姫抱っこからの~
「説明してください」
ようやく姫抱っこから解放されて、ジャックと呼ばれていた青年を睨みつける。
足元には慣れたコンクリートの感触ではなく、凸凹のある石畳の感触。
視界に入るのは、見たことのない街並み。
日本の都市にあるような背の高い建物、電柱や電線なんかの姿が全くない。
どう見ても、あれだ、あれ。
「ここは、ティオール国です」
えと、きいたこない国名ですね、はい。
世界も広いから、きっとそんな国もあるかもしれないが、今回に関してはあれに違いない。
「ようこそ、異世界へ」
ジャックは言われなくても分かってるだろうという視線を私に向けてくる。
うん、分かってる、分かってるけど、確認したかったの。
なんか、強制的に連行しやがったくせに、私に対しての態度が悪い気がするのは、気のせいですかね!?
ジャックは、遠くに見える城を見ながら、
「本当は城を着地点にしていたのですが、無理やり二人で門をくぐったからかなりずれてしまいましたね。ですが、ある意味都合がいい。番人に気づかれるまでの時間が稼げるし」
えーと、何か不穏な単語が聞こえてきたんだけど。
番人って、異世界の扉を管理してる人達のことだよね。
確か、正式な訪問でない場合って……、
「~~~~~~!! ~~~~~~~!!」
「どうした、何かあったか?」
ジャックよりも少し簡素な飾りの鎧の人が、慌てた様子で走り寄ってきた。
「~~~、~~~~~~~~~!」
「なんだと? こんな街の近くでか?」
「~~。~~~~~~~~~~」
ん?
「別の隊に要請を至急出せ。たぶん、アレ相手ではうちの部隊だけでは手に余る」
「~~!! ~~~~~」
あれ? ちょっと、待って。
「間違えるな、討伐よりも、住人の安全が第一だろう」
「~~~~~!!」
「何度も言わすな。俺達の最優先事項はなんだ?」
……ジャックって人の言葉は分かるけど、もう一人のひとがなんて言ってるか理解できないんですが。
「~~~~~~~~~~~~」
「あぁ、頼む。俺はすぐに現場に向かう。お前は先程の指示通りに。そうだ、この腕輪を見せれば俺からの指~~~~~~~~~~~」
「~~、~~~~~」
って、ジャックが腕輪を部下っぽい人に預けたら、二人とも何言ってるか分からない――――っ!!!!
異世界からの客人が付けている腕輪には、その人の個人情報と言語の壁を乗り越える素敵な機能があるって父さんが言ってたのは、これの事だよね。
実地でなんか理解したくなかったよ! 本当にこれって便利な物なんですね!!
ジャックが私に何か言ってくれてるけど、何を言ってるかさっぱりできない……。
気づいてー、あなたは今腕輪を付けてないから、異世界の人間とは言葉が通じてないんですよー。
「~~~~~~~」
って、ジャックが何かを言い置いてから、どこか事件が起きてるであろう場所に向かって行った。
何も状況を理解できてない私を置いて……。
これって、かなりやばくない?
目線だけで周りをうかがうけど、今いる場所が、どこかの商店街っぽい通りというくらいしか理解できない。
行きかう人々がいるけども、アニメや映画でしかを見たことないような服装で、やっぱり耳に届く話し声は聞いたことない言語。
ざわざわと聞こえる喧騒は、耳慣れない言葉で交わされていて、ただただ不安しか煽ってこない。
どうしよう。
…………どうしよう。
どこに向かえばいいのだろう。それともここで待てば、誰かが来てくれるのだろうか。
ジャックはさっき、何を伝えていたのだろう?
正式な訪問ルートで異界に渡っていない私には、本来あるべき金の腕輪がない。
翻訳機能も重要だけど、国に誰がいつどこの世界に渡ったか通知する印でもある腕輪を持っていないということは、行方不明になっても、誰も私を探しにこない場合もありうる。
どきどきどきどき、心臓がうるさい。
説明もなく連れてこられて、訳も分からず放置されて、無駄なんだと分かっていても、どうしても涙がこみ上げてくる。
「……っ」
ダメ、泣いたって、何も解決なんてしないんだから。
お願いだから、おさまれ涙線。
「あれ? 懐かしい気配に呼ばれてきたけど、この感じは異世界からのお客さん、かな?」
突然、話かけられて顔をあげると、黒色の髪、黒色の瞳という風貌の男性が小首をかしげていた。
え、日本人? 日本語?
