表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
増幅使いの這い上がり  作者: aaa168(スリーエー)
神野樹と、藍祐介
54/127

とりあえずここまで。

早いもので、藍君が転校生として入ってきてから一週間。



最初の日から、藍君はとても変わった。



見た目も最初に比べたら凄い良く変わったし、積極的にクラスの人達に話しかけてて、少ないけど友達も出来てて。



最初は皆怖がっていたけど、見た目とは裏腹に凄く優しいし、言動も全然怖くない。



そんな彼は、少しずつクラスメイトに自然と受け入れられていった。




「おはよう、神野」




席に着くと、変わらず挨拶をしてくれる藍君。


僕に挨拶してくれるのは藍君ぐらいで、本当にいつもうれしい。



「……」



それでも……相変わらず声を出せない僕は、そのまま黙りこむだけ。



そんな僕に慣れたのか、藍君は僕を無口な人と捉えてくれたみたいで。



「……」


「……」



お互い無言だけど、最初みたいな気まずさは無くなったと思う。




藍君はいつもように読書を初め、少し経つと授業が始まる。


――――――――――――――――――――――――



授業は僕にとってずっと平和で、藍君が来てからは一回もいじめられていない。



その、本人は気付いてないんだろうけど、凄く感謝している。



出来るのであれば……今すぐにでも、一杯藍君とお話したい。



僕もその、本は好きだし。話したい事は沢山ある。



でもまだ……時間が経って、もう少ししたら、僕も挨拶ぐらいは返したいんだ。


でも、でも……嫌われたりしないかな。声小さいし、何言ってるか分からないとか。


もし何かの弾みでお話出来たら……何話せば良いんだろう?最初は自己紹介かな?




……って、挨拶もまだなのに何考えてるんだろ、僕




また、自分で自分を迷わせてしまう。




それでも自己嫌悪な状態じゃなくて、藍君の事で頭が一杯な今は、ずっと……その、楽しい。



藍君と、仲良くなりたい。藍君と話したい。





そう思わせてくれる彼に……僕は――――






「授業初めるぞー!席に着け!」



「……」



ふと隣を見ると、ずっと本を読んでいる藍君が居た。



じ、授業始まってるよ!



「……」



『欲亡き世界』……って見るからに難しそうな本を、凄い集中力で読んでいる藍君。



知らせてあげないと……僕が。その、僕しかいないし。




「……」




そっと、腕を伸ばして藍君の肩に触れる。



指先が触れた途端、ビクッと反応する藍君。



「……え?あ」



藍君は周りの様子から、状況を読み取ったみたいだ。


良かっ――


「――その、教えてくれたのか?ありがとな」



少し笑みを浮かべ、こちらを真っ直ぐ見て、お礼を言う藍君。一瞬、僕自身の前髪の隙間から、視線が合った。



瞬間。




急に上がる心拍数。顔が、赤くなっているのが、分かる。



「……っ」



僕は何も言えず、顔を赤くしたまま、姿勢を直して俯く。




「……」



僕、こんなので藍君と話すなんて考えてたんだ……



授業が始まっても、僕の鼓動はしばらく止まない。



さっきの光景が頭を支配し、僕はまた藍君で頭が一杯になるのだった。






―――――――――――






僕は、幸せ者過ぎなのかもしれない。



突然現れた転校生である藍君は、僕を救ってくれた。



本人はまったく自覚はないにしろ、だよ。



だから――ほんの一週間前まであった悪夢を、文字通り夢のように忘れかけていたのかもしれない。





『いじめ』。それを僕は、藍君によっていつの間にか意識から全て無くしていた。




そして……藍君がクラスに馴染み、怖いという認識が三人から消え去った今が。




いつ悪夢が戻ってきてもおかしくない事も、全く意識していなかった。




「……!」





ふいに後ろから、椅子を蹴られた。



授業中にも関わらず、後ろの彼は僕を標的にする。



「……ひひっ」



小さく聞こえる、聞きたくない笑い声。




「……」




冷や汗が流れ、忘れていた恐怖が頭をぐるぐると回る。


すぐ一分前の僕は、どれだけ幸せだったか。




今の僕を……隣の藍君に知られたくない。



どうか、気付かないで、お願い――



「……」




藍君は、授業を凄く集中して聞いてる。


安堵したのも束の間、今度はさっきより強めに蹴られた。



「……」



こんな事に、やめてって言えない僕はどれだけ弱いんだろう。



頭はもう、昔の僕に戻っていて。



ひたすらに、今から起こる恐怖に支配されている。




――――――――――――――――――




それから、学校では帰るまで色んな嫌がらせを受けた。



もちろん藍君が見ていない時だけ。気付かない様に小さな、陰気ないじめを。





「ふひっ。神野、一緒に帰ろうぜ」



台詞も、言う人が違うだけで、こんなにも嫌なものなんだ。




その後、帰りにまで三人組が着いてきて、悪口を放ってきたり、体を傷付けられたりした。




……僕の精神状態は、昔より酷くなっていると思う。



元からどん底より、幸せからどん底に行くほうが、何倍も、何倍も辛いもんね。



「……っ……うっ……」



三人組が離れてから、僕は俯き、涙を流す。



――――――――――――――――――――――――



僕は、昨日のせいか目覚めも悪かった。



そのせいでいつもよりかなり遅く、僕は登校し席に向かって。



後ろにいる三人組を見て、昨日の光景が思い浮かび、一気に気分が悪くなった。




また、地獄が始まるんだ。そう考えるだけで、学校が嫌になる。



「……神野?おはよう」



挨拶してくれる藍君。今の顔を見られたくなくて、俯いて黙り込む。



そのまま席に着き、じっと下を向いて。





いつもと様子が違う僕を、藍君は心配してくれてるのかな。



……はは、ないよね。



どうせ僕、何も喋らないし前髪で顔は見えないし……気味悪いと思われているんだろうな。




「よし、授業始めるぞ!ちょっとプリント取って来るから自習してろ」



先生の号令は、僕にとってはいじめが始まる合図。




それは正しく、先生が出て行ってしばらくしてから。




「……っ」




ボールペンで、背中を刺される。




痛い、痛い。止めて……




「……」



唇を噛んで、藍君に分からないように耐える。




面白くないのか、今度はボールペンで服をなぞられる。



気味が悪い感覚が僕を襲った。




今頃、僕の服はもうインクで汚れてるんだろうな……



こんなの、藍君に見られたらと思うと。




「……っ、うっ……」




耐え切れなくなって、僕は声を押し殺して、泣いてしまう。






お願い、もう……やめて――






刹那、椅子が動く音。







「――お前……何、やってんだ?」









これまでに、聞いた事がない程低い声が教室に響く。




ふと、隣を見ると。




藍君が席を立ち、僕へ刺されたボールペンを握って半分に折っている。



真っ直ぐな、純粋な怒りの眼差しを後ろへ向けていた。






「……へ、ひ、ごめんなさい」




情けない声が、ボールペンの主から漏れる。




周りの空気は凍り、藍君に対してクラスメイトが恐怖の視線を向けた。




折れたボールペンを後ろの机に放り、藍君はその視線を浴びながら着席する。






「待たせたなー!始めるぞー起立!」




先生が入ってきて、授業は進んだものの。





僕は……頭の中は真っ白で、何が起こったかまだ整理できていなかった。



それでも、藍君が僕を助けてくれたって事だけは分かる。






本当に……本当に。ありがとう、藍君。



君に、僕はどれだけ救われているんだろう?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