後悔
――ここは――
ふと、目が覚めた。
俺は確か――そうだ、アルスと戦ってて……
い、樹はどうなったんだ。
まず俺は生きているのか?……大丈夫そうだ、心臓は動いている。
「――ふう」
深呼吸、深呼吸。
俺よ、一旦落ち着け。状況を整理するんだ。
周りを見ると、何処かの一室のようで。
特に特徴のない部屋。寝室だろうか?ランプが付いているという事は今は夜なのだろう。
一晩か二晩寝ていたか、それは分からないが……魔力は回復し、疲れも全て取れている。
今更気付いたんだが……俺はベッドに寝ていたようだ。
ふと、俺の足に何か当たる感覚。
「……ん……」
同時にそこから樹の声が聞こえた。
被せられていた布団を捲ると、樹が丸まって寝ている。
……樹は、布団の中に籠って寝るタイプか……
「あい、くん……いか、ない、で……」
それは寝言か、樹はそう泣きそうな声で言っていた。
俺の存在を示すよう、安心させるように頭を撫でてやる。
樹の髪はさらさらでした。
「……う、ん……」
樹は次第に、心地良さそうに寝息を立てていった。
どうやら落ち着いてくれたみたいである。
俺も樹の頭を撫でていたせいか、大分落ち着いたようだ。
……うん。
多分ここ、アルスの家だ。
「――おう、起きてたか」
俺にそんな考えが浮かんだ時、扉が開く。
アルスの声は、ついさっきまで戦っていた時とは全く異なり……敵意も殺意も感じなかった。
「俺のベッドは、大分寝心地が良かったようだ」
そう笑いながら、俺に近づいてくるアルス。
これ、アルスのベッドだったのね。
「来い。お前にだけ、話がある」
俺の前に立つと、アルスはそう言って扉を指す。
「分かりました」
間違いなく、今はアルスの事を聞くべきだ……そう判断し、俺はアルスと共に扉へと向かった。
――――――――――――――
扉から出て、階段を降り……リビングのような場所に出る。
生活観はあるものの、決して散らかっては居ない。
木の家具に包まれた、落ち着いた雰囲気の部屋だ。
アルスの部屋にしては意外だ。んじゃどんな部屋なら似合ってるんだって話だけども。
小さなテーブルに二つの椅子があり、アルスはそれに座る。
「さて、まあ座れ」
言葉通り、俺はアルスと対面する形で椅子に座る。
「率直に答えろ。お前はこれからどうなりたいんだ?」
真っ直ぐ俺を見て、アルスはそう言う。
「……っ」
不意の質問で言葉が詰まる。
今の俺が、どうしたいか。
そんな具体的な事は全然分からない。答えとしては間違っているかもしれないが……
「俺は……強くなりたいです」
これだけは、確かだ。
そう言うと、アルスは特に反応を見せず口を開く。
「そうか。……お前がこの先生き残る事が出来れば――嫌でも強くなれるぜ」
アルスは笑ってそう言う。
「それは……俺は一体、どうなるんですか?」
純粋に、疑問をぶつける。
「まず……知らねえと思うが、王国はもうお前の敵だ」
国という、とてつもない大きな組織が……俺の敵。
そのスケールの大きさにあまり実感が湧かないが、とてつもなく恐ろしいという事が分かる。
「はは、直ぐに懸賞金も懸かるだろうな。国の期待の勇者様を拐った極悪人。有名人じゃねーの」
そう笑いながら言うアルス。
極悪人、か。本当に予想もつかなかったな……こんな事になるなんて。
「お前が拐った女はな、魔力量に固有能力、どれを取っても王国が今……一番欲しいと言っても良い人材だ。そりゃそうなる」
運がなかったな、と笑いながら溢すアルス。
「はは、そうですか」
力の無い言葉しか出てこない。
当然だが、樹を連れ出した事に後悔は全く無いが……ここまで大事になるとは思ってもいなかった。
「まあそんなお前の不幸話は置いといて……そんな極悪人のお前は、もうこの土地から離れた方が良い。出来る限り、遠くへな」
そう言うアルス。
「遠く、ですか?」
遠くというのは曖昧だ。隣国か、世界の果てか。
「ああ、王国から大分離れないと駄目だろう。まあ当然、今からお前の足では無理ってのは分かるな?」
そう、アルスは言う。
「……はい」
そりゃそうだ、移動中追っ手に見つかってしまえば……どうなるかは分かる。
