妖精の恋文――人間を好きになったらダメですか?
こんにちは。妖精と人間の恋物語です。さて、彼女らの行く末はハッピーか、バッドか。
彼の名前はアルミンといいます。
すっごい可愛い男の子。
肌はつるつるで、目はくりくりで、髪だってすっごくふわふわで、それでいてとっても甘い匂いがするの!
わたしは彼のことをずっと見てきました。
そっと、木の陰から覗いていました。
それだけで満足、それだけで幸せでした。
彼はとても優しい男の子。
人が傷ついたら一緒に泣いてしまうような優しい男の子。
サンザシの実を取るのもためらうような優しい男の子。
踏まれてしまった花を、一生懸命糸と棒でしばって、倒れないようにしてくれる優しい男の子。
彼は近付いても、わたしを気にしません。
彼に近付いても、わたしに気付いてくれません。
それはわたしが妖精だからです。
わたしはずっと、ずっと彼を見てきました。
産まれたときからアルミンのことを知っています。
赤ん坊だったとき、初めて彼を見たとき、ああ、なんて可愛い男の子なんだろうって思いました。
このまま妖精の国に連れて帰ってしまおうかって思うくらいでした。
でも、できませんでした。
アルミンはわたしのものにして良い子じゃないんです。
成長するアルミンを見ていると、胸がきゅーって締め付けられて、すっごくすっごくどきどきします。
とてもとても苦しいです。
そう。わたしはアルミンに恋をしてしまいました。
妖精が、人間に恋をするなんておかしいでしょうか?
人間の成長は早くて、赤ん坊だと思っていたら、いつの間にかはいはいをするようになって。いつの間にか立ち上がるようになって。いつの間にかふわふわな男の子になっていました。
そんな彼のことを嫉妬して、人間の男の子達が虐めるのです。
「おまえはなまいきなやつだ。おれがこらしめてやる」
アルミンが優しいのを良いことに好き放題やっていました。
あの可愛いアルミンの頭をぶったのです。
わたしはそんなことをする子が許せませんでした。
悔しくって、悲しくって、成敗してやる! って意気込みました。
仕返しだとばかりに、小石をぶつけてやりました。
ぎゅっと髪を引っ張ってやりました。
耳だって、きゅっとつねってやりました。
そんなことを繰り返しているうちに、ついにわたしの願いが叶ったのです。
アルミンを虐めることをしなくなりました。
わたしはすっごく誇らしくなりました。
人間がガッコウというのをやっているのを見ました。
子供たちを集めて。字の読みかけなどを教えるというのです。
みんなは手紙というものを書いていました。
将来の自分に送る手紙だそうです。
アルミンも書いています。
わたしは字が読めないから、どんなことを書いているか分かりませんでした。
そこでわたしは思ったのです。
アルミンに会えないなら、アルミンと話せないなら、せめて手紙を送ろうって思ったのです。
そこからは大変でした。
人間が捨てていった本を読んで、人間が捨てていった紙とペンを使って、わたしは一生懸命字の勉強をしたのでした。
とてもとても時間が掛かりました。
その間に、人間の成長はとても早くて。
アルミンは可愛い男の子から、素敵な男の子に変わっていました。
ようやく、ちょっとした字が書けるようになったわたしは、急いでアルミンに手紙を出すことにしたのです。
最初の手紙はどうしようか。
とても悩みます。
とてもとても悩みます。
これがすべてと言っても過言ではありません。
『アルミンさま。
ずっと見ています。昨日のあなたは野菜を残しましたね。ちゃんと食べないとダメですよ』
これは違います。
いくら心配でもこれは違います。
でも、ちゃんと野菜は食べるべきです。
そして、もっと素敵な男の子になってください。
『アルミンさま。
わたしはクラレットと言います。お手紙書きました返事が欲しいです』
ダメです。
これではアルミンに相応しい言葉ではありません。
『わたしはあなたを陰から見守る者です。
この想いとどまることを知らずに、ついにはお手紙を書いてみたくなりました。どうぞこの身を哀れむならば、お返事ください』
これも違います。
ちょっと怖いです。
もっと、もっと。
わたしはあーでもない、こーでもないと何度も書き直しました。
幸いにも、人間が捨てていった紙はたくさんあるので、簡単にはなくなりません。
わたしと、せめて友達になって欲しいのです。
自分の想いをそのまま手紙にしたためることに決めました。
『わたしの名前はクラレットです。
どうか、この手紙の前の、わたしの知らない素敵なあなた。
もしよろしければ、わたしと友達になってください』
わたしは居ても立っても居られなくなりました。
