私の氷の眼差しと、魔女の忠告
朝の騒動の後、朝食をとってまもなくして、殿下に呼び出された。
昨日同様に、限られた人間だけの集まりだと判断した私は、エリヤでもルカルフィックさんでも、もちろん殿下でもなくバーシス様の隣に座る。
別によくてよと許可を頂けたので、その腕にぎゅっと引っ付いておく。
バーシス様は、無言で縋り付く私を面白そうに眺めてくる。
「あらあら。今朝方、一体何があったのかしらね?」
よしよしと私の頭を優しく撫でながら、横に待機している某二人組に問いかける。
エリヤは、私に抓られた頬を赤く腫らしている。
ルカルフィックさんは、私にぶたれた頬にくっきりと赤い掌のかたちを付けている。
「……えぇ、まあ、色々と」
「……和子ちゃんの気持ちを考えずに、ちょっと、強引に」
ぼそぼそと呟かれることばに、多少イラッとしたが、大人しくバーシス様に頭を撫でられておく。
メイドさん達が駆け付けるのがもう少し遅かったら、あと一発ずつは殴れたのに。
「昨日は殿下の鳩尾に拳を放ち、本日は守護者殿と隊長の頬に鮮やかに攻撃を加えるとは、和子さんは面白い方ね」
ころころと軽やかに笑う美女に、対面に座る殿下が呆れたように声をかける。
「おい、面白がるなよ。というか、昨日一日で和子とそこまで仲良くなってるお前の方がよく分からないんだが」
「そうですか? いいじゃないですか、気に入ってしまったのですもの」
ね? とこちらに微笑んでくれるバーシス様に、はいっと元気に答えておく。
短い時間だったけど、彼女が私のために用意してくれた、ささやかなお茶会はとても有意義だった。
「……魔女と恐れられている、バーシスすらも味方に付けるとは、さりげなく人たらしだな、お前は」
魔女?
不穏な単語が聞こえたが、スルーしておこう。
確かに、バーシス様ってば、分裂したり合体したりかなりの不思議ちゃんではあるけども深く考えないことにしよう。
「守護者殿。話を進めても?」
ぶたれた頬を撫でているルカルフィックさんに殿下が問いかける。
「ちょっと確認したいことがあるから、席を外すよ。その間に和子ちゃんに国の事情を説明しといてくれる?」
「席を外されるということは、そちら、ではなくこちら側だけの話でいいんですね?」
ルカルフィックさんは一瞬だけ間をおき、首肯する。
「……一緒にきかれた方がよいのではないですか?」
「遠慮しとくよ。きいても胸糞悪いだけだからね。僕のいない間に、さっさとすませておいて」
そして、いつものように部屋から姿をかき消した。
「ルカルフィックさんて、本当に自由ですよね」
あんな風に、私も空間移動をいうものをしてみたい。
「あら。和子さんにはそう見てしまうのね。あの方ほど、不自由になさっている人はいませんのに」
隣で静かに微笑むバーシス様に、どういうことかと目を向ける。
「守護者様が行っている空間移動などは、本来であれば複雑な術式を組んだり、呪文詠唱などの手順を踏んではじめて発動するんですよ」
「ルカルフィックさんって、何もしてませんよね?」
ぱちんと指を鳴らす様なら何度か目撃したが、呪文なんてものを唱えてる姿は一切見たことない。
「その通りです。あの方は、まったく、何も、手順を踏まずに魔法といわれる類のものを、自由に行使されてます。あの、」
「バーシス。喋り過ぎるな」
バーシス様がさらに何かをいおうとするのを、殿下の鋭い声が遮る。
「いけませんか」
「お前の本来の立場がどうであれ、俺の婚約者であることを望むのならこっちの方針に従ってもらおうか」
二人はしばらく見つめ合う。
「では、もう一言だけお許しくださいな。あとは黙っておきますから」
殿下が小さく舌打ちする。
「好きにしろ」
「ありがとうございます。和子さん」
改めて名前を呼ばれ、思わず背筋を正す。
殿下に睨まれながらも、私に伝えたいことって何だろう?
「エリヤも大概ですが、守護者様だけは本当にオススメしませんから」
――――は?
「いやいやいやいやいやいや、バーシスってば、何言ってるの!!?」
「あらあら、守護者様ってば、お帰りが早いですね」
突然湧いて出てきたルカルフィックさんが、バーシス様に詰め寄っている。
……そのツッコミの速度は、光の速さを超えたに違いない。
「ちょっ、今の流れって、アレだよね? 僕のことカッコよくいう流れだったよね??」
これは、離れたフリしてこっちの様子伺ってたことか。
「はっ!? なんか、和子ちゃんがくっそ冷たい目で僕のこと見てるんですけど!!」
「そんなことないですよ?」
「目、目がすっごく汚いものを見るような感じになってるよ!!」
それはそうだろう。
颯爽と姿消した割に、殿下が何をいうか聞き耳立ててたわけだし?
「ちゃんと、ちゃ――んと確認してきたんだよ! 信じて、お願い!!」
「あぁ、そうですね。確認してきたんですね。そういうことにしときましょうか」
……面倒くさいし。
「か―ず―こ―ちゃ――――んっ! なんか心の声がダダ漏れなんですけど!! 泣くよ!? 泣いちゃうよ??」
「どうぞ、ご自由に。あ、でも、煩くするなら、邪魔なんでそっちの方で泣いてください」
びしっと、部屋の隅っこの方を指差し、殿下の方へと視線を戻す。
小さく聞こえた、「あれ、なんか、僕の扱いひどくなってない?」という苦情は右から左に流す。
横でバーシス様は、扇を広げてお顔を半分以上隠し、ぷるぷる震えている。……笑うのこらえてるな、これは。
殿下は私の方を向いて、目を見開いて固まっている。
「お前、さすがに今の扱いは雑すぎるだろう」
「知ったことではないです。さ、話を進めましょう」
そして、さりげなく貶されてこっそり衝撃を受けているエリヤもさくっと無視しとく。
エリヤに関しては、主に仕事に対するアレやコレであろう。
「…………そう、だな。話を進めるか」
殿下は隅でいじける守護者の姿をちらりと見るも、こほんと咳払いをし、背筋を正しこの国に伝わるひとつのおとぎ話をしてくれた。
ルカルフィックさんのターンがもうちょびっとだけ。
それを乗り越えれば、エリヤが頑張る、はず。