ある一年前②
―――――――
『亡くなった』
その声は、俺の頭の中で何度も何度も反響していく。
しかしそれは、受け入れられない。
父さんが、死んだ………………?
……嘘だ。
聞きたくない。
何で、どうして。
「――――!――――!」
受話器は耳にあるのに、電話の先の声は聞こえなかった。
身体の力が抜けていく。
放心状態のまま、座り込む。
涙も流れない、『悲』という感情すらも出てこない、真っ白な状態。
父さんの死は唐突で、そしてそのせいか、俺は受け入れる事が出来なかった。
12月16日――――――贈るはずのプレゼント。
静かに、床に転がった。
―――――――――――――
それからの事は、あまり覚えていない。
流れていく時間に、『俺だけ置いていかれて行っている』、そんな状態。
遠い叔父さんや叔母さんが、父さんが亡くなった翌日に家に来てくれて、俺を大分心配してくれていたっけな。
まったく手を付けていない豪華な料理にケーキ。
床に転がる包装された箱。
そして死んでいるかのような俺を見て、まるで自分の事かのように泣いてくれた。
「祐介君、明後日葬儀だからね。……お父さん、見届けてあげて」
叔母さんは優しくそう言ってくれた。
―――――――――――――
葬儀の日。父さんは俺が思っていた以上に著名人で、葬儀はかなりの人達が来てくれていた。
叔父さんと叔母さんに連れられて、葬儀の会場へ向かう。
付いた途端、俺に向かって誰かが走ってくる。
「君が祐介君だな!!」
手に持った写真と俺の顔を比べて、そう言う謎の男の人。
その声、台詞は、あの時電話で聞いた物と同じだった。
「本当に、すまなかった――悠馬が死んだのは、俺のせいだ」
泣きながら、俺に頭を下げる。
聞けば、この人は父さんと一緒に仕事をしているらしい。サポーターのような役割だと。
撮りに行く所を提案するのもこの人だったらしい。
今回も同じように二人で仕事先に向かった所で――災害が起きた。
本当に、不運な事だった。
そして二人はそれに巻き込まれた。
父さんは、この人を庇う形で、傷を負って。
「悠馬は――それで……」
父さんはもう助からない傷だったと。
止めどなく血を流し、普通なら即死だった傷を抑えて。
『祐介が待ってるんだ』、そう言い続け――病院に運び込まれたが……そこで、心臓が止まった。
「………………」
俺は、何も言えなかった。
軽く頭を下げて、葬儀の会場に向かう。
明確な父さんの死因を聞いても、まだ、現実が分からない。
あっと言う間に、葬儀が始まる。
当たり前ではあるが、俺は大分前の方だった。
父さんの遺影から、目を背けた。
「……祐介君の番だよ」
お焼香の番が回ってくる。
ふらふらと、俺は前に出る。
そして――その時。
見えてしまった。
もう亡き者になった、棺桶の中に眠る父が。
その時、父さんが亡くなったあの時から、時間が、現実が俺に追い付く。
『父さんはもういない』
そう、しっかりと、嫌な程に、鮮明に、俺の頭に刻み付けていく。
焼香なんて、出来る訳がなかった。
ずっと流れる事の無かった涙が、堰を切ったように流れていく。
抑える事も出来ない。感情が暴れる。
その場で立ち尽くし、俺は泣き続けた。
―――――――――――――
それからもずっと俺は泣き続けて。
やがて、葬儀も終わり火葬場へ。
「これが、最期の別れとなります」
火葬炉の前で、僧侶さんがそう言う。
「一時間ほど準備がありますので。……最期の言葉をかけてあげて下さい」
順番に、親族の人やさっきの仕事仲間の人。
感謝の言葉を掛けていった。
そして俺以外の全てが終わり、俺に順番が来る。
「……」
涙でぐちゃぐちゃになりながら、前を見据える。
「――何で!勝手に死んだんだよ!俺を置いて行くなよ!」
「あれだけ待ってたのに――美味しい料理も作って、プレゼントも頑張って用意したのに――何で!」
「何で死んじゃうんだよ……」
そんな事を、僧侶さんが来るまで父さんに叫んでいたと思う。
やがて火葬されて、骨を拾って。
お葬式はそれで、終了した。
―――――――――――――――
それからは、俺は叔母さんの家にお世話になる事になった。
今だに父が消えず、何もする気が起きなかった。
学校の事も、これからの事も、何も考えたくなかった。
「……やあ、祐介君。久しぶりだね」
そんな中、あの時のサポーターの人が家にやって来る。
あの時とは異なる、こちらを気遣った静かな声。
「実は――こんな物があって」
出したのは、分厚い一冊のノートのようなものだった。
「悠馬はいつも仕事に行く時は、これを持って行っててね」
「……そう、なんですか」
「これは、『今』の君に読んでほしい。天国の悠馬もきっと、そう思っている。……はは、今のあいつは少し、恥ずかしがっているかもな」
笑ってそう言うサポータの人。
そして、ゆっくり読んでくれとだけ言って出て行ってしまった。