「……誰? あなたを悲しませたのは?」
頬をつたっていた涙に目を咎め、優しい手つきで涙を拭いてくれる。
言葉が通じるためか、初対面なのになぜか安心感を感じる。
「……っ、あの、……えっと」
「まずは、ちょっと移動しよっか」
パチン
なにかがはじけた音をきいたと思ったら、景色ががらりと変わっていた。
街中ではなく、さっきいたであろう商店街を見下ろす丘にいた。
「……瞬間、移動??」
え、何事、今の?
「ふふっ、驚かせちゃったね。ここなら、ゆっくりお話しできるでしょ。さ、座っちゃおうっか」
言われるままに座る。
ダメだ。自分に起こっていることに、頭の処理が間に合わないぞ、これ。
こんな不思議なことができるってことは、日本の方ではないよね。
「ふーん、エリヤが世話になったんだ。ジャックだね、あなたをここに連れてきたのは」
何も説明していないのに、言い当てられてこくこくと頷くしかない。
「いい、だいたい分かった」
「な、なんで……?」
「ん? まあ、僕はここでは全てを識ることができるからね」
「……どういうことですか?」
「あなたは気にしなくていいよ。僕はルカルフィックと呼ばれてる。あなたの名前をきいてもいいかな?」
にっこりと微笑みかける姿に、なぜか、懐かしいと感じてしまう。
明らかに異世界の人だと分かる名前。
なのに、何だろう、この感覚は。
まるで永く会えなかった人にようやく巡り会えた、そんな感覚。
どこかで会ったことあるのかな? ……いやいや、異世界なんて初めて来たんだし、そんなわけない。
「和子、です」
「………………そっか。うん。和子ちゃん、ね。よろしく」
あれ、気のせいかな、名前を伝えた時、ほんの少しがっかりした?
「どしたの?」
「なんでも、ないです」
微かに感じた違和感を、そっと押し込める。
「さて、和子ちゃん」
ぴっと、目の前に出されたのは、金色に輝く異世界旅行に必須だと痛感した例の腕輪。
「正規の手続きでの来訪でないから、もらってないでしょ。お兄さんが、特別に進呈してあげようか」
おおう!! なんと、素敵な提案!! あれ、でも、なんでルカルフィックさんは腕輪付けてなくて、私と普通に会話ができてるのだろう?
「ただし、この腕輪を付けた時から、エリヤに君の居場所がばれる」
「?」
それは、いい事なのでは?
たぶん、超特急で迎えに来てくれる気がする。
目の前からいきなり消えたもんな、私。
「君をここに連れて来て放置したのは?」
「ジャック、さん、ですね」
「ジャックがそんな強硬手段をとったのは?」
「たぶん、エリヤが再三の帰還命令を無視して、私の世界に居座ったから?」
傍にいた私を異世界に引っ張り込んだのは、エリヤをこちらに連れ戻すためなんだろう。
いい迷惑、以外のなにものでもない。
こんなに長居して大丈夫なのかと、本人に確認しましたね。大丈夫大丈夫と、軽く躱していたきた結果が今の状況なのだろう。
「大元辿れば、エリヤが諸悪の根源でしょ?」
ルカルフィックさんが私の心読んだのか、すんごーく眩しい笑顔でエリヤを罵った。
「あははははは。……否定はしませんが、そこまでではないような」
だって、エリヤというか、私の中ではジャックの方を罵りたい。
私を異世界へと引っ張り込み、姫抱っこからの放置プレイという高低差があり過ぎるコンボを決めたのは彼だし。
「ありゃ、優しいね、和子ちゃんは」
でもね、とルカルフィックさんは、口元は笑ってるくせに、目はひとつも笑ってないという恐ろしい状態で、
「僕は、あなたを泣かせたのが気に入らないんだ」
「いやいや、泣いてませんよ! 泣く一歩手前でしたけど!?」
「それでも、だーめ。というか絶対に泣いてたし、涙拭ってあげたじゃん」
ルカルフィックさんは、手にしていた腕輪をくるくるーっと、ポケットにしまう。
そして、ぽんっと両手を叩くと、私たちの目の前には、お菓子やサンドイッチ、紅茶が用意されたカップやポットが出てきた。
「さ、エリヤが自力でここに来るまで、お兄さんとお茶会でもしようね」