ミア③
「……ユウスケ」
その名を、一人部屋で呟いてみる。
ユウスケは、何か言いたげだったけれど……無理やり部屋から追い出した。
彼は本当に不思議な者だ。こんな私にずっと構って。
最初は怖かった。パパ以外の人間と遭対するなんて、考えた事も無かったから。
彼はここを出てからも、沢山の冒険をするんだろう。
本で見せてもらったような、綺麗な青い空の下で。
こんな場所があった事も、私の事も、忘れてしまう程に。
……もう、限界に来ている。分かるんだ。
これ以上ユウスケと話したら――この場所に埋められた、『システム』が起動する。
明日で、最後だ。
彼と話すのも、彼と会うのも。
そう決めたんだから。
――――――――――――――
「……ミア。おはよう」
「おはよう、ユウスケ」
最後と思えば、案外私も素直になれた。
挨拶なんて返すのは、パパぶりだろうな。
「今までの事、本当に感謝してるの」
私は今、どんな表情をしているだろうか。
「ミア。君は一体、何を隠してる。どれだけのものを抱えてるんだ」
彼はそう言う。
「……私の秘密を知れば、貴方は死ぬ。それ程のもの」
もう、隠す事もない。
今日で別れるんだ。
「……何だよ、それ」
ユウスケは、苛立つようにそう言った。
「ふふ、ごめんね。私は、そういう『モノ』だから」
言い放つ。
「――俺がミアを助けようとすれば、俺が死ぬってか?」
「ええ」
震えるユウスケ。私は淡々とそう答えた。
無理もない。私に掛けた時間が無駄になったのだ。
彼の命と私を助ける事――天秤に乗せたら答は出る。
「ふざけんな!一体、誰が――ミアをそうさせたんだ」
ユウスケはそう怒鳴る。
本当に彼は優しい。私をこうさせた者に、怒ってくれるなんて。
でも――その答えは、彼にとっては辛いもので。
「私のパパ。私が大好きなパパよ」
「な――」
ユウスケの顔が歪んでいく。
彼を助けた『父親』という存在は、とても大きなもの。
過去を聞けば、それは相当なものだった。
その父親が――私のパパが、私をこうさせたのだ。
彼にとっては、受け入れがたいものだろう。
「……それじゃ。これ以上はもう、貴方と話せない」
「っ――」
ユウスケに話せるのは、ここまで。
これで、最後だ。
「あのね」
私は、ずっと一人でいたから……表情の出し方も、分からなかった。
それでも、頑張って練習した。
ユウスケに見せられるように。最後には、必ずこの表情で別れられるように。
想い出す。
ユウスケとのこれまでの日々。
楽しかった、とても貴重な時間。
話してくれた、ユウスケの話。
見た事もない綺麗な世界。
この島の外を冒険する――そんなユウスケの姿を。
表情を作るために、頭に浮かべていく。『楽しい』情景を。
「今まで、本当に――ありがとう。ユウスケ」
とびきりの、笑顔。
「――っ」
ユウスケは驚いたような、そんな表情だった。
初めて見るから当たり前だ。それにしても変じゃないだろうか。
私が笑顔なんて出すのは、忘れる程に久しぶりだろうから。
「――ミア」
「ふふ、何?」
ユウスケは私の名前を呼んで近付く。
そんなユウスケに、私は笑った顔を作りながら答えた。
――瞬間。
「……!」
私は、ユウスケに――抱き締められた。
温かく、心地良い彼の身体。
はずなのに――私の頬の部分だけ、ヒヤりと冷たい。
まるで、何かに濡れているようで。
……これは、私の、『涙』?
「――言ったよな。俺は、絶対にお前を見捨てないって」
抱き締めたまま、彼は言う。
私が欲しかった言葉をつらつらと。
それはきっと、聞いてはいけない—―なのに、私の心が拒否しない。
「何があろうと――俺に何が降りかかろうとも、俺がお前を救ってやるから」
涙が、彼の服に、染みていく。
それ、以上は、ダメ。
「……『今まで、よく頑張ったな』」
心に響く優しい声と、頭にかかる優しい感触。
何かがシルマの中で起動した。
同時に心が、ユウスケに埋め尽くされて。
「だ、め――――――」
意識が無くなっていく。
パパの創ったシステムが――ユウスケを対象に、発動しているのだろう。
靄がかかったような視界の中。私は意識を手放していった。
ブックマーク&評価頂けると嬉しいです。
もうすぐ1000pt……!