絶望
間違いなく、こいつは――敵だ。
倒さなければ。
じりじりと迫る蜘蛛の化け物に、俺は構える。
「――『纏』、らあ!」
俺は一瞬で魔力を纏い、蹴りを爪に放つ。
「ぐっ……駄目か」
やはり、見た目通りその身体は硬かった。
俺の攻撃は弾かれ、反撃とばかりに蜘蛛が俺に爪を突き立てる。
「――っ」
何とか避け、俺はポケットのライターを取り出した。
少ない魔力だ、使いたくなかったが……しょうがない。
出し惜しみをすれば、俺の命が無いからな。
「『増幅』」
詠唱。
火を身体に宿し距離を取る。
あの金属は恐らく普通に攻撃しても無駄だ。
なら――炎で、あの爪を焼き切るイメージ。
スタッフがあればもっと楽なんだが……しょうがない。
「頼んだぞ、俺の炎」
俺は願うよう、そうライターに呟く。
そして……蜘蛛がこちらに向かってくるのを確認し。
「集」
身体に宿した炎を、ライターにもう一度集め、宿らせる。
炎は凝縮され、凄まじい勢いとなった。
それを確認した後前を見据え、唾を飲み込み集中する。
「――!」
やがて蜘蛛は、最初に聞いた機械音を発した。
俺は腰を低くし、ライターを構える。
……来るか。
「――創造」
詠唱により爪が炎とぶつかる一瞬だけ、火を刃へと変える。
「やった、か」
蜘蛛の爪は、俺の刃により切断された。
気のせいか……蜘蛛が怯んでいる様に見える。
今のうちに、叩き込む!
「っらあ!」
蜘蛛の胴体の部分に、靴へ魔力を込めた蹴りを放つ。
一発、二発、三発四発五発。
靴により強化された俺の蹴りは、蜘蛛へと確実にダメージが入ったらしく。
「――……」
蜘蛛の機械音が、だんだんと弱っていった。
目の光も失っていっている。
保っていた手足も次々と力を失い、倒れる。
「はあ、はあ……なんとかなったか」
今目の前では、死に掛けの蜘蛛がいる。
……一応、止めを刺し――
「――っ!」
蜘蛛は最後の攻撃とばかりに、口の部分から針のような物を吐き出す。
「危なかったな……」
なんとか避けると、蜘蛛はもう動かなくなったようで。
行くか、と思い――蜘蛛から目を離し。
――――周りを見た俺は、絶望する。
「嘘、だろ――嘘だ、こんなの――」
見れば、『光』が俺の周り一体に現れているのだ。
蜘蛛が発していたような光が、何十、何百と。
一体何が居るのか分からない。数が多すぎて、何が何か分からないんだ。
――俺はもう、幾多の『敵』に標的にされている。
俺は絶望で、どうにかなってしまいそうだった。
「……――」
聞こえる近づいてくる機械音。逃げることは叶わない。
俺はもう……戦う気力を失ってしまっていて。
俺の選択は、何もかも間違いだったみたいだ。
「――ごめんな、樹――」
天を仰ぎ、そう告げる。
この絶望には太刀打ちできない。
もう、駄目だ。
「――――――!」
迫り来る、機械音。
――俺は、それを受け入れるよう、眼を瞑った。
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………………なのに、何故。
何故今俺は――生きているんだ。
目を開ければ、俺の周り一帯が全く違う光景になっていて。
聖なる光を放つ巨大な防壁が、さっきまでの絶望の光景を遮断するよう立ち塞いでいる。
防壁は俺を包むように、大きなドームのように造られていた。
先ほどとは別世界のような、聖なる光が俺を照らす空間。
こんな事が、出来るのは。俺が知っているのは。
俺は――まさかと思い後ろを振り返る。
――――――「藍、君」――――――
その『声』を、俺は知っている。
その『顔』を、俺は知っている。
その『少女』を――俺は。
「『樹』」
俺は、確かめるよう少女の名前を告げた。
「もう、何処へ、も、行かない、よね?」
そう涙を流しながら、俺の身体に抱きついてくる樹。
「ああ、もう――間違えない」




