夢のような
「……樹か?」
藍君の問いかける声、目が覚める。
気付いたら、僕は藍君のベッドで寝ていたようだ。
周りは真っ暗で……もう授業も終わったのだろうか?
「……」
寝起きの僕は、頭が働かずふらふらと藍君をぼーっと見る。
少しの沈黙。
「……はは」
藍君が笑う。
それが終われば、ゆっくりと静かな時間が流れていく。
温かい、心地よい時間。
……しばらくして。
僕を見つめる、藍君の目から涙が流れていく。
それは、藍君がこれまでに抑えてきたものが落ちていくようだった。
クラスで自分だけ低い能力であること、魔法が使えないこと、王宮から追い出されること、クラスメイトの視線、これからのこと、他にも様々な苦悩を藍君は抑えてきたんだろう。
「ご、ごめんな、これは」
藍君は泣きながら、僕にそう言う。
初めて見る藍君の涙に、僕は思っていたより動揺しなかった。
……僕が、今の藍君に出来ることはなんだろう。
「…………んっ」
少し考えた後、藍君に抱き付いた。
もし僕が同じ状況なら、藍君にそうしてくれたら嬉しいから……そう思ったからだ。
藍君は僕の突然の抱擁に驚く様子もなく、そのまま腕を僕の背中に回す。
「……ありがとな、樹。このままいてもいいか?」
そう言う、藍君に。
僕は凄く愛おしくなって、もっと抱き締める。
「……うん」
それは、僕の口から自然と出た。
同時に藍君も僕を抱き締め返す。
薄い寝起きの僕の意識が、やがて落ちるまでそれは続いた。
――――――――――――
「……」
僕は、目が覚める。
さっきまでの事は……夢?
余りにも現実とかけ離れた行為が行われていた。
いやその、僕と藍君がしてたんだけど。
僕、藍君に抱き着いて……それに藍君も僕を……
顔がどんどんと紅くなっていくのを感じた。
魔力回復は、あれは、いやあれも凄く駄目だけど、さっきのは違う。
僕が一方的にしたんじゃなく、藍君もまた僕を抱き締めてたんだ。
「……ぅ……」
ベッドに倒れて項垂れる。
香る藍君のにおいで、また顔が紅くなるのを感じた。
同時に頭もまわってくる。
夢じゃない、きちんと、あの時の藍君が僕を抱き締め返した時の感覚が残っていた。
藍君の涙の光景も、僕のあの時の思考もどんどんと戻ってきたよ……。
僕は、一度頭を冷やすべく考える事をやめる。
……
……藍君の匂い、本当に良い匂いだなあ……
って、なにしてるんだ僕は。早く自分の部屋に戻らなきゃ。
今藍君に会ったら、その、何も出来ずに顔を背けて動けないだろう……
どこかへ行っているんだろうか?良かったけど……
急いでドアに向かって、出た後自分の部屋に戻った。
「はぁ、はぁ……」
息切れしながら自分の部屋のドアを閉める。
僕は、ベッドに飛び込んだ。
「……」
さっきまであった藍君の温もりと匂いはもうない。
ちょっと、さびしくなってしまう。
「……」
毛布のようなものにくるまり、僕は目を閉じる。
藍君、本当に回復してくれてよかった。
それはいいけど、僕、当分顔見れそうにないよ……
紅くなりながら僕は意識を落としていく。
明日からはまた魔法の訓練だ、頑張らないと……
―――――――――――――――
朝。
凄く良い目覚めだ。
……昨日、あんな事があったからかな。
寝たら少しだけ落ち着いたようで、僕はぼーっとしながら立った。
藍君は、僕がベッドにいない事で、何か考えてるだろうか。
僕がいない朝に、ほんの少しでも寂しいと思ってて欲しい、そんな我が儘を考えながら顔を洗う。
「……」
……僕、なに考えてるんだろ……
顔を拭きながら我に帰り、同時に時計を見た。
もう授業が始まる時間だ。
――――――――――――――
昨日は昼からいなかったけど、意外とあんまり進んでいないみたいで。
中級魔法は数が多く得意なものを取得していけばいいらしい。
僕は聖属適正が高かったおかげもあり、教えてもらった魔法は全部出来てしまった。
例えば。
ホーリーバリアより範囲が広い、聖壁を築くホーリーウォール。
範囲が凄く小さい代わりに耐久力があるホーリーシールド。
防御魔法だけでも、まだまだ有るらしい。
しかし、回復魔法は、教えてもらったのはあの時のホーリーヒールのみだ。早く知りたいなあ……
マール先生はクラスメイトが躓く事があまり無いため、どんどん新しい魔法を教えてくれた。
そんなこんなで一日は早く、あっという間に過ぎて行く。
「そろそろおしまいかな!皆お疲れー!吸収ほんと早いね、びっくりしちゃうよ……」
授業も終わり、マール先生はそう言ってくれた。
クラスメイトは得意気にしながら、訓練室を後にしていく。
「よっ!昨日は大丈夫だったかい?昼からいなかったけど……」
前と同様、マール先生に声をかけられた。
「……」
頷くと、マール先生は満足気に笑う。
「実は今日、ずっと見てなかったユウスケ君が元気に走り回っててさ」
意味ありげに、それだけ言った後溜めを作る。
「……そういえば、お昼にいなかったよね、君のおかげかな?ふふ」
悪戯に笑い、そう言ったマール先生。
「……」
僕は顔を隠すために、俯く。これじゃ肯定してるのと一緒だ……
「はは、別に照れることないって!んじゃーね!」
マール先生は本当に鋭いというか、何というか。
そんな事を考えながら僕も訓練室を後にした。
このまま、食堂行こうかな。
――――――――――――――――
食堂はもう、かなり人がいた。
マール先生と話していて、時間が経っていたからかな?
人が居ない、端の方の席に移動しようとした時。
「――うー、今日はちょっと魔力使いすぎてしんどい……」
「はは、雫も頑張ってんだな」
「当たり前だよー!そういえば先生がね、私が出す魔法は綺麗だって褒めてくれたんだー」
「おいおい、それ口説かれてんじゃねーの……」
「はは、まさか――」
楽しそうに話をしている、二人。
藍君と二ノ宮さんは本当に仲が良さそうで。
僕は、嫉妬の感情が胸から溢れてくるのを感じた。
「……」
藍君に気付かれないよう、静かに移動する。
席に座っても二人が気になって、僕はこっそり耳をたてていた。
こんな事しても辛くなるだけなのに。
―――――――――――――
結局二人がどこかへ行くまで、嫉妬の感情に支配されっぱなしだった。
どうやら二人は、夜また待ち合わせをするらしくて。
……二宮さん、凄く美人だもんね、この世界の人を魅了してるぐらいだし。
はあ……藍君も、二宮さんみたいな人が良いのかな。
今日は、いつもあるはずの食欲も沸いてこない。
ご飯は無理やり口に入れた後、そのまま部屋へと戻った。
横になって昨日の事を思い出す。
あの幸福感を思い出しながら、少し切なくなってしまった。
それで眠れないなんてことはなく、僕はそのまま眠りにつく。