「……」
そのノートを開けると、まず初めに、俺の赤ん坊の頃の写真と共に、文章が書かれてある。
『俺の子供が生まれた。これまでの人生最高の日だ』
その見出しと共に、父さんの想いがずっと書かれていた。
そしてそこから次のページへと向かうと共に、時間が進んでいく。
『祐介が歩くようになった』
『祐介が喋れるようになった』
『祐介が友達を作った』
『祐介が小学生になった』
『祐介が初めて料理を作ってくれた』
『祐介が中学生になった』
『祐介が、話してくれなくなった……』
『祐介が久しぶりに挨拶を返してくれた』
『祐介が高校に受かった!』
『祐介と会えるのが楽しみだ』
これまでの俺の人生が、その時の写真と、父さんの手によって描かれている。
「……何だよ――何だよ、これ……」
そして――少しの空白の頁を超えて、最後の一枚。
ノートを捲り続けたその先、『それ』は存在していた。
俺はそれを、震える手で支えて見る。
『祐介へ』
その見出しと共に、俺へのメッセージが書かれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ふと、俺が死んだら……なんて事を考えたら書きたくなってな。俺の仕事は危険が多いからな。勿論死ぬ気なんて毛頭無いぞ。
これが遺書なんかになるかは分からないが……残しておく事にした。
悔いのないように書き留めておく。俺はこんな事祐介の前で言えるほど器用じゃないんでな。
祐介には、沢山迷惑を掛けた。母さんも居ないし……父親だけってのは嫌だよな。
仕事も忙しくて余り構ってやれなかった。寂しい思いをさせてしまった。
それでも祐介は、俺の話を楽しそうに聞いてくれて家事も頑張って練習してくれた。本当にありがとう。
俺は、これまでに沢山の写真を仕事で撮ってきた。
それでも……数ある世界を回っても、危険な谷を越えた先の絶景と比べても、祐介の笑った顔の写真が一番元気をくれているんだ。
祐介は少し人見知りな所もあるし、目つきも俺の血のせいで悪い。
でも本当に優しくて……きっと俺と母さん以外にも、沢山の人に愛される人間だ。保証する。
…………これ以上書くと長くなりそうだから、ここ辺りで止めておこう。
祐介、本当に母さんから生まれてきてくれてありがとう。
最後に……俺の身に何かあっても、前を向いて歩いてくれ。
人を助け、お前を愛した者を守れるような……そんな強い男になれ。
天国にでも地獄にでも行こうが、俺はお前を見守ってやるから。
これから先の祐介の人生が、どうか幸せでありますように。
頑張れよ。あと、身体に気を付けてな。
藍 悠馬
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……父さん」
読み終えて、俺は涙を拭く。
……俺は、何をやってるんだ。
父さんはもう居ない。そんな事はもう、嫌という程分かったはずだ。
世界は日々進んでいく。
いつまでも、今のままではいられない。
今の俺を父さんが見たら悲しむだろ。
ゆっくりでも、俺は進むんだ。
そう、心で決意した。
―――――――
父さんの遺言を読んだ後、俺は父さんの墓に足を運ぶ。
久しぶりに見えた綺麗な空は、俺をそこへ送り出してくれている気がした。
「こちらこそ、今までずっと――ありがとう。父さん」
遺書に返事を一つ。
そして、懐からあげるはずだったネックレスを取り出して墓に備える。
「天国か地獄か分からないけれど、良ければ付けていってくれよ」
俺なりの、心のけじめだった。
もう父さんはいない。それでも、俺は父さんが大好きだ。
だからこそ、俺は前をしっかり向いて、前に進んでいかなきゃならない。
自分なりの……最後の親孝行。
俺は、父さんの墓を後にした。
―――――――
そして俺はお世話になった叔父叔母さんの元から離れ。
一人暮らしを始め、学校も転校した。
最初は大変で、人から避けられたりして辛かったけれど、折れずに毎日を過ごしていった。
前以上に勉強も頑張った。筋トレなんかも始めた。
そして、誰かがやっていたように綺麗と思う風景を写真に収めたり。
「はは、まさかこんな異世界に飛ばされるなんて思わなかったけどな」
最初は折れかけた、俺もまだまだ弱かったよ。
俺だけこんな力で――でも、そんな俺を支えてくれる、かけがえのない人も出来た。
「何とか、俺は元気にやってるよ、父さん」
『親離れ』は、もう少し時間がかかるかもしれないな。
俺は笑って、ライターの火を消す。
――――いつか、必ず。
俺を見た父さんが、悔しがる程に成長してやるから。
……だから。
「安心して、眠っててくれよ」
ちょうど、あれから一年。
俺は空に向けて、静かに手を合した。
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