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増幅使いの這い上がり  作者: aaa168(スリーエー)
神野樹と、藍祐介
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「……さて、それじゃーね!回復魔法は奥が深いから頑張るんだぞー!イメージだよイメージ!」


いつもの調子に戻り、僕に手を振って離れていくマール先生。


僕もしばらく立ち尽くし、その後自分の部屋に戻り、杖を置いて食堂に向かう。


―――――――――――――


向かう時に、騎士団訓練場で素振りをする藍君が見えた。


……やっぱり、藍君も頑張ってるんだ。顔付きもその、男らしくなったというか……


いつの間にか覗くように見ていた僕自身に気付き、慌てて離れる。


マール先生が言った事、それはつまり藍君と二人で……


凄く今更だけど、その事で顔が燃えるように熱くなるのを感じる。


僕は顔を伏せながら食堂に向かい、食事をとる。


「……っ!」


一瞬、不意に背中に纏われるような視線を感じた。


その後は無くなったけど……気のせいなのだろうか。


――――――――――――――


あれから食事を終え、僕は部屋に戻る。


ベッドに座ったら、自然と藍君の事を考え始めていたようだ。


これからの事、僕なんかが藍君に付いていって良いかとか。


正直、『あの事』があってから藍君とは話せてないし、ちょっとどころじゃない恥ずかしさがある。


会ったら多分顔が紅くなってまともに顔をあげられないだろう。


……どうしよう……流石にまだ明日とか出発じゃないよね……


僕が考え込もうとして顔を俯けた時、床に見慣れない物があった。


――なんだろ、これ。


有ったのは、元の世界に存在していた、『ノート』の一ページ。


思わず手に取り見てみると、何か文字が裏に書かれていた。


僕は、その紙の下に方に書かれていた送り主であろう名前を見る。


――藍佑介より。


この名前を見るだけで、僕の鼓動は早くなる。


内容を見てみれば……


『実は、樹に大事な話があるんだ』


この一文が、僕の思考を激しく揺らした。


――大事な話って、そ、『そういう』こと?でも王宮から出ていく事を話すって事も……いやそれなら、わざわざ手紙で、『大事』な話なんて書かないよね――


「……っ」


思考を無理やり止めて、壁に目をやる。


時間はまだ、大丈夫。


お、お風呂入らなきゃ……


――――――――――――


お風呂に入って、服も新しいものに変えて、鏡で身だしなみを確認する。


久しぶりに会う藍君には、その、ほんの少しでも可愛いと思われたかったから。


『大事』な話の前というのも、大分あるんだけど。


……よ、よし。行こう。


時間にはまだなっていないけど念を入れて早めに出発する。


夜道を歩きながらこれからの事を考えた。


異世界なんて分からない事ばかりだけど、藍君が隣にいるのなら……


そんな事を思い浮かべていたら、訓練室に着く。


訓練室は夜も空いているんだろう、扉も空いていた。


魔力のような白い光が、相変わらず部屋に点いている。


一人そわそわしてしまい、落ち着くために辺を歩き回った。


あちこちに行っては戻りを繰り返し、頭も冷えてくる。


これまでの事も、当然考え直していた。


――指定されていた訓練室は、藍君が来た事のない場所。


――いつもより丁寧に書いているのは分かる、しかしそれ以上に乱雑さ、汚さが見られる筆跡。


――あの時の、負の感情が載せられた視線。


何かが、変だ。


まるで、『全く噛み合わないパズルのピースのような』


まるで、『藍君以外の誰かが僕を操っているような』


……早く、戻らないと。僕は――


不自然感が僕を包んで、それが抑えきれず出口に足を伸ばした時。




――扉が、開く音がした。




「ひひっ、ホントにいるじゃん!」


「やっぱ山本はすげえ!」


「……ああ、当然だろ」




その声の主を見たくなくて、僕は自然と顔を下に向ける。


背筋に冷たい汗が蝕んで、気持ちが悪い。


何が起こっているのか、頭が考えることを止めさせた。



「どこ向いてんだ?」



不快な声が更に聞こえても、僕は下に顔を向けている。



「……今日は楽しもうぜ、『樹』?」



一番言われたくない人に、下の名前で呼ばれる。


藍君が僕をそう呼ぶ、それを真似たようで……凄く気持ち悪かった。



