襲いました
第二部スタートです。全7話を予定しています。
高校二年生の冬となると、担任と進路の話をする機会も増えてくる。
「そうか、春野の進路希望はやっぱりこうなるのか」
「ちょっと、先生。やっぱりってなんですか、やっぱりって。ひとの進路希望表を見ながらにやにやするのやめてください」
かわいい生徒が進路の相談をしているのだ。もう少し、熱い情熱でもってむかえてほしい。
今って、進路相談っていうすっごい大事な時間ですよね?
「いや、だって、予想通りというかなんというか、ねえ?」
先日提出した進路希望調査表を眺めながら、担任である新川先生はにやりと笑う。
「今年の春先に女生徒の間で一躍有名になった校門前の王子様って、春野の知人だろ? しかも、噂によると異世界からの客人らしいじゃないか」
「……先生の耳にも入ってましたか、その噂」
えぇ、確かに異世界のお客様ですよ。なんか、王太子殿下の直属で騎士様とかいう役職で見た目もキラキラしい人のことですよね。
「一回、朝の会議で議題にあがったからな」
「は?」
ちょっと待った。それ初耳なんですけど。
そうですよねー、あそこまで目立ってたら、普通、学校の方にも何らかの連絡いきますよねー。
「で、この地域の異世界当番の代表に身元の確認をしたわけだな」
「えーと、それって……」
「春野の親父さんだな。うちで預かってる子だから大丈夫ですよって太鼓判を頂いたから放置したけどな」
お父さーんっ、私そんな話聞いてないんだけど?!
「親父さんも異世界当番、客人の世話もしたことある。んで、異世界ものの小説や漫画が大好きなんだろう? そりゃ、そっち系の進路にときめくよな」
「ちょっと待った!! 最後のネタはどこから来たんですか?」
なぜに、先生が私の趣味を知っている?!
「ん? そりゃ、お前の大親友共からの提供に決まってるだろう」
「……栞と明子のヤツ、後でしめる」
「こらこら、しめてやるなよ。俺が聞き出したんだよ。春野って異世界好きなの?って。たかが趣味で選ぶにはこの進路は道が狭すぎるからな」
進路希望調査表とは別に、先生が新たに書類を何枚か机の上に並べた。
書類の内容は、三学年限定の専門職種に就きたい生徒が希望できる特待生枠の申請案内。
異世界の扉の番人を目指すなら、とっておきたい特待生枠。なにせ、実施研修や専門知識を得られる講座を受講できるのだ。
「校長への推薦書は出した。エントリーシートや志望理由書などの各種必要書類提出。その書類審査の通過後に、適正検査と筆記試験がある。まずはそこまでが一区切りだ。そして集団面接が二回あって、最後に校長との個人面接って流れだな。春野の内申点、成績から考えて早々に落ちるとは思ってないが、志望者が毎回多すぎる。気合を入れて挑めよ」
番人以外の色々な専門職種に就きたいと望む生徒にとっても、かなり美味しい特典満載な特待生枠は、毎年その限られた人数に対して希望者数がすごいと歴代の先輩からきいている。
「ちょっと興味があるからなりたいな~って程度のレベルじゃ特待生なんてなれないから、覚悟しとけよ。特に二回ある集団面接では、周りの奴らと比較されまくるからな」
「それは勿論。希望するからには、勝ちにいきますよ」
日々の勉強と、内申点稼ぎの生徒会活動。
どこに転んでもいいように頑張ってきたもんね。
「これは担任というか、もと特待生からの先輩としての言葉な。恥ずかしがってないで、使えるものはコネでも使えよ」
「え? 先生ってば、うちの卒業生? しかも特待生だったんですか!?」
「意外そうに見るな、地味に傷つくから。で、ちゃんと俺の大事な助言はお前の心に響いたか?」
コネ、ねえ。
それって、やっぱり、エリヤとかお父さんとかいう方面のコネとかだよね。
「ま、使うも使わないも春野の自由だよ。ただし、勝率上げたいなら、頭に入れとけよ。なんの武装もない状態で挑むのも有りだが、それ相応の準備をしてから臨めよ」
書類の提出は来週の月曜日な、と進路指導室を追い出される。
一回、エリヤに相談してみようかな。面接の時とかに、そっちへ行ったことを正式に学校側に話していいのか個人で判断できないし。
…………よし、次に会う時に話をしてみよう。
が、しかし、会いたいと切に願う時に某イケメンは現れない。
今までなら、二週間と間を開けたことないのに、一か月半近く音沙汰がない。確かに前回会った時に、ちらりと大きな案件が控えてるから、しばらく来れないかもしれないとぼやいてたけど、まさかここまで会えないなんて思ってなかったんだよね。
……エリヤがこちらに来てくれない限り、連絡手段も何もないので待ち続けることしかできないわけで、こういう時、住んでる世界が違うのって不便だなとしみじみ思う。
相談することもできないまま、先生の予想通り書類審査は無事に通り、現在は先日受けた適正検査と筆記試験の結果待ちの状態だ。
ここを通過すると、次に待ち構えてくるのは集団面接だ。できれば、面接までには会いたい。
いや、相談という立派な名目もあるけど、そろそろ本気で、色々な理由抜きに私が会いたいのだ。
あのテンプレの集合体であるイケメンさんに。
「エリヤのばーか」
遠いかの地でくしゃみでも連発でしてしまえ。そして、大事な書類とか書き損じてしまえばいい。
淋しいと思うのは癪なので、エリヤへの文句をぶちぶちと心の中で唱えながら家路に着く。
玄関を開けると、珍しく母親の靴がある。夕方に帰ってきてるなんて、何かあったのかな?
