帰路
「……そ、そっか!ありがとな」
子供に心を開いて貰えた時のような感覚だ。
まだ完全にではないだろうが、嬉しい。
「……」
少し喋って、黙り込む少女。
会ってそうそうこんな事を言われて、この少女も動揺しているのだろう。
今日は一度帰った方が良いか……俺も話す内容を考えて置かないと。
樹以外に話す事なんて無かったしな。ここ最近はずっと。
……まさか、この地でこんな事に悩む事になるなんて。
「じゃあ、また明日な!」
――――――――――――――
部屋を出ると、樹が待っていた。
「……」
出迎えに、静かな笑顔を見せる樹。
どうやら俺の顔で結果は分かったらしい。
分かりやすい顔をしている、とよく雫にも言われた。
「また明日も来ていいってさ」
「……そ、そんなに、もう?」
驚く樹。
と、思っていたが少し外れていたらしい。
驚く樹はレアだ。ちょっと嬉しいな。
「はは。樹のおかげだよ。明日から何話すか考えておかないと」
久しぶりだ、初対面の人と話すのは。
しかも相手は少女。唯でさえ話すのが得意じゃないってのにな。
「……藍、君」
俺が帰路に着こうとした時、樹が俺の服を小さく掴む。
少し俯いて――まるで俺を逃さないように。
「ん?……はは、そういや樹と前の世界に居た時と似てるな。今の状況はさ」
「……?」
不思議そうな顔をする樹。
昔を思い出す。
最初は全く仲良くなれなさそうだったけれど、諦めずに話しかけていた時。
「あの頃はさ、樹と話す内容をずっと考えてたんだ。どうしたら、樹が楽しそうにしてくれるかなとか、こんな事言えば笑ってくれるかなとかさ」
「……っ」
何と無く昔を思い出すように言うと、樹の手が少し震える。
まあ結局のところ……この世界に来てから初めて会話したんだけどさ。
「本当にずっと諦めなくて良かったと思ってるんだ。だから――あの子の事も、諦めずに頑張ってみようかなって……そう思えるんだよ。はは、最初は流石にキツかったけどさ」
そう言うと、樹の手が離れた。
俯いた顔も戻る。
見えていなかった顔は、静かに笑っていた。
「きっと……大丈夫」
樹がそう言ってくれるのなら心強い。
俺は、止まった足を再度動かした。
―――――――――
帰路。
「――――……」
俺達は『機械兵の間を通り抜けて』塔の中を歩いている。
あの少女と話してから、何故か機械の兵達は俺達を襲って来なくなった。
まるで俺達など……最初から敵じゃなかったように。
「……」
樹も少し困惑しているようだ。
戦闘であまりじっと見る事が出来なかった機械達だが、こうして見ると本当に良く出来ている。
元の世界でもここまでの物は見たことが無い。
「――」
先程まで死闘を続けていた機械なだけあって、中々慣れないが。
「はは、どうしようか。この様子だと『ダンジョン』まで戻らなくても大丈夫そうだな」
「……」
頷く樹。
「……そういえば、通りがかったあの場所は……」
機械の兵士がこの状態なら、あそこが使えるかもしれない。
まるで住宅街のような、家のような建造物が沢山並んでいた場所。
「ちょっと、行ってみようか」
――――――――――――
ここに来たのは半日前だが、それでも兵に警戒していた為じっくりとは見れていなかった。
そして抱いた感想は、ジオラマをそのまま持ってきたような、そんな建造物ばかり。
家という『形』のモノが、並んでいる……そんな光景。
人の気配はない。
更に言えば、生きていない。
そんな印象だ。
「……お邪魔します」
その中の一つ、サイズが平均の建造物に入ってみる。
人の気配など全く無く、生物の気配すらない。
しかし、意外にも中は充実していた。
「凄いな、風呂もあるぞ」
寝室に浴室、リビングに机や食器までも。
そのどれもが埃を被り、払ってみれば一度も使用した事の無いほどに綺麗だった。
「本当に、誰も居ないんだな。ここには……」
恐らく他の建造物も同じだろう。
何故このような場所を作ったのかは分からない。
ただ、少し……この使用者の居ない部屋に悲しくなった。
「ちょっと掃除しようか」
この家が創られた当初に戻したい。
そして当たり前だが、この状態のまま泊まり込むには少々辛かった。
恐らく埃が溜まっているだけだろう、すぐ終わるさ。
「……」
頷く樹。
樹も俺と同じ心持ちな様子。
「さて、何からするかな」
前の世界ぶりの、掃除という作業だった。
―――――――――――――――――
「……終わっちゃったな……」
先程の宣言から一時間も経っていない。
俺は勿論『普通』に掃除したが……樹は別だ。
魔法がある。樹曰く聖魔法と水魔法は凄くこう言った事には便利らしい。
「……」
ぴかぴかの部屋を背景に、どこか自慢げな樹。
はは、完敗だ。
「おつかれさま、流石樹だな」
そんな樹の頭を撫でてやる。
「……」
嬉しそうに、頭を委ねる樹。
「……はは」
思わず出てしまう、安堵の笑み。
……今まで張り詰めていたせいか、やけに時間が温かく、ゆっくりと進むように思える。
ここの兵達も収まったし、戦闘は少しの間お休み出来そうだ。
「ご飯にしようか、樹」
ここには家具がある。そして調理器具があるんだ。
腕を振るわないとな!
――――――――――――――――
「ごちそう、さまでした」
「ごちそうさま」
相変わらず樹はよく食べる。
魔力量が多いからだろうか?美味しそうに食べてくれるのは嬉しいけどな。
流石に魔物の肉だけだと限界だ、外の世界ではもっと美味しい料理を作れるようになるだろう。
樹の嬉しそうな顔をすると、旨い料理を作ってあげたくなる。
立場逆か?まあいいか。
「さてと……そういえば、お風呂もあったよなここ」
この建造物は見事に家であり、浴室もある。
今までは樹の魔法で身体を洗ってたが……久しぶりに、お風呂に入るのもいい。
日本人だし、何より樹は女の子だからな。それを望んでいるだろう。
「……!」
笑って頷く樹。
予想通りだった。
「んじゃ……先入ってどんなもんか見てくるよ」