「はっ、無視か。おい、お前ら好きにぶちかましていいぞ」



不穏な台詞の十秒後。



「……っあ!」



僕の身体に、『炎の球』が襲い掛かる。


当然、その突然の魔法の攻撃に対応できなかった僕は、五メートル程飛ばされた。



「ひひ、ひひひ……人に魔法ぶつけるのってこんな気持ち良いんだな」


「お、俺も!ウインドカッター!」



風の刃は僕の服を、背中を容赦なく切り裂いていく。


痛くて、苦しい。



「……ホーリー、ベール」



習った魔法を、必死に自分へかける。


でも……唱えただけで、イメージは全く纏まってくれない。



「はは、お前魔法下手クソかよ!救いようねーな!」



練習では出来たのに。マール先生が教えてくれたのに……僕は初めて魔法の発動に失敗した。


間髪いれず、炎と風の属性魔法が僕を襲って来る。



「……うっ……痛いよ……熱いよ……」



炎の熱が僕の肌を焦がして、そこに風の刃が降りかかって。


僕の口から、勝手に身体の悲鳴が発せられる。


同時に、その味わった事のない痛みで僕の意識が離れていく。



「――何、楽になろうとしてんだ?」



その台詞の直後、水の塊をぶつけられた。


離れそうになった意識は、その冷たさで無理やり戻る。


「おら、回復しろよ。回復魔法強化なんだろ?」


言われなくても、この痛みと苦しみを消すためにはそれしかなかった。



「……っ」



唇を噛んで、頭の中でホーリーヒールを唱える。


イメージはぐちゃぐちゃだけれど、固有能力のおかげか傷は癒えた。



「……はっ、固有能力で恩恵を受けてその程度かよ。ほんと才能ねーな!」



癒えたものの、完全には治らない傷。


それに罵声を浴びせられ、同時に傷へ水弾が何回も襲いかかる。



「……っ……」



痛みで、声が出ない。


僕は我慢しながら、無様に倒れその痛みへ回復魔法をかけていく。



「……はは、ははは、本当に面白いなお前!」


「山本、やりすぎだろー!」


「鬼畜ですなー、ひひっ」



後ろの二人も、気持ち悪い笑顔を見せる。




――この地獄は、いつ終わるの?


――僕はこのままずっと、三人の玩具なの?




不安と焦燥と絶望が、勝手に僕の頭を駆け巡る。


それが抑えきれなくなって、僕は泣いてしまった。



「おいおい、こいつ泣きやがった!」


「ひひっ、どうしようもないなこいつ」



言葉を浴びせられる度、僕の心は死んでいく。


間髪入れず、丸くなっていた身体へと蹴りが入れられた。



「っ……ぐ」



お腹に思いっきり足が入り、息ができなくなる。


構う事無く、後ろの二人からの火と風は止まなかった。



「ほら回復しろよ!まだまだ続けるぞ!」


「ひひっ……!死んじゃうんじゃねーの?」


「佑介君に会いたいー?はは、泣くなって」



……こんな場所、誰も助けになんて来れないよ。



でも、でも……どうしても、『あの時』、絶対に誰も助けてくれないと思っていた時に。



――僕を助けてくれた、藍君が過ぎってしまう。




『「あ、い君、助けて――」』




壊れかけた僕の身体が、心が、勝手に口からそう告げた。




――――刹那。




「おい」




三人の声ではない、怒りが篭った低い声が訓練室に響き渡る。


僕のさっきの小さな叫びを、三人は笑って馬鹿にするはずだっただろう。


「来るわけないだろ」、「お前はずっと、ずっとこのままだ」、「お前を助ける奴なんていない」……そんな風に。


でも、三人は口を閉じたまま、訓練室の入り口を凝視している。


それはまるで、在りえない物を見るようで。




「……樹に何、やってんだ?」




まるで、僕の叫びが届いたかのように藍君はこの場に現れた。


その『現実』が、あまりにも非現実で……僕はまだ受け入れる事が出来ない。



「樹」



三人が黙っている中、藍君が僕の名を呼ぶ。


混沌とした思考が覚めていくのを感じた。


真っ直ぐな眼差しで僕を見る藍君の表情は、とても悔しそうで。



「ごめん」



そう、藍君は頭を下げる。




……頭を下げなきゃいけないのは、僕だよ。


こんな僕を、助けに来てくれてありがとう。


理由も方法も分からないけど、何でも良い。




――死んでいこうとした心が、戻っていく。


――流れ落ちて行く涙が、引いていく。







本当に、藍君の事が……大好きで良かった。

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