灰色から②
「よっ」
その男は、軽い挨拶だけして、私の部屋に上がり込む。
声が少し震えている、緊張しているようだ。
鍵は開けておいた、閉めてもどうせ最初のように入ってこれるのだから。
……今になって疑問が浮かぶ。この男はどうやって鍵を開けたのか。
パパの魔法で創られた鍵だ、そう簡単に開けられない。まして力業な様子でもない。
「……」
「もしかして、機械達の動きが収まったのは君のおかげか?」
私が考え込んでいる間に、その男は言う。
機械達……というのは、バルドゥールの事だろう。
昨夜、この男が出て行ってから、警戒レベルを下げておいた。
バルドゥールに危害を加えない限りは、何者にも手出しをさせないように。
パパが亡き今、この場所の全ては私の統轄だから。
「そうだけど」
私は肯定する。突き放すようなこの喋り方は、どうやっても直せない。
自身の意思と発する言葉が噛み合わない。
パパと話していた時はこんなじゃなかったのに。
「やっぱりそうか、助かったよ。あれは手強いからな」
「……当たり前でしょ」
パパが創ったのだから、当然だ。
エニスマの領域内は、パパの自慢のバルドゥールばかりなんだから。
シルマ付近なんて、設計にどれ程時間を――
「はは、そっか」
この男は、そのバルドゥール達を倒してきたんだ。
パパが創ったバルドゥールを。パパが聞けば、どれ程驚くだろうか。
「何度も死にかけたよ。毎日強敵との連続だった。特にこの塔の周りは凄かった」
「……そう」
現に、この男の顔には受けたであろう傷がある。
服や靴なんかは、何故か全く傷がないけれど……
「あ、別に恨んではいないぞ!何なら感謝してるんだ」
感謝、という言葉が引っ掛かる。
自分が死にかけた相手に、なぜそんな事を抱けるのか。
「……ん?はは、強くなれたからな」
疑問で沈黙した私へと、男はそう言った。
強さ。……生き残るには確かに必要なものだ。
「……強くなって、どうなるの」
私は、少し声音を強くしていた。
『もっと強くしないと』
パパがバルドゥール達を創る時も、いつもそんな事を言っていた。
同じような事を言う彼に、私は少し苛立っていたのかもしれない。
「そうだな……色々と理由はある――でも一番は、大事な人を守る為だ」
男の言葉に、私は返す事が出来なかった。
静かにいったその言葉の重みと、ここまで侵入した実績に、彼の道のりを見た気がして。
一体この男は、これまでにどんな人生を――
「……はは、ちょっと格好つけたな。でも本当の事だよ。勿論自分が生きる為でもあるけど――」
そう話す彼を、私は遮って――
「――貴方達は、一体何者なの」
――――――――
「何者、か……」
少しの沈黙。
私の声に驚く事無く、考え込む男。
「あ!」
その最中、急に驚いた様子を見せる。
「……はは、ごめん……名前言うの忘れてたよ」
そう言いながら、恥ずかしそうに頭をかく男。
別にそんな恥ずかしがる事では無いと思うが、彼の中ではきっとそういうものなのだろう。
「俺の名前は――アイ・ユウスケ。ユウスケって呼んでくれ」
男――いや、ユウスケはそう名乗った。
「君の、名前は?」
パパ曰く、生まれてきた者には名前が付けられる。
私も同様。そして名前は、親が名前を付ける。だから私は、パパから名前を貰った。
――「名前は……そうだ!ミアにしよう、おまえの名前はミアだ」――
……私の名前はミア。パパから授かった、綺麗で、大切で、とても気に入っている名前。
だからこそ――他の者に、そう呼ばれたくなかった。
「……名前なんて、どうでもいいでしょ」
私は、そう言い捨てる。
「そっか。教えたくないなら良いよ……でも、君に名前があるんなら、それは大切なものだ。どうでも良くはないと思う」
ユウスケはそう言う。
そんな事は分かっている。この名前は大切なものだ。
でも、何か少し悔しく、腹が立った。
「……」
沈黙。
言い返す言葉も見つからないので、私は黙り込む。
まるで子供だ。
「……さてと。俺達が、何者かって質問だったな」
黙った私へ、ユウスケは続ける。
「俺達は――別の世界から、転移してきたんだ」
『別の世界』。『転移』。
そのどれもが、聞いた言葉だった。
それはそうだ――パパも全く同じ事を言っていたから。
この者達は――パパと同じなんだ。
異世界転移者。
「まさか、こんな所で……」
パパと同じ異世界転移者と会うなんて、と……驚きを隠すことなど出来なかった。
「そ、その別の世界の名前は?」
「前の世界は――うーん、何て言えばいいんだろうな。あえて言うなら『地球』、か」
また、聞いた言葉。けれど、それは良く分からなかった。
言葉だけで、何かが分からない。でも、聞いた事があるんだ。
ユウスケは、パパと、多くの共通点がある。
「……君は――」
私の反応を見て、何か言おうとしているユウスケ。
頭が混乱して、続きが聞き取れない。
「――今日は、もう、帰って」
たまらず、私はそう言い放ってしまう。
アイ・ユウスケ……彼との会話。
これが、初日の事だった。
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