急いで手紙を作ります。
人間は便箋のまま渡しません。
封筒の中に入れて送るのです
だからわたしは余っている紙を折って、封筒にします。
一生懸命四角く折って、花の蜜や、木の樹液でしっかりと固めて袋状にします。
そして手紙を入れて、こんどは封をしなければなりません。
人間の蝋とマッチを拝借してきました。
火はとても怖いんです。怖くて、怖くて泣いてしまうくらい怖いです。
妖精はとても火に弱いです。下手をすれば死んでしまうかも知れません。
でも、でも、この想いはもう止められないのです。
わたしは「えいっ」と言って、マッチを擦りました。
そして蝋燭に火を灯しました。
手早く、素早く手紙に封をするのです。
石で作った、判で、蝋をぎゅっと押すのです。
蝋燭の火は、ふぅ、ふぅ、ってしてもなかなか消えてくれませんでした。
今日は火曜日。
わたしはさっそく実行に移しました。
気付かれないようにアルミンに近付き、そのままポケットの中に手紙を入れました。
返事が来ると良いです。ほんとうに来ると良いです。
トネリコの木の枝に結んで欲しいと頼みました。
金曜日に欲しいと頼みました
ずうずうしいかもしれませんが、わたしはもう待ちきれませんでした。
こんな気持ちになったのは初めてです。
金曜日になると、わたしは急いでトネリコの木の枝に手紙がないか探しました。
一生懸命探しました。
「あった!」
ありました。アルミンの手紙です。
わたしは嬉しくなって、胸がきゅーって熱くなりました
早速手紙を開けてみます。
『この手紙の向こうのクラレットへ。
ぼくはアルミン。ぼくで良かったら友達になるよ。
可愛い手紙をありがとう』
もう幸せで、ぎゅーってなりました。
くるくるーってお花畑を回りました
それからわたしたちの文通は続きました
それは小さな小さな幸せ。
そして、『人間』クラレットの小さな小さな秘密。
願わくばスイカズラのように、二人をいつまでも結んでください。
『アルミンへ。
こちらはたくさん花が咲いています。
アルミンに届けたいと思いましたが、花を折るのは可愛そうで、代わりに花の蜜を手紙に塗っておきました。
もし、そちらに花の匂いが届いていたら嬉しいです』
『クラレットへ。
花の匂い届きました。
これはスミレの匂いかな。
とてもとても優しい心遣いに、僕はとっても幸せな気分になりました』
『アルミンへ。
とても寒くなりました。
この時期の花は真っ白でとても綺麗。
春が来たら、クリスマス・ローズの種を添えます』
『クラレットへ。
春の気配が感じられました。
花の種は大切に育てます。
きっと君のような優しい花に育つでしょう』
わたしたちのやりとりは、一年、二年とずっと続きました。
火曜日にわたしが手紙を届けて、金曜日にアルミンが返す。
そんな日がいつまでも続くと思っていました。
――わたしは妖精。ああ、人間に恋をしてしまった、ばかな妖精。
アルミンもいつの間にかとても格好いい男の子に成長していました。
もう、あのときの可愛らしいアルミンはいません。
でも、わたしはもっと、もっと、ますますアルミンのことが好きになりました。
秘密。二人だけの秘密の手紙。
それがわたしたちを繋ぐ唯一のものです。
ああ、出来ればこのままずっと、このままいれたらいいのに。
そっと、またアルミンを覗きます。
男の子と一緒に話をしています。
昔アルミンを虐めていた男の子です。
いつの間にか友達になっているようでした。
男の子はいいます。
「きっと、シルフィーは君のことが好きだぜ」
「シルフィーが、そんなはずないよ」
「いやいや、あの顔を見ろよ、君のことをじっと見てる。気がなければあんな顔をするだろうか?」
わたしはぎゅぅっと胸が締め付けられるような痛みを感じました。
アルミンに向かうあの視線は、わたしと同じものだったのです。
ああ、それからはわたしの心は暗い影を落としました。
でも、手紙が届くときが、一番の幸せなのです。
やがてシルフィーがアルミンの前に良く現れるようになりました。
わたしはとても悔しくなりました。
あのシルフィーという女の子はぜんぜん可愛くありません。
だって、わたしのように空だって飛べません。
だって、わたしよりもお顔が大きいんですもの。
だって、わたしよりも手が大きいんですもの。
だって、わたしよりも背だってずっとずっと高いんですもの。
だって、わたしよりもアルミンの隣にいると、とても似合っているのです。
わたしは妖精。
小さな妖精。
決して人間とは一緒になれません。
ああ、こんな想いをするのならば。
ああ、なんでアルミンは妖精として産まれてこなかったのでしょう。
ああ、妖精が、人間の男の子に恋をしたのが間違いなのでしょうか?