「――そこで、だ。俺が手を貸してやる」
それだけアルスは言うと、腰のポケットから何かを取り出し机に置く。
それはただの大きいガラス玉のように見える。
「これは転移石って言ってな。使えば瞬時に転移出来る。……何処まで行くかは知らねーけどな。まあ少なくともこの王国の支配下からはぶっ飛んだ所だろう」
そう、説明してくれるアルス。
俺にこの転移石を使わせてくれるという事だろう。しかし、これは……
「ああ、分かると思うがこれは失敗品だ。転移先が分からねえ転移石なんてゴミ同然。でもまあ、面白いだろ?」
そう言い、笑うアルス。
今更だがこの人は本当に変わってるな……
「つまり、俺はこのどれかの転移石を使って……行き先の分からない、何処かへ飛んで逃げるって事ですか?」
「ああ、理解が早いな。そういうこった」
頷き、そう問うアルス。
方角は……かなり大事だ。
東は一番安全に見える。西は……運が悪ければ魔族領土だ。南は遠くに行くと獣人族が居る所、安全とは言い難い。
……。
北は……一番駄目だろう。海を越えたら、未知の大陸しかない。たしか1000年……誰も足を踏み入れてないんだったか。
そして、何よりこれを使うという事は。
「長い間、ここには嫌でも戻ってこれねえ。最悪墓がその土地に立つぜ」
墓が立てば良いけどな、と笑いながら付け加えるアルス。
「それが嫌なら――ここ、王国の支配下の真ん中から、怯えながら逃げ出すんだな」
そう言い放つアルス。
俺は転移石を使う方が良いと感じる、アルスもその考えだろう。
「……有難うございます」
そう、俺は頭を下げる。恐らくアルスの助けがなければ、俺は国に捕まり……想像したくないな。
「おう、感謝しとけ」
俺に、軽くアルスはそう言う。
もしこの選択で、俺が――世界の彼方に飛んだとしても、俺はアルスを恨まない。
でも、それならたった一つ、アルスへ願いがある。
「樹を、お願いします」
頭を下げたまま、俺はその台詞を告げる。
「……ああ。お前の心配はもう無用だ、この一件で王国はあいつをさらに保護する。危険な目には合わない」
そうか、良かった。
はは……結果的に、樹がより安全になったんだな。
良かった、本当に。俺なんかといるより、よっぽどに。
そうだろう、俺。
…………これで、良かったんだ。
「お願いします、俺の、決、意、が、揺るがない……内に、お願い、します」
自分に言い聞かせるとは裏腹に、無理やり押しこんでいた悔しさと悲しさが、俺を襲う。
気付けば俺の眼から、涙が出ていた。
「お前は本当に――それで良いんだな?」
そう、容赦なく言うアルス。
「……」
声が、出てこない。
「俺はてっきり、死ぬ気で襲い掛かってくるかと思ったんだがな……期待外れか」
「……」
そりゃ、俺が強ければ。
樹を王国から連れ出して。
俺が、樹を守って。
「……」
でも……嫌でも分かってしまったんだ、俺自身が、『弱い』ということに。
一般人以下の魔力量。
魔法適正の低さ。
これで一体、どう樹を守れるというんだ。
なら……強くならなきゃだめだろう、俺が、『一人で』。
強くなるのに、樹を巻き込んじゃ駄目だ、とてつもなく危険だから。
なんとか今までは誤魔化せた。
でも、アルスと戦った事で、俺の弱さはもう浮き彫りだ。
――何時か起こる可能性。
俺が足枷となり、樹が……そう考えるだけでもう、駄目なんだ。
もう、俺は――――
「俺は、『一人』じゃないと駄目なんです」
俺はそうアルスに言い転移石を手で持つ。
「馬鹿が。……そんなに一人が良いってんならな――さっさと行け!」
見たことのない、怒りの表情のアルスがそこに居て。
それはとてつもない剣幕で、俺は圧倒されてしまった。
「起動」
静かな、アルスの詠唱。
俺の手の中にある転移石が、光輝いていた。
「……お前が選択した事だ。後悔すんじゃねえぞ」
俺はいつの間にか転移石が発している光に包まれている。
――――――転移が、始まっているんだ。
感覚でそれが分かる。
どこか、知れない場所へ――もの凄い速さで移動していく。
アルスの忠告は、俺がこの部屋で聞く、最後の言葉となった。
とりあえず今日もう一話投稿頑張ります。行けるかな……




