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増幅使いの這い上がり  作者: aaa168(スリーエー)
『灰色の少女』編
106/127

ある一年前②

―――――――




『亡くなった』




その声は、俺の頭の中で何度も何度も反響していく。


しかしそれは、受け入れられない。



父さんが、死んだ………………?




……嘘だ。


聞きたくない。


何で、どうして。



「――――!――――!」




受話器は耳にあるのに、電話の先の声は聞こえなかった。




身体の力が抜けていく。


放心状態のまま、座り込む。



涙も流れない、『悲』という感情すらも出てこない、真っ白な状態。



父さんの死は唐突で、そしてそのせいか、俺は受け入れる事が出来なかった。


12月16日――――――贈るはずのプレゼント。




静かに、床に転がった。







―――――――――――――



それからの事は、あまり覚えていない。


流れていく時間に、『俺だけ置いていかれて行っている』、そんな状態。


遠い叔父さんや叔母さんが、父さんが亡くなった翌日に家に来てくれて、俺を大分心配してくれていたっけな。



まったく手を付けていない豪華な料理にケーキ。


床に転がる包装された箱。


そして死んでいるかのような俺を見て、まるで自分の事かのように泣いてくれた。




「祐介君、明後日葬儀だからね。……お父さん、見届けてあげて」



叔母さんは優しくそう言ってくれた。




―――――――――――――



葬儀の日。父さんは俺が思っていた以上に著名人で、葬儀はかなりの人達が来てくれていた。


叔父さんと叔母さんに連れられて、葬儀の会場へ向かう。


付いた途端、俺に向かって誰かが走ってくる。




「君が祐介君だな!!」




手に持った写真と俺の顔を比べて、そう言う謎の男の人。


その声、台詞は、あの時電話で聞いた物と同じだった。



「本当に、すまなかった――悠馬が死んだのは、俺のせいだ」



泣きながら、俺に頭を下げる。


聞けば、この人は父さんと一緒に仕事をしているらしい。サポーターのような役割だと。


撮りに行く所を提案するのもこの人だったらしい。



今回も同じように二人で仕事先に向かった所で――災害が起きた。



本当に、不運な事だった。


そして二人はそれに巻き込まれた。


父さんは、この人を庇う形で、傷を負って。




「悠馬は――それで……」


父さんはもう助からない傷だったと。


止めどなく血を流し、普通なら即死だった傷を抑えて。


『祐介が待ってるんだ』、そう言い続け――病院に運び込まれたが……そこで、心臓が止まった。




「………………」



俺は、何も言えなかった。


軽く頭を下げて、葬儀の会場に向かう。


明確な父さんの死因を聞いても、まだ、現実が分からない。




あっと言う間に、葬儀が始まる。


当たり前ではあるが、俺は大分前の方だった。


父さんの遺影から、目を背けた。




「……祐介君の番だよ」



お焼香の番が回ってくる。


ふらふらと、俺は前に出る。



そして――その時。


見えてしまった。


もう亡き者になった、棺桶の中に眠る父が。




その時、父さんが亡くなったあの時から、時間が、現実が俺に追い付く。




『父さんはもういない』




そう、しっかりと、嫌な程に、鮮明に、俺の頭に刻み付けていく。



焼香なんて、出来る訳がなかった。


ずっと流れる事の無かった涙が、堰を切ったように流れていく。


抑える事も出来ない。感情が暴れる。




その場で立ち尽くし、俺は泣き続けた。




―――――――――――――




それからもずっと俺は泣き続けて。



やがて、葬儀も終わり火葬場へ。



「これが、最期の別れとなります」



火葬炉の前で、僧侶さんがそう言う。



「一時間ほど準備がありますので。……最期の言葉をかけてあげて下さい」



順番に、親族の人やさっきの仕事仲間の人。


感謝の言葉を掛けていった。



そして俺以外の全てが終わり、俺に順番が来る。




「……」



涙でぐちゃぐちゃになりながら、前を見据える。



「――何で!勝手に死んだんだよ!俺を置いて行くなよ!」


「あれだけ待ってたのに――美味しい料理も作って、プレゼントも頑張って用意したのに――何で!」


「何で死んじゃうんだよ……」



そんな事を、僧侶さんが来るまで父さんに叫んでいたと思う。


やがて火葬されて、骨を拾って。



お葬式はそれで、終了した。




―――――――――――――――



それからは、俺は叔母さんの家にお世話になる事になった。


今だに父が消えず、何もする気が起きなかった。


学校の事も、これからの事も、何も考えたくなかった。



「……やあ、祐介君。久しぶりだね」



そんな中、あの時のサポーターの人が家にやって来る。


あの時とは異なる、こちらを気遣った静かな声。


「実は――こんな物があって」



出したのは、分厚い一冊のノートのようなものだった。



「悠馬はいつも仕事に行く時は、これを持って行っててね」


「……そう、なんですか」


「これは、『今』の君に読んでほしい。天国の悠馬もきっと、そう思っている。……はは、今のあいつは少し、恥ずかしがっているかもな」