「あ。これ、エリヤの靴?」
見慣れない男性物の靴と、エリヤのであろう靴も母親のと並んで置いてある。
逸る心臓に落ち着けと言い聞かせリビングへと向かう。
「母さん、ただいま」
「あら、お帰りなさい。あんたが待ちに待ってたエリヤ君が来てるわよ」
扉を開けると、台所で何か作業してる母親がリビングの方をぴっと指差す。
ソファーから見慣れた金髪が見えた。
「エ……」
「寝てるから、静かにね」
駆け寄ろうとした私を、口元に人差し指をあてて押しとどめる。
寝てる?
ゆっくりとソファーに近づくと、確かに眠れるイケメンがいた。
仮にも騎士という身分なんだから気配に敏いはずなのに、ここまで私の接近に何も反応しないというのは心を許してくれているからか、もしくは余程深い眠りについてるかだよね。
久しぶりに見るからか、何か、違和感がある。
すやすやと眠るその顔を覘き見た瞬間に、その違和感の正体に気づいた。
思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
今からとる行動のために、ポジショニングを確認する。
右手はあそこ、左手はこうかな。右膝はもちろんそこで、左膝はあの辺り。うん、こんなもんでしょ。
「よし」
ぎしっと、ソファーを軋ませる。
さて、やるか。
目覚めを誘うため、耳元で低く囁く。
「ねえ、エリヤ」
むうっと、息を漏らし、エリヤが目を覚ます。
「………………和子? って、ちょ、はあっ!!? 何ですか、この体勢っっ!!!!」
「え? エリヤの上に乗ってるよね」
「なななななんで、こんな美味し……いえ、和子に押し倒されてるんですか!?」
美味しい、ねえ。この体勢が美味しく思えちゃうんだ。
確かに、居眠るイケメンを押し倒してるような構図になってるだろうが、彼は勘違いをしている。
わざと鳩尾に入るように配置した右膝に、体重をかける。
「ぐえっ」
うん、ナイスポジショニング。硬い腹筋の間をぬって狙ったから、さぞ痛いであろう。
「……っちょ、和子、見事に鳩尾に膝が入ってるんですけど!?」
「わざとだから」
「はあっ?! って、痛い、本気で痛いですって、ぐえぇっ!」
カエルが潰されたような声をあげているが、軽く無視して、さらに体重を右膝中心にかけながら、エリヤに覆いかぶさる。
その際にさりげなく左肘で肩甲骨の上あたりをぐりぐりとえぐる。ここって、痛い人は本当に痛がるよね。
痛みのためか、少し涙目になっているイケメンの目元をそっとなぞる。
「ねえ、エリヤ」
「……くぅっ、な、な、なんでしょう?」
にっこりと、微笑みを浮かべてイケメンに問う。
「この、目の下で何かを主張しているクマは何かな?」
「………………えーっと、ですね、これは……その、何と言いますか」
「ねえ、エリヤ。もう一度きいてあげるね。なあに、このクマは。どうしてこんな立派なクマができてるの? 私が納得できる理由を明確に、簡潔に教えてくれるよね?」
目の下のクマ。艶のない爪。ちゃんとした食事を採っていなかったのか荒れた肌。
数か月前にくたびれたイケメンを時間をかけて元の輝けるイケメンに戻した、あの苦労がものの見事に無駄になっていた。