脱出
なんとか出来ました。
「……」
樹は、俺の身体に抱き着いたまま動かない。
俺の服は、樹の涙で淡く濡れていた。
「ごめんな、樹。もう絶対に俺は……樹を置いていかないから」
俺は樹の頭を撫でながらそう言う。
どれだけの心配や悲しさを、樹に味わわせてしまったのだろうか。
本当に俺は、全てを間違えていたようだ。
「……」
頭を撫でると共に、涙は収まってきたようだったが。
俺を確かめるように抱き締める強さは強くなる。
「……ほん、と……に?」
切れてしまいそうな、糸のような細い声。
顔を俺の身体に押し付けたまま、そう呟く樹。
「ああ」
俺がそう答えると、樹は安心したのか抱き締めていた身体を離す。
「……」
離れた樹と目線が合う。
泣いていたせいか、頬が火照り目も潤っている樹。
そんな樹に、俺はなんと言えばいいのだろうか。
《「俺がお前を守るから」》
それはかつて、俺が言っていた台詞。
しかし……今の俺は、樹にこれでもかと言うぐらいに守られている。
方法は全く分からないが、樹が来てくれなかったら、俺は――死んでいただろう。
だから……今は『守る』なんて言えない。
俺がそれを言える程強くなった時に、その台詞は取っておこうか。
「改めて……よろしくな、樹」
そう、俺は手を差し出す。
「……」
樹は恥ずかしそうに、俯きながら俺の手に小さな手を合わせようとした。
――その時。
「――――――――!」
壁を破り、こちらへ近付いてくる機械の化け物達。
「ほんと空気読めないな、こいつらは……」
そう溢す俺。
樹は、不安そうな眼差しでこちらを見ている。
「大丈夫だ。樹が居てくれるなら。……後で、回復頼んだぞ」
俺は、そう樹に言う。
「……」
嬉しそうな表情をした後、こくりと頷く樹。
その表情が、俺にはどうしようもなくなる程俺に気力を沸かしてくれる。
「――――――!」
見れば壁があちこちから壊れ、化け物達が波のようにこちらへ向かってきていた。
さっきまでは絶望の光景だったそれは、樹のおかげか全くそう感じない。
さて、一丁脱出と行こうか。
「……んっ」
俺の考えを読んだ様に、樹は俺の背中に来てくれる。
「ちゃんと捕まっとけよ。樹」
樹を背負い、背中の樹にそう言うと、手足を強く絡ませる樹。
うん、その、柔らかい感触が……駄目だ駄目だ。
「……『増幅』」
俺は深呼吸した後、ライターを着火し詠唱する。
何時ものように身体全体に蒼炎を纏うのではなく、足と靴だけに纏う。
……よし、行くぞ。
地面を蹴り、猛スピードで化け物の波へと走る。
やがて、化け物にぶつかろうとするぎりぎりまで加速した後。
――俺は思いっ切り地面を蹴り、斜め上に跳ぶ。
蒼炎で強化された靴のおかげだろうか、化け物の遥か頭上まで跳ぶ事が出来た。
化け物との距離が、あっという間に離れていく。
「――……」
小さくなる化け物の鳴き声。
見れば、俺達を追ってくるようだが……これで、終わりだ。
――想像する理想像は、ロケットブーツ。
魔力を靴底から噴出し、それに炎を着火する事で推力を上げるイメージ。
「『噴射』!」
イメージが詠唱と重なり合い、多量の魔力が削れていく感覚。
だが、そんな事は全く気にならなかった。
何故なら……今、俺達は空を飛んでいるから。
「はは、見ろ樹!俺達飛んでるぞ!
興奮の余りか俺は、背中の樹に声をかける。
「う、ん」
樹は風を切る感覚が気に入っているのか、目を細めて気持ち良さそうな表情でそう言う。
化け物を置き去りにしながら、空を飛んでいく俺達。
……気付けばもう、化け物達は追ってこなかった。




