完備しています
マカロン。ベーグルサンド。キッシュ。クッキー。
マドレーヌ。クラッカー。スコーン。
ジャム。マーマレード。蜂蜜。
目の前に広がるのは、どこのカフェですかと突っ込みたくなるような光景。
「女の子の好きそうなお菓子なんかを集めてみました。どうぞ、召し上がれ」
そして、にこにこと私を見つめるルカルフィックさん。
この人、本当に何者?
腕輪がないくせに会話が普通にできるし、瞬間移動とか、なんでもない所からお菓子出すし。
何も事情を話してないのに、こっちの状況を把握してくれるし。
「……取りあえずいただきます」
もういいや、美味しそうだから、今は何も考えずにいただこう。
「あ。……美味しい」
一番手前にあったマドレーヌをひとかじりして、その美味しさに思わず笑みがこぼれる。
「うんうん。女の子は笑顔が一番だね。難しい顔ばっかしてたら、台無しだよ」
「いや、ルカルフィックさんの存在というか、立ち位置がよく分からないから、難しい顔してただけなんですが」
「そうなの? 僕は君の味方。それだけ分かってたらいいよ。説明すると複雑だから」
味方。
すとんと、すぐに納得できる何かがある。
まるで、家族のような、愛おしい者を見るような視線で私を見つめてくるルカルフィックさん。
無条件で好かれていると分かる眼差しに戸惑いはするが、不快な感じはしない。
「分かりました。久しぶりに会えた、大好きな親戚のお兄さんとでも思っときますね」
と、あえて少しばかり的を外した意見を伝えておく。
「面白い例えをいうね」
ふふっと、笑う眼差しは、もっと別の熱を秘めているようにも見えなくは、ない。
まるで、一度喪ってしまった恋人と再び巡り会えたかのような……。
「和子っ!!」
ばさっと、風を切るような音がして、声がした方向を見上げると、息を切らしたエリヤがいた。……黒い竜にまたがって。
金髪、碧眼、空飛ぶ竜、剣と鎧とか、どんだけテンプレですか、エリヤよ。
「意外と早かったね、エリヤ」
「ルカルフィック殿、あなたが動くということは、和子はあなたの例の捜し人ということですか?」
やけに硬い表情で、エリヤが問いかける。
「さあ? 単なる野次馬かもよ。ほら、僕って基本的に暇から、面白いこと大好きだし」
真剣な表情のエリヤと相反して、ルカルフィックさんはのんびり返答をしている。
なんか、入り込めない雰囲気なんですけど……。
どうしよっかなーと考えて、よし、と行動を開始する。
そろりと立ち上がって、エリヤの方にこっそり近寄ろうとすると、ぐいっと腰を引き戻されてルカルフィックさんの腕の中におさまる。
――――ちょっ、近い近い!!
「ルルルルルカルフィックさんっ」
「まだ、だーめ」
きゅっと腰に巻きつく左腕や、耳元に感じる他人の息遣い、背中に感じる自分じゃない心臓の音。
異性とここまで急接近とかしたことないから、ドキドキが半端ないんですけど!!
「ねえ、エリヤ。僕はね、彼女が僕を選んでくれるまでは手を出さないんだ。でもね、」
ルカルフィックさんが、さらに私を抱き込む。
「彼女を泣かせたら、どんな制約も関係ないからね?」
「……肝に、銘じておきます」
「いい返事だね。しっかり捕まえときなよ?」
何か自分に絡むことで大事なやり取りをされてるけども、はじめて遭遇する異性との大接近による混乱のため、私はほぼ聞き逃していた。
「和子」
「あ、はいっ」
いきなり名を呼ばれて、意識をエリヤに向けるとやけに真剣な表情の彼がいた。
いつもにこやかな微笑みを浮かべている、余裕のあるエリヤとは別人のようだ。
そして、一呼吸おいて、エリヤは衝撃発言をした。
「私の家には、自動開閉式の脱臭温風乾燥機能付きウォシュレットが完備されている水洗式トイレと、光インターネット並の回線速度を備えたネット環境があります」
――――――な、ん、で、す、と?!
以前、エリヤに聞かれた問いがある。
「なぜ、和子はそこまで頑なに異世界に行きたがらないんですか?」と。
その時、私は明確に答えた。
「トイレ事情が不明なのと、ネット環境がないのが嫌だ」と。
うん、夢も希望もないが、現代っ子の私には譲れなかったの。大事だよね。トイレとネット。
その問題点を二つともエリヤってば、解決していると?!
拘束されている腕を振り切り、真偽を問うべくエリヤに駆け寄る。
「エリヤ、この短期間で私の掲示した問題点を解決してたの? マジで? ガチで?!」
襟首をつかんで、がしがしとエリヤを揺らす。
「か、和子、痛いです」
「うわ、ごめんごめん」
と、エリヤにふわりと抱きしめられる。
「……よかった、無事で」
ジャックが言ってた場所にあなたがいなくて、焦りました。
ぽそりと呟かれた安堵のことばに、柄にもなく、ときめいてしまう。
っと、抱きしめられてる腕をほどこうとした瞬間、
ぶふっと、吹き出す音と共に、
「あっはははははははははははははははははははは、何、その誘い文句!!!!」
爆笑が聞こえた。
「はははは、やばい、お腹痛い、くっ、はは、もう、ダメ、くっくく……。ト、トイレってそんな、ぶふっ」
後を振り向くと、悶え苦しむルカルフィックさんがいた。
笑い過ぎでしょ。
いや、原因は私だけど。
少し前まで、この人シリアスな雰囲気だったよね?!
「あー、おっかしい」
笑い過ぎて、にじんだ涙をぬぐう様に、ちょっぴしイラッとする。
「やっぱり、エリヤを選んじゃうかー」
「エリヤというか、現代社会を選んだだけです」
軽く否定をしとく。
「……僕の出番は今回はないみたいだから、お暇するね」
「ルカルフィックさん?」
「あなたは僕の望むあなたではないけど、困ったことがあったら喚んで。必ずあなたを助けるから」
じゃあねーと、軽く挨拶して、大量のお菓子とともにルカルフィックさんは姿を消した。
丘の上に残されたのは、私とエリヤと、ちょっと離れた場所で大人しく待機してる竜だけ。
「あの人、何者?」
「うちの国を守ってくれてる方です。それ以上は、今は言いたくないです」
エリヤに質問するも、渋い顔で拒否された。
「それ、答えになってないし」
「……気にしてほしくないんですもん」
もんっていうな、いい大人が。私よりも年上だろうに。
「そういえば、さっきの話の続き。エリヤのおうちはマジでネットができるの? ガチで水洗トイレなの?」
キラキラと期待をこめた熱い眼差しで、先ほどゲットした素敵な情報を確認する。
「和子」
「なあに、エリヤ?」
「すみません、嘘です」
はあああああああああああああああああああっ?!