笑ってそう言うサポータの人。


そして、ゆっくり読んでくれとだけ言って出て行ってしまった。




「……」




そのノートを開けると、まず初めに、俺の赤ん坊の頃の写真と共に、文章が書かれてある。




『俺の子供が生まれた。これまでの人生最高の日だ』



その見出しと共に、父さんの想いがずっと書かれていた。


そしてそこから次のページへと向かうと共に、時間が進んでいく。




『祐介が歩くようになった』




『祐介が喋れるようになった』




『祐介が友達を作った』




『祐介が小学生になった』





『祐介が初めて料理を作ってくれた』





『祐介が中学生になった』





『祐介が、話してくれなくなった……』





『祐介が久しぶりに挨拶を返してくれた』





『祐介が高校に受かった!』




『祐介と会えるのが楽しみだ』




これまでの俺の人生が、その時の写真と、父さんの手によって描かれている。




「……何だよ――何だよ、これ……」




そして――少しの空白の頁を超えて、最後の一枚。


ノートを捲り続けたその先、『それ』は存在していた。


俺はそれを、震える手で支えて見る。



『祐介へ』



その見出しと共に、俺へのメッセージが書かれていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ふと、俺が死んだら……なんて事を考えたら書きたくなってな。俺の仕事は危険が多いからな。勿論死ぬ気なんて毛頭無いぞ。


これが遺書なんかになるかは分からないが……残しておく事にした。


悔いのないように書き留めておく。俺はこんな事祐介の前で言えるほど器用じゃないんでな。



祐介には、沢山迷惑を掛けた。母さんも居ないし……父親だけってのは嫌だよな。


仕事も忙しくて余り構ってやれなかった。寂しい思いをさせてしまった。


それでも祐介は、俺の話を楽しそうに聞いてくれて家事も頑張って練習してくれた。本当にありがとう。



俺は、これまでに沢山の写真を仕事で撮ってきた。


それでも……数ある世界を回っても、危険な谷を越えた先の絶景と比べても、祐介の笑った顔の写真が一番元気をくれているんだ。


祐介は少し人見知りな所もあるし、目つきも俺の血のせいで悪い。


でも本当に優しくて……きっと俺と母さん以外にも、沢山の人に愛される人間だ。保証する。


…………これ以上書くと長くなりそうだから、ここ辺りで止めておこう。


祐介、本当に母さんから生まれてきてくれてありがとう。






最後に……俺の身に何かあっても、前を向いて歩いてくれ。


人を助け、お前を愛した者を守れるような……そんな強い男になれ。


天国にでも地獄にでも行こうが、俺はお前を見守ってやるから。




これから先の祐介の人生が、どうか幸せでありますように。


頑張れよ。あと、身体に気を付けてな。





藍 悠馬


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……父さん」



読み終えて、俺は涙を拭く。



……俺は、何をやってるんだ。


父さんはもう居ない。そんな事はもう、嫌という程分かったはずだ。



世界は日々進んでいく。


いつまでも、今のままではいられない。


今の俺を父さんが見たら悲しむだろ。


ゆっくりでも、俺は進むんだ。


そう、心で決意した。





―――――――




父さんの遺言を読んだ後、俺は父さんの墓に足を運ぶ。




久しぶりに見えた綺麗な空は、俺をそこへ送り出してくれている気がした。




「こちらこそ、今までずっと――ありがとう。父さん」



遺書に返事を一つ。



そして、懐からあげるはずだったネックレスを取り出して墓に備える。



「天国か地獄か分からないけれど、良ければ付けていってくれよ」



俺なりの、心のけじめだった。


もう父さんはいない。それでも、俺は父さんが大好きだ。


だからこそ、俺は前をしっかり向いて、前に進んでいかなきゃならない。



自分なりの……最後の親孝行。


俺は、父さんの墓を後にした。




―――――――




そして俺はお世話になった叔父叔母さんの元から離れ。


一人暮らしを始め、学校も転校した。


最初は大変で、人から避けられたりして辛かったけれど、折れずに毎日を過ごしていった。


前以上に勉強も頑張った。筋トレなんかも始めた。


そして、誰かがやっていたように綺麗と思う風景を写真に収めたり。




「はは、まさかこんな異世界に飛ばされるなんて思わなかったけどな」



最初は折れかけた、俺もまだまだ弱かったよ。


俺だけこんな力で――でも、そんな俺を支えてくれる、かけがえのない人も出来た。




「何とか、俺は元気にやってるよ、父さん」




『親離れ』は、もう少し時間がかかるかもしれないな。


俺は笑って、ライターの火を消す。





――――いつか、必ず。




俺を見た父さんが、悔しがる程に成長してやるから。



……だから。




「安心して、眠っててくれよ」



ちょうど、あれから一年。


俺は空に向けて、静かに手を合した。


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