ある一年前①
祐介視点に戻ります。
「ふう……今日はこれで終わろう」
朝のトレーニングを終わらせてから、俺は灰色の空を眺める。
まだまだこの場所は慣れないな。
青い光、脈動する工場、守る機会の兵隊達。
そしてそんな場所に一人佇む少女。
あのあげた本は、大事にしてくれているだろうか。
飽きる程開けた本だったが、こうして手元を離れると寂しいもんだ。
俺は、あの子と仲良くなれているのかな。
あの子は、少しは寂しさを忘れてくれているかな。
「……まあ、俺は俺のやる事をするだけだ」
まだ会って時間もそう経っていない。
ゆっくりと、知っていけばいい……
「今日は……12月16日、か」
腕時計を眺め、俺は呟く。
12月16日。この日だけは、何があっても忘れる事など無い、そんな日だ。
ポケットからライターを取り、点火する。
朧げな記憶になど、決してならない。
この火のように、俺の中で、『あの時』の記憶は生き続ける。
「あれから、もう一年経ったんだな」
思い出す。
俺のこれまでを。
ライターを眺めながら、記憶を呼び覚ましていく。
――――――――――――――――――
俺の生まれは、中々大変だったらしい。
俺が大変という訳ではなく、母がだ。
身体が元々弱かったんだが……さらに子供を宿すと言えば周りが止める程だった。
それでも本人の希望で、俺が生まれたんだ。
考えられない程俺は元気だったらしいが――母さんはその反動か分からないが衰弱していった。
俺が物心つく前の事だ。俺を抱きながら、静かに息を引き取ったらしい。
当たり前だが、それだと父親しかいない。
俺はずっと、父さんに育てられてきたんだ。
それはそれは大変だっただろう。小さい頃は仕事を休止して、好きだった煙草もやめて……ずっと面倒を見てくれていた。
「祐介は、母さんの血を継いでるんだぞ」
そう言って、俺の頭をよく撫でてくれていた。
この茶色の髪は、俺の知らない母さんのものらしい。
そんな髪が伸びてきて、俺が小学生になり、少し経った頃。
「いってらっしゃい」
父さんは、仕事を再開した。
父さんの仕事は変わっていて、世界を回る仕事だった。
各地の綺麗な写真を撮って、その写真を売る仕事。
当然ながら、世界を回っている間は家に俺一人。
大変だったのは、料理や洗濯などの家事だ。
父さんは不器用だったけれど、俺に必死に教えてくれた。そして俺も頑張って覚えた。
自信満々に父さんを見送る事が出来るほどには。
「ただいま、ユウスケ」
当たり前だが、父さんが居ない間は寂しい。
家事が出来ても、その家事は自分の為だけだから。
帰ってきても誰もいないというのは、小学生にはなかなか辛かった。
「おかえり!」
それでも、父さんが帰ってくる事は、その寂しさが吹き飛ぶほど楽しみだった。
仕事先でのお土産には、食べ物や音楽、おもちゃ。
何よりも、父さんと話せる事が楽しかった。
仕事先での変わった出来事とか、変な人物とか、感動した事とか。
撮った写真を机に散りばめて、その写真の物語を聞かせてくれたり。
控え目に煙草を吹かしながら、それらを語る父さんが、俺は大好きだった。
「祐介は、母さんに似て器用で賢いな」
父さんが俺を褒めてくれる時は、本当に嬉しかった。
そして俺は、父さんに褒められる為に色々と頑張った。
テストも頑張ったし、料理の幅も小学生ながらに増やしていく。
「いってらっしゃい」
また仕事に行く父さんを見送って、また帰ってくる日を待つ。
「ただいま」
そして帰ってきて、いっぱい構ってもらう。
そんな日々。
俺はそんな毎日が楽しかった。
「いってらっしゃい」
―――――――――――――――
中学生になった。
父さんの写真家としての名が、かなり売れ始めた頃だった。
今までよりも更に忙しく、俺に構ってくれる時間が少なくなってきていた。
「ただいま、祐介」
「……」
俺は挨拶を返さなくなった。
いわゆる、反抗期っていうやつだ。
俺を置いて世界に旅立って、毎日仕事。
今思えば、寂しかったんだろう。
その寂しさが、俺をそうさせたのかもしれない。
「本当に祐介の飯は旨いな」
「……あっそ」
本当は嬉しいのに、そっけない態度を取ったり。
「明日出発なんだ。朝ごはんは――」
「っ、勝手に行けよ!」
本当は行ってほしくないのに、突き放す言葉を言ったりした。
時は立つ。
中学校でのある時。
「祐介君のお父さんって、あの有名な写真家の『藍悠馬』さん?凄いね!写真見たけど凄かったー」
一度何かの拍子で地域の新聞に父さんの名が出てから、クラスメイトからも知られるようになった。『藍』……確かに、変わった苗字だったしな。
それで父さんが人々に賞賛されているのが分かって、とても嬉しかった。
父さんは、俺だけじゃなく他の沢山の人を楽しませてるんだって。
だからこそ父さんが忙しいのは当然だと、そう考えるようになった。
これが、中学二年生の時だったか。
「ただいま」
「……おかえり」
「……!ああ!」
ほんの少しずつ、俺は素直になっていった。
―――――――――――――――――
高校生になった。
頑張って勉強して、かなり良い所の高校に入れたと思う。
勿論父さんは褒めてくれた。父さんも、その頃はかなり有名になっていたと思う。
大分打ち解けて、俺はかなり父さんと仲良くなっていた。
昔のように旅先での話や、俺の学校での話とか。
「あっちの人は大変だ」とか、「高校で茶髪で苦労してるんだぞ」とか、父さんと会話するのが楽しかった。
仕事が忙しいのも受け入れられて、また、毎日が楽しくなってきた所だった。
こんな毎日が続けば。
どれ程思っただろう。
――――――――――――――
――――――――
時は経つ。
12月16日。父さんの誕生日。
高校生になってしばらくたったその日。
「誕生日ぐらい家で過ごしたいからな。無理やり空けてやったよ。ハハハ」
そう言って、三日前、凄く嬉しそうに仕事へ行った父さん。
それを聞いて俺は色々と準備をしていた。
ある程度以上の家事は出来るようになり、色々こだわった料理も出来るようになった。
父さんが持って帰ってきた食材も織り交ぜて、手によりをかけた料理。あとバースデーケーキ。ろうそくもしっかりと立てておいた。
……そして、秘密でバイトして貯めたお金で買った、ネックレス。
歳を取るにつれて格好良くなる父さんに似合うような、銀の格好の良いものを買って、箱に詰めた。
これまでの感謝を込めて。
喜ぶ顔が見たいから、俺は帰ってくるまでの三日間が楽しみで仕方がなかった。
「……まだ、かな」
時間は、夜の九時を回っていた。
早かったら、六時には帰ってくると言っていたのに。
料理も冷めてしまう。俺はネックレスの箱を握りしめて待った。
きっと、電車か何かが止まっているのだろう。
多少味は落ちるけど、レンジで温めよう――――
「――!」
電話が鳴った。
きっと、父さんからだと、そう思って取っていた。
そして。
「――――君が祐介君か!?」
知らない男の人の声だった。
切羽詰まった、そんな声。
「そう、ですけど……」
圧に押され、引き気味に返事をする。
「……そう、か、祐介君。心して、聞いてくれ」
そう、言い出す男の人。
分からない。
これ以上、何故か聞きたくなかった。
「……君のお父さん、悠馬は――――――」
続く言葉を聞いた瞬間、時間が止まった気がした。
「――亡くなった」
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