2度目もアレでした
リビングという公共の場で、エリヤを組み敷いていると、
「うちの娘って大胆でしょ~」
「確かに。意表をついて女性が男性を押し倒すという甘い状況な筈なのに、どす黒い雰囲気しか出していないあたりが素晴らしいな」
飲み物を用意した母親と、銀髪の見慣れない男性が近寄ってきた。
「……母さん、横にいる見慣れないイケメンはどちら様?」
少しつり上がった瞳は紫で、こちらに馴染むようにリーズナブルな服装をされているが、何か半端ないオーラを感じる。一般の方ではない、よね。
「私の上司です」
下の方から、エリヤの囁きというかうめき声がきこえた。えぇ、うりうりと絶賛鳩尾攻撃中ですから。
上司? エリヤの上司っていうと、まさか……。
母親の用意してくれた美味しい珈琲を頂きながら、改めてエリヤの上司と挨拶を交わす。
「はじめまして、春野和子です」
「こちらこそはじめまして。自分はシルヴェストロという」
単に珈琲を飲む姿にも、さりげなく気品を感じる。
「シルヴェストロ君は、ティオール王国の王子様なんですって、母さん王子様ってはじめて生で見たわっ!!」
るんるんと乙女心を炸裂する母を横目に、やっぱりかとシルヴェストロさんを眺める。
エリヤの上司っていったら、何度か話だけはきいたことがある「王太子殿下」だよね。
「えーと、殿下とお呼びすればいいのでょうか?」
「シルヴェストロでいい。こちらも和子と呼ばせてもらうから」
そんな気軽に呼べるかいっ! と、ツッコミを心でこっそりしておきつつ、元祖イケメン、エリヤの方を伺う。
「どうしたの、エリヤ。せっかく用意したのに飲まないの?」
珈琲とは別に、私自ら用意させてもらった飲み物を前に固まるエリヤに、さっさと飲みやがれと追い打ちをかける。
「わざわざ煎れてくださったのはありがたいんですが、これはちょっと難易度が高いというか」
「ん? なあに? エリヤのために用意した、栄養たっぷりの特製ドリンクが飲めないっていうのかな?」
湯呑の中身の色は緑色。台所にあった栄養の高そうな物を、味の事を一切考えずにジューサーにぶち込んで仕上げた特製ドリンク。
健康のためと謳いながらも、嫌がらせも兼ねている、一石二鳥な出来になっている。さぞ、えぐい味わいであろう。
「い、い、か、ら、さっ、さ、と、飲、み、な、さ、い」
「……いただきます」
ぐふっとむせながらも、頑張って飲み物に挑むエリヤ。
「あんまりいじめないでくれよ。私が異世界に行くと知って、無理やり仕事を片付けてこちらにきたのだから。それがなかったら、あと一か月くらいは会えなかった筈だ」
「ふーん」
じとっと、エリヤを睨みつける。
色々と言いたいことも、聞きたいこともあるが、今はよそう。母さんとか殿下とかに余計な茶々を入れられそうだし。
「エリヤ。後でいいから、ゆっくり話そうね?」
「…………いえ、その、そうしたいのはやまやまなんですが。時間が、」
んっ?
「すまないな。せっかくの逢瀬だが、もう発たないと向こうの時間軸との兼ね合いが難しくなるのでな」
「和子、本当にすみません。って、殿下?!」
「どうした、エリヤ。そんなにこっちを凝視して。男に見つめられて喜ぶ趣味はないから、さっさとやめないか」
エリヤが、殿下の右人差し指に光る指輪を指差して狼狽えている。どうしたんだろう?
