夕の終わり
『剣』を握り、アルスへ剣先を向ける。
「はは、まさか俺の炎で剣をな」
この男は、余裕の態度を崩さない。
「『増幅』……『付加』」
ライターの着火と同時に蒼炎を宿す。
良い剣を持っていても、体が着いていかないならお話にならない。
「っ!」
接近し、アルスに斬りかかる。
鈍器から剣へと変わったために、空気を切り裂くような感覚を覚えた。
心なしか、降り下ろす速度も上がっている気がする。
「――見違えたぜ、お前」
二太刀程打ち合った後、ふいに漏れたようにアルスが口にする。
「……え?――っ!」
唖然としてしまった俺は、アルスの容赦ない蹴りにより目が覚めた。
間一髪腕で防御に成功したが、身体は勢いで後ろへ下がる。
「来いよ」
挑発の、ハンドサイン。
俺は無言で、勢いをつけ突っ込んでいく。
スピードを付け斬りかかるも、受け流すように弾かれる。
「――っ」
アルスからのカウンターを読み、後ろに下がる。
下がった瞬間、一刻開けず前へ。
アルスの太刀筋を見切り、ギリギリで避ける。
一瞬で体勢を立て直し、剣を持った腕を掲げた。
アルスへと、縦の一閃。
この攻撃は、当たらなくていい。当てる気で攻撃したなら、アルスは必ず避けてくる。
すぐそこの地面に、出来る限りの力で叩きつけるイメージだ。
次が、本命。
「――らあ!」
声と共に振るわれる俺の剣。
予想通り、アルスは見切ったかそこを動かない。
そのまま、追撃に入っているだろうが……
「――っ」
剣を、地面に当たるギリギリで止める。
一瞬だけ、硬直する俺の剣。
俺は腕に力を目一杯込め、上へと切り上げた。
黒と紅の軌跡は、アルスの喉元へ迫る。
タイミングは良い。だが……
「――っと」
少し驚いたような様子を見せたものの。
俺の攻撃は、アルスの咄嗟の剣で防がれる。
……
これまで短い戦闘だったが、俺は明らかに、確実に見えるものが変わって来ているのが分かっていた。
集中すると周りの風景はゆっくりに見え、アルスの動きに順応するかのように身体は動く。
剣は思う通りに動き、第六感も研ぎ澄まされている。
『付加』による効果は大きいが、それだけじゃない。
間違いなくアルスとの戦闘で……俺は強くなっていると、分かって来た。
目が、耳が、腕が、脚が、脳が、闘いの為に成長しているのだ。
一太刀受ければ、隙を見せたら、攻撃を止めたら……死ぬ、この極限の緊張状態によって。
――だからこそ、分かる。
この男には……絶対に、『普通』では勝てないことが。
後ろへ三十メートル程下がる。
構えは両腕を頭の横、剣は地面と平行に。
剣先は遥か。アルスの胸元に向ける。
俺なりの「突き」の構えだ。
「……アルス、行くぞ」
普通の攻撃では通らない。
『俺にしかできない』、そんな攻撃を。
地面を蹴って、蒼炎に導かれるように走る。
周りは見えない。俺が見えるのは、アルスのみ。
集中と共に、攻撃のイメージを捉えておく。
アルスへ一瞬で近付く。
心臓の部分に剣先を指し、俺はそのまま突っ込んでいく。
アルスならこの攻撃は……必ず剣で、反らすはず。
「――っ!」
アルスの間合いに入った。
ギリギリまで――剣はそのままに。
「『付加』」
小さく、それでもきちんと響くように。
瞬間、痛みと熱が俺の体を駆け巡った。
「――な」
初めて聞くアルスの驚いた声。
それも無理がない、俺の剣が『消えた』んだから。
詠唱により炎は俺の体へ戻って行く。
「あああああ!」
俺は、刃が消えた、取っ手だけの剣で、勢いのまま突く。
刃がない剣は、当然アルスの剣に弾かれることなく胸元まで到達する。
アルスは掠ったその剣を戻し、防御に回ろうとするが……間に合わない。間に合ったとしても、俺の攻撃は受けてもらう。
その為の、助走有りの突きだ。
俺の身体がどうなろうと構わない――この攻撃だけは通せるように。
だから……もう一度、もう一度だけ…俺に応えてくれないか?
「『創造』!」
魔力を食らい尽くすような、そんな感覚。
刹那、俺の身体から――全ての『炎』が消えて。
俺の『剣』は、再び『刃』を宿す。
「くっ――」
アルスの抵抗により、少しずれたものの……肩の下辺りを、確かに刃で捕らえた。
「――見事だ、ユウスケ」
俺の攻撃が通り、剣で身体を貫通していても、なお。
アルスは焦った様子を見せず、むしろ楽しそうな様子だった。
「がっ!」
反撃として軽く放たれた蹴りにより、俺は飛ばされる。
そして、俺は『異変』に気付く。
起き上がろうとするが、立てない。
全く力が入らないのだ。
刃は消え、身体の炎も何処かへ消えていた。
俺の意思に、身体が、着いて行っていない。
……一矢報いて終わりじゃ駄目だろ、俺は――
「お前が今、何考えてるか分かるぜ」
アルスの、声。
「……『増幅』!」
掻き消すように唱えたが、全く増える気配がない。
思い出したように襲う、魔力枯渇の激痛と酔い。
「戦う意思は有っても、力がなきゃなんも出来ねえよ」
その台詞は、俺に、重く響いてくる。
無様に平伏し、アルスへは睨むことしか出来ない。
「い、つ……き」
護るはずだった者の名を、重いながら呟く。
斬られた剣は、杖にもならず。
俺は、倒れたまま、意識が無くなるのを待つしかない。
あるいは――処刑か。
アルスの気配は、俺のすぐそこに。
なんとか顔を上げ、アルスを見つめる。
「……世界は甘くないぜ。お前がこんなに戦っても、お前の女は戻らない」
そう言い今までまったく抜かなかった、背中の剣に手をかける。
「世界ってのはそういうもんだ、お前は弱いし、結局何も救えなかった。端から見れば、醜く暴れただけ」
アルスは俺へ、そんなことを吐き捨てる。
「だが――」
アルスの背中の大剣が、一瞬で俺の目の先に振るわれた。
魔力は籠っていないのに、その剣は燃え上がるように熱く、目を奪うような綺麗な赤で輝いている。
「――これだけは、しっかり覚えておけ」
視界が次第に、灰色へ掠れていく。
ほぼ意識が消えかけた時、アルスの声が、俺の頭に響く。
今までの声とは違う、魂へと響くような声。
「お前は、この俺を――」
「この、『アルス・ルージュ・イェーガー』に……傷を付けたってことを!」




