれまでです。
終わった後のことはどうなるかわかりませんでした。
その間だけの約束だったからです。
おとこはそれが怖く、そのため自分から終わりを告げました。
おとこはいつしか、おんなのことを好きになっていたのです。
でも、おんなはうつくしすぎて、あの白い皿のように触れたら壊してしまいそうで、それ以上近づくことができませんでした。
「自分よりも、あのおんなにふさわしいものはきっといる」
そう思ったおとこは、おんなと離れることにしたのです。
しかし、おんなのいなくなった家はとても寂しいものでした。
おとこは来る日も来る日も、おんなとおんなの白い皿のことを考え続けていました。
ある日のこと。
遠くの村へ黒い皿を売りに行ったおとこは、あのおんなの陶芸家とまた出会いました。
今度はおとこに教わった通り、割れにくいじょうぶな皿を売っていました。
おとこはおんなの皿を見て言いました。
「とてもよくできている。おれの教えた通りだ」
色と形は微妙に違っていましたが、おとこはとても満足そうでした。
「おひとついかがですか?」
笑顔でそう言われて、おとこは言いました。
「では、ひとつもらおう」
「お皿だけではなく、わたしもひとつもらってはいただけませんか」
その言葉に、おとこはおんなも自分を好きでいたことを知りました。
やがて、おとことおんなは夫婦になりました。
白い皿と黒い皿を二人は作り続け、やがてそのあたりでは有名な陶芸家夫婦となりました。
何年かはしあわせな日々が続きました。
けれど、それもやがて終わりがやってきました。
おんなが急に病に倒れたのです。
おとこは必死で看病しましたが、そのかいもなく、おんなはだんだん弱っていきました。
死の間際、おんなは最後にこう言いました。
「とても幸せな人生でした。夫婦にしていただいてありがとうございます。でも、ひとつだけ。わたしの白い皿とあなたの黒い皿、いつか同じひとつの皿にしてください。わたしたちには、こどもができませんでした。だから、せめてそれだけは叶えてもらいたいのです」
「わかった。かならずそうしてみせる」
おとこがそう約束すると、おんなは安心したように息をひきとりました。
それから何年もかけて、おとこはおんなの遺言を守るべく、皿を作り続けました。
しかし、白い土と黒い土の相性は悪く、いっしょに混ぜて焼いても途中で割れてしまい、いっこうに完成しません。
おとこは困り果てました。
「どうしたらいいんだ。このままではあいつの願いを叶えられない」
夜空を見上げて、おとこは嘆き悲しみました。
そのとき、一条の光が空を横切りました。流星です。
まるでおんながおとこを励ましているように見えました。
おとこはもう一度頑張ることにしました。
今度はいっしょに土をこねるのではなく、黒い土で皿を作ったら、その上に白い土で作ったうわぐすりをかけることにしました。
そうして焼き上げてみると、とてもすばらしい皿ができあがったのです。
黒い皿に白い土の粒子が無数に散らばって、まるで夜空にあまたの星々がきらめくような、そんな模様が浮かび上がりました。
おとこはそれを「銀河の皿」と名付けることにしました。
おとこがいつしか見た星空のような皿は、やがて都までその評判が伝わり、とても高価な値段で取り扱われるようになりました。