「例の指輪、色が変わってますけど?」
指輪には赤色の小さな宝石があしらわれている。
「……朝、こちらに来る前は、いつも通りだった、はず」
「査察で関係各所をまわってる最中、ですかね?」
「いや、最後に百合子さんの会社を出た時も、確認したな。うん」
「「と、いうことは、」」
エリヤと殿下がごにょごにょ何か囁き合って、母さんと私を交互に見比べている。
「さすがに人妻はないだろうし。というか会社で変わらなくて、ここで変わったってことは該当者は一人だろう」
「いやいやいやいやいや、ルカルフィック殿だけでも色々と面倒くさいのに、殿下まで絡むとかマジで勘弁してくださいって!! 少しは部下の顏をたててもいいでしょう?」
よく分かんないけど、エリヤが泣きそうになっている。大丈夫かな。
「まあ、この指輪も判断材料の一つということで預かってるだけだし。持ち主ご本人に聞いてみるのが確実か」
殿下が私に向かって、こいこいと手招きをした。
えーっと、何用ですか。はいはい、行けばいいんでしょう、行けば。
「はい、なんですか?」
「エリヤとゆっくり話をしたいよな?」
「まあ、そうですね」
クマができた理由とか、クマができるまで働いている理由とか、なぜクマができるまで頑張っちゃうほど仕事が大好きなのかとか、色々問い詰めたいとは思ってますね。
「確認したいこともあるので、一緒にティオール国に帰らないか?」
「……それ、今すぐにってやつですよね。明日も学校があるのでお断りします」
試験を控えた大事な時期なのに、変な欠席をしたくないし。
それに誰かの気まぐれやおこぼれで向こうに行くのではなく、ちゃんと自分の力で行きたいし。
「そんなこと言ってもいいのか? うちの国に、とある高校から、来年度の特待生制度への協力要請に関する書面が届いていたな」
殿下が私以外には聞こえないように囁き、にやりと笑う。……し、白々しい。
「まだ、確定ではないけども、もしも彼女が試験に通った場合、特別講習や実技などの関係でうちの国を指名しても構わないか、という内容だったような?」
「えーっと、それってまさか」
「受かれば月に一回の特別講習で、堂々とうちの国に来ることが可能になるな。自力でこちらに来たい、のだろう? ……そっけないふりをしてるが意外とかわいいところもあるみ、って……ぃ痛っ!!!」
偉い人とは知っていても、思わず足をどすっと踏みつけてしまったのは不可抗力であろう。
「殿下ってば、今、何か、言いましたか?」
「いい根性してるじゃないか。オレの足をダンス以外で踏みつける女がいるとはなぁ」
「やだ、殿下ってば。言葉が少ーし、雑になってますよ」
うふふ、あははとお互い黒い笑顔で微笑み合う。
どうしよう、この人絶対にお腹の中身が真っ黒な人だ。上に立つ人って、腹黒が多いのだろうか。うちの生徒会長も腹黒さんだし。
「で。どうする、一緒に来るつもりはあるか?」
ちょっと確認しますと、スマホを取り出し、担任へと電話をする。
部活とか会議ではないことを祈っていたら、すぐに出てくれたので助かった。
「あ、先生。ごめんなさい、突然電話をしてしまって。例の試験の事なんですが、今、お時間大丈夫ですか?」
スマホを初めて間近で見たのか、殿下が不思議そうに私の手元を見ている。
まあ、知らない人から見たら、板に向かって独り言をいってる変な人だもんね。
「はい。そうです。例のツテとかコネとかを活用しようと思うので、学校を公に休みたいんですがいいですかね。え? 期間ですか。えーっと」
「三日あれば十分だろう。何があってもいいように、それ以上滞在できるのならそれにこした事はないな」
「最低三日は欲しいかなーと。え? 本当ですか? はい、助かります。はーい、気を付けますって。えーと、責任者の名前って」
「いい、オレの名を出せ。それで向こうは分かるから」
「シルヴェストロ殿下です。あ、はい、ティオール国の。そうです。……目の前にいるんですって、マジで。はいはい、はーい。失礼します」
通話終了っと画面をタッチして、殿下の方へ改めて目を向ける。
「お待たせしました。最長で五日間ほど休みをいただいたので、お付き合いできます」
「上等だ。なら、お付き合いしていただこうか」
殿下の手が、肩と膝にまわり、ひょいっと抱え上げられる。
「ちょっと、殿下!?」
あれ、これって懐かしの姫抱っこってやつですよね?
今度は正真正銘王子様ってやつに姫抱っこされてるんですけど!!!!
「エリヤ。オレは寄り道してから城に戻る。お前は正式ルートから帰還して手続きを済ませておいてくれ。ちゃんと筋を通しておかないと、老人どもがうるさいからな」
「えっ!? 待ってくださいよ。寄り道ってまさか……」
「守護者殿のところだな。向こうの出方も探りたいし、諸々の摺合せもしとこうかと思って。まあ、悪いようにはしないから安心しとけ」
「あなたの言動で安心したことなんて、今までひとつもないですって。予定にないことばっかするの本当に止めてください」
「大丈夫、大丈夫。できる部下ばかりだから、どうにでもなるだろう。さて和子、しっかり捕まっとけよ」
いや、ちょっと、異世界に行くのは了承したけど、何の準備もしないで身一つで行くなんていうのは了承してませんよ!?
なんか、これに似た状況に以前巻き込まれた気がするんですけど。
「《転移》」
やっぱり、異世界への強制転移ってやつですよねえぇっ!!
かすむ視界の隅で、いってらっしゃ~いと長閑に手を振る母親と、口をあんぐり開けて呆けるエリヤを捕らえた後、私の視界は真っ白になった。