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増幅使いの這い上がり  作者: aaa168(スリーエー)
『機灰の孤島』編
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メリークリスマス!

「……」


よくやった、助かった……そんな言葉を樹にかけようと振り返った時。


樹の表情は、とてもじゃないが良い表情ではなかった。


……そういえば、初めて命を殺めたのか。


鹿、さらには機械の見た目とはいえ、これは生命だ。


自身の持つ魔法で、その生命を亡きモノにした……その現実が、樹を苦しめているんだろう。


戦闘していて興奮状態の時はそれ程でもないんだが、終わった後に『それ』は容赦なく襲って来る。


俺はもうすっかり慣れたが、樹は初めてで。


心が繊細な程、そのダメージは大きいはず……樹が心配だ。


「樹」


こんな時、俺はどう声をかけたら良いか分からなかった。


『気にするな』、『大丈夫だ』なんて、軽い言葉をかければかえって樹を傷つけてしまう。


敵に攻撃魔法を扱う上では必ず起こりうる事。


その攻撃を頼んだのは俺だ、俺が何とかしてあげないといけないのに。


……俺は、樹のように回復魔法を持っていないせいで、何もしてやれない。


「……い、行こうか」


このまま立ち止まったままでは辛いだろうと思い、俺は樹に声をかける。


「……」


頷く樹は、相変わらず顔色が悪く……杖を持つ手も震えていて。


この状態の樹に何も出来ずに居る俺自身が、凄く情けない。


歩いて、時間が解決してくれれば……そんな希望的観測をして、俺は再び歩き出した。


――――――――


相変わらず変わらない光景、時間は時計を見れば昼を過ぎた頃。


辛そうな樹に掛ける言葉を必死に探しながら、それは全て没になっていく。


「……」


辛い、か。


俺は、昔の事を思い出す。


前の世界で転校してすぐの頃は怖がられて友達もいなくて、ストレスや不安で一杯で。


思えば小学生の時から今まで人に避けられがちだったっけ。


はは、我ながら大変だったが頑張ったと思うよ。


――そうだ。


それでも俺が、何とかやっていけた、立ち直った時に傍にあったのは。


俺は鞄を見て確認し、立ち止まる。


「樹、ちょっと休憩しようか」


俺は樹に声をかけて、地面に座る。


「……」


樹は変わらない暗い表情のまま頷くと、俺の横に座った。


「……樹、ちょっと俺の能力で試したい事があるんだ、良いか?」


「……」


俺がそう樹に言うと、樹は小さく頷く……本当に辛そうだ。


楽に出来るかは分からない、だけど試すに越したことはない。


そして俺は鞄から――ミュージックプレイヤーを取り出す。


「これ、着けてくれないか」


俺はそれに付いているイヤホンを樹に渡し、着けるよう頼む。


「……?」


不思議そうな顔をする樹だったが、断ることもなくそれを着けてくれる。


「ありがとう、ちょっと待ってな」


俺は、プレイヤーを開いて曲一覧を見た。


ジャンルはそれぞれあるが……樹には静かな曲が良いだろう。


「……これでいいかな」


俺は、曲を選び再生ボタンを押す。


「……っ、……」


樹は突然鳴らし始めたイヤホンに少し驚いていたが、直ぐに聞きいってくれたようで。


俺の能力で増幅されたプレイヤーが鳴らす音は、初めて聴いた時は驚いた。


きっと、樹にも効果はあるはず。辛い時こそ音楽だろう。


「……」


いつの間にか目を閉じ、樹は音楽を聴いていたみたいで。


顔色もどんどん良くなっていっている様。


……良かった、効果があったようだ。


「……」


「……」


凄く静かで、ゆっくりと時間が流れていく。


隣の樹は一体、どんな風に音が聞こえているんだろうか。


そんな事を考えながら、俺も樹と同じよう目を瞑る。


静かで、どこかに寂しさを感じる……灰色の世界の音。


『静寂』という言葉がこれ程似合う事もない。


「……ん?」


この世界の音を聞き入っていると、不意に肩をトントンと叩かれ目を開ける。


すっかり顔色も良くなっていた樹が、俺にそうしていたようだ。


「……そ、その」


少し恥ずかしそうに、小さく言いかける樹。


「はは、どうした?」


俺はそんな樹にそう応える。


気兼ねなく何でも言ってくれていいんだけどな。


「……藍、君と、一緒に、聞き……たい」


樹はそう言い、恐る恐るイヤホンの片耳だけを俺の手にのせる。


「……え?」


予想していなかった事に、俺は酷く動揺して声を漏らしてしまう。


こんな事、今までの人生で経験した事ないし……そんな、女の子と一緒に、同じイヤホンで、音楽なんて。


そんな、カップルみたいな、ね?


「あ、ああ!き、聞こうか。二人で聞いたほうが楽しいしな!」


鼓動が早くなり、噛みながら喋る。自分でも何を言っているか分からないな……


イヤホンもまた上手く耳に入らない。


「は、はは、どれにしようかな」


曲を選ぶ時も、手が震える。落ち着け落ち着け……


「……」


樹は、黙ったまま俺の流す曲を待っているようだ。


何やってんだ俺は。早く探せっての。


……曲一覧を眺めていると、ある一つの名前が目に入る。


「これにするか」


その曲を選び、俺は再生ボタンを押した。


流れ出したのは、ピアノとサックスが奏でる音色。静かながらも、情熱的な旋律。


ジャンルで言えば『ジャズ』だ。


「……」


隣にいる樹を見る。


樹は、目を閉じて小さくのって……曲を楽しんでいる様で。


俺と同じ音楽を、今一緒に聞いている。


その光景とこの曲が、ある昔の光景を思い出させる。


……ジャズは、昔父さんがよく聞いていた。


一緒にいた俺も、その音楽に耳を傾けていたっけ。


今聞いているのは、父さんが俺に初めてくれた一曲。


「……まさか、『また』、一緒に聴けるなんてな」


父さんが亡くなってからずっと、俺は一人で音楽を聴いていて。


誰かと一緒に聴く音の感覚は、凄く久しぶりなんだ。


だから長らく忘れていた。父さんと二人で、音楽を楽しんでいた時間の事を。


そして父さんと居たその時間が——とても好きだった事も。


それは凄く、俺を感動させて、昔を思い出して。


「……?」


樹が、不思議そうに俺を見る。


「……はは、何でもない。もうちょっとだけ良いか?」


目に貯めた涙を溢さない様、俺は空を見ながら樹に言う。


「……」


樹は返事の代わりに、俺の肩に小さく寄りかかり目を瞑る。


心地良い体温と、心地良い音楽。


俺は――この時間が好きだ、大好きだったんだ。


「ありがとう、樹」


曲を邪魔しない様聞こえない程の声で呟く。


次は、どの曲を長そうか。



……俺達は灰色の土地に座り、少しの間曲を聴き続けたのだった。


冒険させないとなあ……

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