ぎゅっと、いつまでも胸が痛みました。
わたしとあなたを繋ぐのは、いつだってお手紙です。
たとえそばにいられなくったて、これさえあればわたしは幸せです。
どうか、どうか、アルミンが彼女と一緒になっても。
どうか、どうか、手紙だけは続けてください。
夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来る。
わたしの心には冬が来て、いつまでも春は訪れません。
ああ、わたしのアルミン。わたしのアルミン。
愛しい愛しい人間の子ども。
そしてわたしはついに見てしまうのです。
あの女の子が、シルフィーが、アルミンに向かって柔らかく微笑んでいるのを。アルミンに向かって、頬を赤らめて、そして唇が震えるように開くのが見えてしまうのです。
ああ、なんて残酷なんでしょう。
あの子の言葉はただひとつ。
「あなたのことをお慕いしております。どうかわたしの想いを受け取って下さいませんか?」
わたしは見てしまうのです。
アルミンが彼女にはにかみながら、困ったような顔をしているのを!
ああ、ああ、胸が苦しい! 張り裂けてしまいそう!
アルミン! アルミン! わたしのアルミン!
可愛い可愛い、わたしの王子さま!
わたしは急いで戻りました。手紙を書くために戻りました。
この想いを伝えたかったのです、
だけど、伝えてしまってはそこで終りです。
だから、だからせめてずっとずっとずっと友達で居てくださいって書くつもりでした。
ですが、ないんです。
「ないの。ないの。手紙がないの。アルミンに届ける手紙がないの!」
あれだけたくさんあった紙は、いつの間にかなくなっていました。
片付けられてしまったのでしょうか。
ずっと、ずっと、毎年のように勝手に捨てて行くのに。
わたしはばかな妖精です。
想いも、願いも叶えられない、ばかな妖精です。
ずっと、べそべそと泣いていました。
悲しくて、悲しくて泣いていました。
もう、アルミンに手紙を出すことが出来ません。
ずっと、ずっと、べそべそと泣いていました。
――妖精が、人間に恋をしてはいけなかったのです。
そうして、アルミンに手紙が出せないまま二週間が経ちました。
わたしは、最後に、遠くなってしまった彼を見ようと思いました。
もう、彼とわたしを繋ぐものはなくなってしまったのです。
きっとわたしがいなくとも、あの女の子と幸せになるでしょう。
わたしは、森の奥で、仲間達と共に歌ったり、踊ったりするのです。
妖精らしく。
今日は火曜日です。
ほんとうなら手紙を渡す日でした。
ああ、彼がいました。
何年経っても素敵な彼が。
素敵な素敵な青年は、素敵な素敵な相手と恋をするでしょう。
わたしは、彼らが幸せになるようにお祈りするのです。
アルミンの様子が少しおかしかったです。
いつも柔和な笑みを浮かべている彼が、なにやら焦ったような顔をしているのです。
ポストの前でうろうろして、そわそわと落ち着きがありません。
もしかして、わたしの手紙を待ってくれているのでしょうか。
そう思いましたが、わたしはもう決めてしまったのです。
ああ、妖精が、人間に恋なんてしては行けなかったのです。
ですから、最後にひとことだけ、彼に挨拶をしたかったのです。
「さようなら」
耳元でそう囁きました。
彼にはきっと聞こえていないでしょう。
小さく、小さく囁きました。
わたしはまた悲しくなって、いつものスミレの花畑の中に逃げ込みました。
そこでぐずぐずと泣くのです。
わたしが泣きはらしていると、がさっ、がさっと音がするではありませんか。
わたしは怖くなって、じっとやり過ごします。
なにかがゆっくりゆっくりと、わたしに近づいて来るのです。
たまらず逃げようと飛び出しました。
そこには人間の男の子がやって来ていたのです。
わたしは恐ろしくなって、一目散に隠れようとしました。
その時です。
「やっと会えた」
声が聞こえたのです。
男の子はアルミンでした。
わたしを見つけると、嬉しそうにこう言うんです。
「君がクラレットだね。ずっと会いたかったよ」
わたしはまた、ぐずぐずと泣き出しました。
「なぜ、わたしのことが分かったの?」
「そんなの簡単だよ。宛名も書いていない。宛先も書いていない手紙。そんな手紙に返事はトネリコの木にしばれだなんて、妖精の悪戯にしか見えないよ」
アルミンは続けました。
「最初はただの悪戯だと思って、冗談半分に返していたんだけど、ずっと手紙の返事を書いているうちに、手紙の前の君が愛しくなってきたんだ。やっぱりぼくの想像通りの素敵な女の子だったよ」
そして、彼はわたしに手を差し出すとこう言うのでした。
「ぼくはアルミン。
どうか、手紙の前の、ぼくの知らない素敵なあなた。
もしよろしければ、ぼくと友達になってください」
ああ、それはわたしがいちばん最初に書いた手紙。
ああ、それはわたしがいちばん欲しかった言葉。
わたしはたまらなくなって、アルミンの胸に飛び込んだのでした。
そして、わたしの隣には彼が優しく微笑んでいる。
そして、わたしたちはまた、手紙を書くの。
お互いに、こんな質問をするの。
『妖精が、人間に恋をするなんておかしいでしょうか?
人間が、妖精に恋をするなんておかしいでしょうか?』
返事の答えは、手紙の中で――
読んで下さってありがとうございます!