マジックヒール
食べかけのご飯を置いて、藍君の部屋に駆け出す。
どうして今まで気付かなかったんだろう。
期待されている僕達の中で、一人だけ、能力が極端に低い。
しかも残った固有能力で、王女様に危害を与えてしまった。
……この世界で、それでどう生きていけばいいのか。
藍君は、それで……本当に苦しんで、考えていたんだろう。
そんな時、自分以外のクラスメイトにあの視線を浴びせられた。
『自分とは違う者達』の、下を見る、負の視線を。
ノックもせず、藍君の部屋に入った。
同時に少し変な感覚を覚える。
そして、藍君は……入ってすぐ、床に倒れていた。
寝ているわけじゃない、それは……倒れている藍君の身体を見たらわかる。
色素を抜かれたような、血色が悪い白い肌。
藍君の身体で何かが起こって……それで倒れているんだろう。
「……っ」
藍君の身体を抱えて、ベッドへと移動する。
この世界に来るまで出来なかった事だけど、今はこの身体に感謝だ。
「よい、しょっと……」
ベッドに藍君を寝かせて、僕は前に座る。
顔色が悪く、息が荒い。そして汗もかいている。
はやく、はやく治してあげないと。
「『ホーリーヒール』」
藍君に手をあて、小さく詠唱した。
白い光が瞬き、一瞬で藍君の身体を包み込む。
「……っ……あ……」
苦しそうにする藍君。
だ、駄目だ……全く効果がない。
落ち着いて、今の藍君の状況を。
さっきの食堂で見た時から、時間は全然経っていない。
何かの疲労……空腹で?いや、それなら身体が白くなるなんておかしいよね。
身体の怪我も、そんな様子もない。
……なら。
《――まあ、魔力百万あればそうそう倒れないよ!本当に羨ましいなー、元々そんな魔力量なんて――》
まさか、いや……
そういえば部屋に入った時、微かに変な感覚があったけど……あれは魔力だったのかな。
理由は、全然分からない。だけど……藍君は今、魔力が全く無い状態なんだ。
「『ホーリーヒール』」
さっきより時間をかけてイメージし、ホーリーヒールを発動しても、効果はない。
藍君の魔力を、回復させる術がいるんだ。
ただの『回復魔法』じゃない、『魔力回復魔法』を。
「……!」
藍君の身体に手を当て、大量の魔力を放出する。
魔力は白いもやとなり藍君を包むが……やっぱり何も起こらない。
《回復魔法は、イメージが大事なんだ!》
回復魔法とは……マール先生がそう言ったように、イメージが他の魔法より難しく、そして大切。
魔力を回復させるイメージ、言ってみれば簡単そうだけど、中々想像が出来ない。
怪我は前の世界でもあったけど、魔力なんて――当然無かったものだ。
怪我を治すなら自然回復力を高めさせるイメージだけど……魔力を回復するのは、今はまだそのイメージでは出来ない。
なら……魔力を僕から藍君に、移す。
そのイメージで、なんとか藍君の魔力を元まで戻さないと。
魔力を藍君に移して、そのまま藍君の魔力として……ああ、イメージがまとまらないよ。
どうすれば――
「……っ……」
苦しそうな、声が聞こえる。
回復魔法のために手を当てていたのは、藍君の胸で……鼓動が腕を伝って僕に響いた。
僕と違う、少し早い鼓動。
一つの考えが浮かんだ。
魔力も鼓動と同じように、人それぞれ違うもの。
けど……ある程度、色んな方法で合わせることは出来る、藍君の顔をじっと見るだけで……僕の鼓動が早くなるように。
なら、僕の魔力を藍君に似た魔力に変換して……それを、藍君に移す。
自分でも、よく分からない理論だ。でも……やっと浮かんだイメージ。
とりあえず、出来ることはしなきゃ。
この世界では、魔力が身体を常に薄く纏っており、藍君も同様だ。
藍君の手を包み、魔力を感じとる。
とても薄い、けど確かに分かった。
肌の感覚と藍君の魔力が僕に触れるのが。
これなら、出来るかもしれない。
この魔力に合わせるように僕の魔力を変換し、藍君に送り込む。
「……っ」
集中を一瞬解く。
イメージは出来ても、中々難しい。
藍君の魔力はとても薄くて、感じとるのがまず困難だ。
その後、藍君の魔力に合わせるように感覚で魔力を変換し……藍君に送る。
この作業は、思っていたよりも難しく、集中力を使うものだった。
ふと、空いている僕の片方の手を見る。
感じ取れる量が多ければ、イメージしやすいのは明らかだ。
僕は両手で、片手ずつ藍君の手を取る。
白いけど体温はちゃんとある藍君の手。
目を瞑り、イメージをする。
……駄目だ、もっと藍君の魔力を感じなきゃ。
藍君の胸辺りに手を当ててみる。増えたけど、まだ。
手じゃ、足りないよ。
もっと、全身で藍君を感じる事が出来たら――出来るかもしれない。
……は、恥ずかしがってる場合じゃないってば……
邪念を振り切り、集中する。
藍君は、ベッドに寝てる。
……よし。
ゆっくりと、藍君に……僕は覆い被さっていく。
藍君の首の後ろへ手を回し、そのままぎゅっと、抱き着く。
藍君は僕より身長が20センチぐらい高いから、これが一番の体勢……だと思う。
この状態は、身体全部で藍君の魔力を感じる事が出来るようで。
「……ぁ……っ」
手では感じる事が出来なかった魔力が、一気に感じる事ができた。
反面、藍君の魔力に包まれるような感覚が凄くドキドキして、中々集中出来ない。
「……ふー」
呼吸して、落ち着かせ……集中する。
藍君、もうすぐだから。
……イメージする。
自身の魔力を今感じている藍君の魔力へ変換し、藍君へと送る。
「……っ」
もっと、もっと藍君を感じないと。
僕は藍君の胸に顔を押し当て、腕をさらに強く締め付け、足も藍君の足に絡ませる。
「……っ……あ……」
さっきより大きく声が漏れる。
藍君の魔力が、僕をさらに包んで……覚えさせていき。
僕のイメージは――
「……『魔力回復』」
完成した。
「……!」
それは、『魔力回復魔法』は、この魔法は、僕は苦しい事だと思ってた。
でもこれは、真反対で。
藍君と僕がまるで、その……一つになっているような、凄く心地良い、暖かい感覚だ。
同時に、藍君と僕は、橙色の魔力に包まれている。
藍君の魔力は、なんとなくだけどそんな色な気がした、それだけだ。
今僕は、藍君の魔力に包まれているって分かるから……凄く幸せだ。
藍君の顔色を見ると、どんどん色素が戻っていくようで。
安心して、藍君の身体からずり落ちるように離れたと同時に……魔力をかなり使った事に気付く。
長い間集中、そして体力も結構使った事、精神も藍君が回復してくれた事で安心した事。
……様々な要因があるだろう、僕は糸が解れていくように、そのまま眠りへと落ちていった。




